第8話 はじめての喧嘩

 リアンの「きょうかいだんだん!!」のあとに、一瞬の沈黙があった。

 

 その謎の言葉に、眉をしかめたカルミラが、呆れた口調でつぶやく。


「……だから、何でおまえらはそこに執心してんだよ……」


「ちがうの?」


「……ちげーよ」


 ふたりは初めての会話のはずだったが、カルミラのほうはどこか懐かしげにも見えた。


「リアン!!」


「――テルア!?」


 テルアが声を上げて駆け寄ると、リアンも安堵の笑みを浮かべる。

 そんなふたりを、カルミラはやさしげな顔で眺めていた。

 

 と、ほどなくしてリアンが、あっ、と何かに気づく。


「えほん――!! えほんは!?」


 その声に、テルアが顔を曇らせた。

 焦りの色を浮かべるリアンが、きょろきょろとあたりを見回す。


 すると、カルミラが近くにあった机の引き出しから、小さな布の袋を取り出した。


「……これだろう」


 そう言って、リアンの手のひらにやさしく置いた。


 リアンが不安げな顔で布の袋を開ける。

 そこには、黒こげになり、ボロボロになってしまった絵本が入っていた。


「あ、ぁ……」


 リアンは震えた手でゆっくり取り出すと、


「うっうぅ……うああああぁぁぁぁああああん――――!!」


 大きく口を開け、天を仰いでぼろぼろと涙を流した。

 部屋にリアンの泣き声が響く。


 カルミラは口を閉ざして、椅子に腰をかけている。

 テルアはうつむき、ぐっ、と拳を握りしめていた。


「ううっ……テルア――」


 リアンが嗚咽をこらえながら、テルアに問いかけた。


「んぐっ……なんでとめたの? うっ……なんで、えほんたすけるとき、とめたの――!!」


 言葉につまりながら、リアンが責めるように言う。


「えっ……そ、それは――」


「テルアのばかああああぁぁ――――!!」


「――っ!」


 口ごもっていたテルアの言葉を遮って、リアンが叫んだ。

 突然の糾弾に、テルアは一瞬怯むが――


「……ああ、バカだよ。バカで悪かったな――」


 ムキになり、そう吐き捨てながら、部屋を飛び出した。


「あっ――」


 リアンが、はっ、と気づくが遅かった。

 ドタドタと足音を立てながら、外のほうへ、魔力まで消していなくなった。


「えっ、まりょ――!? うああああぁぁ――!! デウア――!!」


 テルアの行動に、ふたたび大声で泣きじゃくりだすリアン。


 それを見ていたカルミラは、大きなため息をつき、


「……これだからガキは……」


 とつぶやいて、これからの生活を憂えた。







 テルアのいなくなった部屋で、カルミラはリアンをなだめていた。


「どうしよう、だんだんさん……テルアとけんかしちゃった……」


「喧嘩ってほどでもねえだろ、さっさとお互い謝ってこい。……あとカルミラだ」


 リアンを慰めつつ、自らの名前を訂正する。


 カルミラは、リアンの包帯を変えたり、体に異常がないか確認していた。

 すると、されるがままのリアンが不安げに聞く。


「……わたし、いきてちゃだめなのかな……?」


 その言葉に、カルミラが目を細め、落ち着いた声でたずねる。


「――どうしてそうなる」


「みんな、わたしのこときらい。まちのひとも、こんまいめいきってひとも」


「……何であいつのほうはおまえら一致してんだよ……。昏迷九秋こんめいきゅうしゅうな――って、それはもう忘れろ」


 リアンをなだめるつもりが、名前に引きずられて話が逸れてしまう。


「テルアも……きらいになっちゃっだがなあ……?」


 不安そうに言うリアンの声が、涙で濁る。


「はあ……大丈夫だろ。それで嫌いになるくらいなら、あんなに心配してねえよ」


 だろ? とカルミラが聞き返す。

 それでも納得できない様子のリアンはさらに、


「おかあさんも……きらいになったのかな……」


 リアンの頭に包帯を巻いていたカルミラが、動きを止めた。

 逡巡しゅんじゅんするように口を動かしたのち、


「……そんなことはねえよ。絶対に」


 それだけつぶやいた。


「……また、ひとりになっちゃうのかな……」


 リアンは哀しげにうつむき、ボロボロになった絵本を握りしめていた。







 テルアは家の外に出ていた。

 場所を悟られないよう、意地になって魔力まで消してしまっている。


「くそっ……」


 絵本を破られたときのことを思い出す。


 ウーニラスが絵本をわざとらしく破って捨てたのは、あきらかに罠だった。

 あそこに突っ込むのは、殺してくれと言っているようなものである。


「しょうがねえだろ……」


 そんなことを思い、つぶやいた。


 ふてくされて家のまわりを歩いていると、大きな小屋のような物を見つけた。

 なんだろう、と思い小屋の中に入ると、


「うわっ!? でかっ」


 大きな鳥がいた。


 大人ひとり乗せて飛べそうなくらい、大きな鳥である。

 お腹のほうもそこそこ出ていて貫禄があった。

 

