第21話 助ける理由

「でね! でね!? がんばってね、っていってくれたの! うれしかったの!」


 無事目を覚ましたリアンがお説教を終えたあと。

 夕食の最中である。

 

 リアンが両手をせわしなく動かし、本日二回目の発表会をしていた。

 献立がシチューであったため、テンションも倍増されている。

  

 どう? どう? と目を輝かせているリアン。

 

 そんな身を乗り出すように迫ってきたリアンをグイッと押し戻し、カルミラは小さなため息を吐くと、どかっと椅子にもたれかかった。

 

「……スターチスか……」


 手を顎に当て、視線を落としてつぶやく。

 

「ししょーもしらないの?」


「……能力のことを指してるってのはわかるが……そこまでだな」


 そっかぁ、と落胆するリアン。

 しかし落とした視線の先にあったシチューを見てすぐに笑顔に戻った。

 逆手に持ったスプーンで勢いよく頬張る。


「……おまえはほんと、ころころ表情変わるよな……三歩も歩いたら前のこと忘れてんじゃねえの?」


 横からテルアがおちょくるような口調で言った。

 

 するとリアンは、むっと目をテルアに向け、眉を逆立てると、

 

「それはテルアでしょ!? だいじなことわすれてたくせに!! ばか!!」


 ものすごい剣幕でまくし立てた。


「いやっ……! それはだから、いろいろあったから……って、ばか……! そのことは今言うなよ!?」


 テルアが慌ててリアンを抑え込む。

 リアンも負けじと抵抗する。

 

「……なんだ? だいじなことって?」


 ふたりを眺めながら、カルミラがいぶかしげに聞く。

 

「いやっ、なんでもない。こっちの話!」


 テルアがはぐらかしたところで、リアンも察した。

 

「あ、うん! テルアのおはなし……!」


 取っ組み合った状態のまま、ふたりして言い訳をする。

 カルミラはしばらく疑いの眼差しを向けていたが、

 

「まあ……あぶねーことはするなよ? あと喧嘩もすんな」


 と釘をさし、シチューのおかわりを入れにいった。

 

 歩いていくカルミラを目で追いながら、ふたりは安堵のため息を吐いていた。

 

 




 

「だから、すたーちすをね、さがしにいきたいの!」


 カルミラがリアンの体を気にした質問を一通りし、夕食を終えようとしていたころ、リアンが言った。

 

「……だめだ」


 しかし、カルミラは真剣な表情でそれを否定する。

 

「なんで!?」


 一転、悲しげな顔でリアンが聞く。

 

「今のおまえらじゃ、また混色や裏で動くやつらに見つかって殺されるだけだ。探すなら強くなって……大人になってから自分たちで探せ」


「……っ」


 カルミラの冷たい言葉に声が出なかった。

 

 ――大人になってから自分たちで探せ。

 

 これがどういう意味なのかわからないリアンではなかった。

 

 元々飲み込みは早いリアンだ。

 テルアの話を聞いた今、カルミラが自分たちを守るために死ぬつもりなのは理解していた。

 しかしだからこそ、わからないことも。

 

「……ししょーは、どうしてそこまでしてくれるの……?」


 テルアのときにも聞いた。どうしてそこまでしてくれるのか。

 

「お、おいリアン……」


 テルアが小声で制止の言葉をかける。

 

 訴えるように聞いてくるリアンに、カルミラは小考すると、ゆっくりと話し始めた。

 

「……昔の友人が、おまえによく似ていたから……かな」


「……おともだち?」


 今まで黙って食べていたソラが急にピタっと動きを止め、カルミラに視線を移す。

 ソラの視線に気づいたカルミラは、目だけで返し、変わらぬ様子で続ける。

 

「昔行ってた大学の同期だ。やたら表情がころころ変わって、うるさくってな。互いにちょっと浮いてたせいで、よく絡むようになっていた」


「まあ師匠恐いしな」


 片手で頬杖をつきながらテルアがぼそっとつぶやく。


 カルミラの手は早かった。




「――大学を出てからもたまに会ったり、手紙でのやり取りはしていたんだが……」


 机に突っ伏し、たんこぶで雪だるまをこしらえたテルアが頭を抱えながらうめいている。

 

 リアンとソラは憐れな生き物を見る目でそれを見つめていた。


「そんなときにちょっとした事件が起きて……急いで向かったんだが間に合わなくてな……。そいつの一大事に近くにいてやれなかった後悔が、ずっと頭から離れないんだよ……」


「ししょー……」


「……それでまあ、なんとなくだ。だから……おまえらはラッキーだったくらいに思ってろ」


 リアンの悲しげな表情に気づいたカルミラは、短くまとめると、最後はいつも通りの口調で言った。

 

「……だいじょうぶ! ししょーはわたしたちたすけてくれたし、わたしたちもししょーたすける!!」


 うぇっ、と頭を上げたテルアの顔が引きつる。

 

「……ああ、家事やら仕事の手伝いやら、いろいろと働いてもらうぞ」


「うん!」


 しかしカルミラには違った方向で伝わったらしい。

 その様子に、テルアはひとりで安堵の表情を浮かべていた。







 ――東の大陸、とある城。


 人の気配のない古びた城の中、黒いもやがうごめいている。

 

 黒いもやは、宙をさまようように素早く移動しながら、大きなの扉の前で止まった。

 しばらく警戒するように漂い、一か所に集まり濃くなると、徐々に人の形を作り始める。

 

 褐色の肌に鍛え抜かれた肉体、額には大きな一本角。

 昏迷九秋こんめいきゅうしゅうのひとり、ウーニラスだ。

 

 ウーニラスは扉を開けると、ゆっくりと中に入っていく。

 

 

 

「あれ、ウーニラスじゃん、珍しい。どうしたの?」


 声をかけたのは、リアンやテルアと同じくらいの少年だった。

 ウーニラスと同じく褐色の肌をしている。

 地べたに座ったままの少年のまわりには、大きな本が散らばっていた。

 

「……おまえか……ただ報告したいことがあっただけだ」


「報告?」


「先日、西でルーリインの子を見つけた」


「えっ? ルーリイン? ……ひとり?」


「……? 妙なガキもいたか――まあ、どちらもすぐに殺したがな」


「ふーん……」


 少年はどこか納得していない表情を浮かべていた。


「ほかのやつらはいないのか?」


「うん。今はみんな出てる」


「……そうか、なら代わりに伝えておいてくれ」


 そう言うとウーニラスはふたたび黒いもやになっていく。

 

「はーい。ばいばーい」


 少年は特に手を振る様子もなく、無関心な声だけを上げていた。

 



 黒いもやが完全になくなると、少年は持っていた本を無造作に投げた。

 

「えーっと、こういう感じかな」


 少年は少し考えるような素振りをし、右手を地べたにつけた。

 

 そこに銀色の魔法陣が浮かぶ――さらに流れるように魔法陣に銀色の術式が埋め込まれた。

 

「へー……ルーリインに御星みほしかぁ……」


 少年は愉しそうな声を上げると、地べたから手を放した。

 

 そのまま頭の後ろで手を組み、後ろに寝っ転がりながら叫ぶ。

 

「うわー! これおもしれーことになるやつじゃーん! 俺もやりてぇなあー……」


 悔しそうな表情をしながら、しばし天井を見つめる。

 幼いながらも、何か真剣に考え事をしているようだった。

 

「……みんなに見つからないようにしとくか……」


 少年は悪戯な笑みを浮かべると、ばっと起き上がり、ふたたび銀色の魔法陣を作り出していた――

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