第9話 静かな決意
リアンのいる部屋。
開いた窓からは心地よい風が入ってくる。
カルミラはリアンの処置を終えると、念を押すように言った。
「あまり変なことは考えるな。あいつもおまえを守るために必死だったんだ。どうせすぐに帰ってくるさ」
そう言ってカルミラは部屋から出ていった。
リアンは静かな部屋でひとりになった。
とたんに外から入ってくる風が冷たく感じる。
「テルア……」
沈みがちな声でつぶやいた。
なんであんなことを言ったのかと、後悔に襲われる。
――テルアに嫌われたかもしれない。
よく考えれば、いつまでテルアがいっしょにいてくれるかもわからないのだ。
みんなに嫌われている自分など、テルアにも嫌われて当然なのかもしれない。
ここも、怪我が治ったら出ていかないと……。
そうしたら、またひとり。
こんなとき、いつもは絵本を読んでいた。
つらいときに絵本を読めば気持ちが楽になる気がして、またがんばろうって……。
でも、もうその絵本はない。
これからは、このつらい気持ちとずっといっしょなのだろうか?
「やっぱりわたしなんか……」
◇
本のある部屋。
テルアは自らが導き出した答えに呆然としていた。
「絵本の魔法が……原点とされる究極魔法の生みの親……?」
たしかに、絵本の魔法は古いものばかりだったが、どれも高度なつくりだった。
よくよく考えてみれば、絵本に書くようなレベルではない。
リアンが命を狙われていたこと、絵本のこと、
テルアにも少しずつ状況がつかめてきた。
だとしたら、自分にできることは何か――。
しばらく、うつむいて考え込んでいたテルアだったが、
「いちおう、聞いてみるか……」
そう声に出すと、ゆっくりと顔を上げ、部屋をあとにした。
「あっ」
テルアが歩きながら考えていると、リアンのいる部屋の前でカルミラに会った。
「おう、帰ってきたか。さっさと仲直りしとけよ?」
カルミラはそれだけ言うと、特に気にする様子もなく、台所に向かう。
「なあ、
テルアが呼び止めるように声をかけた。
振り返ったカルミラは、小考したのち、テルアを見下ろしながら答える。
「詳しいことは、もうひとりのガキとまとめて話すが……六年前に滅ぼされた一族のことだ」
「滅ぼされた……」
カルミラ言葉に、それしか出てこなかった。
「今でもその
「つまり……リアンがその
「……そういうことだ。――ところで、おまえは家族いないのか?」
少しトーンを落としたカルミラが聞いた。
「いねえけど……?」
「……そうか。まあ、さっさともう一匹のとこにいってやれ」
それ以上は聞かず、カルミラはふたたび台所へ向かった。
◇
ガチャ、とドアを開ける。
テルアがおそるおそるリアンのいる部屋に入った。
「あっ――テルア……」
「お、おう……」
それだけ言うと、テルアは目線を逸らしながら、リアンがいるベッドのそばまで来た。
気まずい空気が流れる。
謝ろうとしていたのに、なかなかその言葉が出てこなかった。
互いに目線を合わせようとせず、喋らない。
外から聞こえてくる小鳥の鳴き声が耳につく。
しばらく沈黙が続いたところで、ようやくテルアが切り出した。
「そ、その絵本、見せてもらっていいか……?」
「え――? ……うん、いいよ」
リアンは、絵本が入っている布の袋をテルアに差し出した。
テルアは袋から絵本を取り出すと、目を凝らしたり、角度を変えて眺めたりしていた。
それから、指でちょんちょんとつついていると、小さな魔法陣が出た。
「あっ、そうなってるのか――」
テルアが独り言のようにつぶやいた。
「なおせる……?」
今にも泣きだしそうな顔をしたリアンが、祈るように聞く。
「なおす……のは無理だけど……」
テルアは、んー、っと首をひねりながら考える。
そして、何か思いついたように顔を上げた。
「……この絵本、俺に預けてもらえないか? ひょっとしたらなくなっちゃう可能性もあるけど……」
「いいよ!」
少し自信なさげなテルアに、リアンは心よく返事をした。
「……いいのか? なくなるかもしれないんだぞ?」
「だいじょうぶ。だってテルアだもん!」
「リアン……」
笑顔で言うリアンに、テルアは、ぐっと気持ちを奮い立たせた。
「じゃあ、預からせてもらうな。あ、あと――っと……」
急に言い淀むテルアを見て、リアンが首を傾げる。
「えっと……明日、遊びにいこう……?」
照れくさそうに言うテルアに、リアンは一瞬、何を言われたかわからなかった。
が、理解した瞬間、ぱあっ、と笑みを広げて、
「うん――!! いく!!」
テルアはその元気な声に、自らも笑顔になりそうなのをこらえながら言う。
「じゃあ、今日はゆっくり休んどけよ?」
「わかった!」
それっぽい気遣ったセリフを吐き、テルアは部屋から出ていった。
◇
日が傾き始め、室内もやや暗くなりかけている。
テルアはふたたび、本がある部屋で作業をしていた。
魔法大辞典を開き、紙を何枚も散らかし、一心に書き続けている。
「よし……次は……」
リアンから預かった絵本の残骸を取り出す。
とんとん、と絵本をつついて魔法陣を出現させた。
「まあ……リアンのためだから……ちょっと見ることになるけど、かんべんな」
そう言うとテルアは魔法陣に触れた。
バチッ、と音がすると、
「――っ!?」
ものすごい記憶の波が押し寄せ、思わず手を離してしまった。
「やっぱそうか……記憶を変換して……」
それは、今までリアンが経験してきたつらい記憶。
絵本がまだ形として残っているのは、この記憶をリアンから吸収し、動力源としていたからだった。
「でも……これで”花の魔力”が手に入る……!」
テルアは右手に、絵本に出現したものと同じような魔法陣をつくった。
「ちょっとやばそうだけど……リアンのためだからな」
そうつぶやき、絵本の魔法陣に、右手を重ねた。
絵本の残骸から、リアンの記憶が流れ込んでくる。
「うっ……あいつ、こんな……」
思わず顔を歪ませた。
リアンのつらい記憶が胸をしめつけるように絡みついてくる。
――孤児院でひとりだけ隅っこで食べていたごはんの記憶。
――ほかの子供たちと一緒に遊びたくて何度も声をかけていたこと。
――夜、みんなが楽しそうに遊んでいるとき、ひとり物置で泣いていたこと。
――おまえは呪われた子だからだと、それが決められた運命だからだと、ずっと耐えて、耐えて、耐えて……。
そして、家族の夕食を眺めていたあの日まで。
「そっか……それであんなに……」
テルアはうつむいたまま、リアンと出会ってからのことを思い出していた。
「さみしいのもいっしょ、か……」
そう言って苦笑すると、ぐっと拳を握りしめ、怒気を帯びた声で、
「だったら……呪いだとか、運命だとか、そんなもん全部ぶっ壊してやるよ――」
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