 じっと眺めていると、鳥のほうもテルアに気がついたらしい。

 顔を上げ、しばし見つめ合う。

 すると鳥は、テルアの近くに置いてあったニンジンに目をやり、促すように鳴いた。


「クエッ、クエッ」


「ん? これか? 食いたいってこと……?」


 テルアの言葉に、鳥は黙って二回うなずく。

 ニンジンを鳥の口まで持っていくと、勢いよく食べ始めた。


「……うまいか?」


「クエッ!」


 テルアはそれを、じぃーっ、と不思議そうに眺めると、空気をひっくり返すように言った。


「……おまえ、喋れるだろ」


「――ブフォッ!? ゴホッ、ゴホッ――」


 テルアの一撃に、鳥がおもいっきりむせかえった。


「ゴホッ、ゲホッ……んんっ! ……おまえさん、なぜわかった……?」


「そういう術式してたから……」


「術式……? おまえさんが例の華色かしょくか?」


「華色? なんだそりゃ?」


「……まあええわい。おまえさん、さっきもうひとりの子と喧嘩しとったの」


「聞いてたのかよ……」


 思わず目を逸らし、むっとした顔をしてしまう。


「まあまあ、わしはやっかいごとは大嫌いじゃけど、子供の悩みを聞くくらいならするぞ?」


 鳥は愉快そうに、ほれほれ、と言いながら促してきた。

 テルアはしぶしぶ、逸らした目を鳥に向ける。


 つまようじを使いながら偉そうに喋る鳥に、「おまえ歯なんてあるのか?」という疑問が浮かんだが、ぐっと抑え込み、今までのことを話し始めた。







「……そんだけ? ありきたりじゃなー……もっとこう、ドロドロ系かと思っとったのに」


 鳥は萎えた様子で横になって、鳥類図鑑のようなものを取り出して見始めた。

 鳥というよりは人間に近い動きで。


「うるせぇよ……」


「おまえさんがちゃんと伝えたら、それで終わりじゃろ。何ウジウジしとんのじゃ?」


「……そりゃあ……」


 言われてうつむく。

 自分の判断は間違ってはいなかった……はずである。


「宝物とやらを守れなかったのは、おまえさんが弱いくせに油断しとったからじゃろ? それでもまあできることはしたんじゃ」


 そう――どこかで自分は、何でもできるみたいな思いあがりがあった気がした。

 もっと気をつけていれば絵本も――


の立場になって考えてみい、向こうも今ごろ、やっちまったーとか思っとるわい。宝物がなくなった今、おまえさんだけが、頼りなんじゃないんか?」


「……そう、か……そうだな……」


 リアンに寂しい思いをさせない。

 そう決めたはずだ。

 なぜなら、リアンが言ってくれた言葉が……。

 

 なら、今やるべきことは――腹をくくり、顔を上げる。


「……まあ、聞いてくれてありがとな」


 テルアがそう礼を言うと、鳥は横になったまま、ええてええて、と羽を振った。

 そのまま今度は、しっしっ、と羽を振られる。

 追い出されるように小屋をあとにした。




「まあ……決めたんだしな……」


 そう心に言い聞かせ、リアンに謝るため家に戻ろうとしたときだった。


「あっ! か……」


 そうか、とテルアは何かひらめいたように家の中に走っていった。




 さきほど入っていた本がある部屋で、紙に何やら書き殴り続けるテルア。

 ”デュオスレギア”のページを開き、絵本の魔法と照らし合わせる。


「……これが、こうなるから――これで……こうか」


 閃いたといっても、残っていたピースを試しにはめるだけである。

 だが、前回よりも順調だった。

 

 手はよく動くし、頭も冴えていた。

 おかげでどんどん式が組み上がっていく。

 

 ……なのにどうしてか、いやな汗が出てくる。

 いつの間にか、ほんの少しの恐怖にも似た感覚があった。

 

 それはないと思っていたから。

 それはあるはずがないもので。

 

 あってはいけないもので――


 しかし数式は、そんな揺れ動く感情など知る由もなく、ただ事実だけを伝える。


「マジ……か?」


 テルアは最後の式を書き終わると、ペンを落とした。

 導き出した術式証明式こたえは――

 

 


 ”デュオスレギア”が――絵本の魔法をもとに、つくられた物であることを示していた。

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