第22話 それぞれの想い

 夕食後。

 カルミラは本を二冊持ってくると、「夜はこれでも読んでろ。あと洗い物も頼む」と言ってひとり寝室に入っていった。

 

 リアンとテルアは洗い物も一大イベントのように済ませると、自分たち用になった一室で本を読みながら駄弁っていた。

 

 ふたりは同じベッドの上で並んで本を開き、うつ伏せで読んでいる。

 ご機嫌なリアンが足をパタパタさせながら聞いた。

 

「ししょーたすけられたら、よろこんでくれるかなあ?」


「まだ上手くいくって決まったわけじゃないけどな」


 むっとした表情に変わったリアンが体を起こして言う。

 

「ぜったいたすけるもん! テルアはたすけたくないの!?」


「そりゃ俺も助けたいけど……」


 本に視線を落としたまま暗い色を浮かべるテルア。


「さっき師匠も言ってたけど、いっしょにスターチスを探すってのは難しいかも……」


「え、なんで!?」


「どうも結界の維持にも体力を使うみたいなんだよ……上手くいったとしても、師匠はしばらく戦えない思う……」


「……ししょー……」


 リアンが目を潤ませながらうつむく。

 どこまでも体を張っているカルミラに、自分の無力さを悔やんでいるようだった。

 

 それを見たテルアが、体を起こしながら、「だからさ――」と続ける。


「結界を解いて師匠助けられたら、俺らだけでスターチスを探しに行かないか?」


「え? わたしたちだけ……?」


 少し不安そうな顔でリアンが聞き返した。

 

「師匠がここまでするってことはさ……俺らって相当狙われてるってことだろ? そんな俺らが結界を解いたあと、戦えない状態の師匠といっしょにいたら……」


「……そっか……」


 リアンもすぐに理解した。

 自分たちといると、カルミラが危険にさらされるのだ。

 それはふたりの本意ではない。


「それに、一生会えなくなるわけじゃない。師匠が元気になったら、またいっしょに住むことだってできるさ。そんときは俺らも強くなってるし!」


 不安げな表情をしていたリアンが、テルアの前向きな言葉を聞いて、意気込むように顔を上げる。


「そうだよね……うん……! ししょーたすけて、すたーちすさがして、それでみんなでいっしょにすむ! ……あ! すたーちすさがしたら、おかあさんにもあえるかな!? おかあさんにあえたらね? ぜったいぎゅってしてもらうの!!」


「はは……やりたいことだらけだな」


 そう言いながら、どさっと仰向けになるテルア。

 その視線は天井に向けられていたが、ここではないどこか遠くを見ているようだった。

 

 愁いを帯びたような表情のテルアに、リアンがたずねる。

 

「……テルアはないの? ……やりたいこと」


「俺? 俺は……」


 テルアは、うーん、と声を上げながらしばらく考えたあと、


「自分が何者なのか知りたい……かな」


 そうつぶやき、静かに天井を見つめていた。

 

 


 今日、カルミラに銀色の魔法陣を見せたときの反応でもそうだった。

 都合よく揃った指輪もそうだ。

 そして、命を賭けるほど力を入れている結界も。

 

 カルミラは表面上はリアンのことを特に気にしているし、華色かしょくのことなど詳しく教えてくれる。

 さっきの話のこともおそらく本当なんだろう。リアンを気にする理由はよくわかる。

 

 だが、カルミラが警戒的な意味で気にしているのは、自分だということには気づいていた。

 そのくせ何も教えてくれる雰囲気はない。

 だからこそ、よけいに気になってしまっていたのだ。

 

 いつまでちゃんと生きていられるのか。

 自分はいったい何者なのか――

 

 


「テルア……」


 リアンの心配そうな声で、はっとしたテルアが起き上がりながら、「つっても――」と続けた。

 

「一番は強くなって、おまえを守ることだけどな」


 リアンに向かってしたり顔で答える。

 いつものテルアの表情に、リアンも負けじと返す。

 

「わたしも! テルアのことまもる!」


 そのまま顔を見合わせ、にいっと笑い、ふたたびいつものお喋りに戻っていった――







 カルミラはひとり寝室で横たわっていた。

 

 机の上に置かれた小さなランプだけが部屋を照らしている。

 台所の賑やかな声がここまで届いていた。

 どうやら洗い物で競争をしているらしい。

 

 

 

 境界断截きょうかいだんせつの結界の維持による消耗は、思っていたよりきつい。

 長期の契約魔法が重いのは把握していたが、自身の体力の衰えは想定外だった。

 

 リアンとテルアが大人になるまでのつもりだったが、少し足りないかもしれない。

 テルアとの稽古でも体力不足を感じていた。

 

「……ったく、なまってんな……体力つけねえと」


 そんな独り言をつぶやいたとき、ギィ、とドアが開く音がした。

 

 明かりが差すドアの隙間から、こっそりと入ってきたのはソラだった。

 リアンやテルアに見つからないよう、できるだけ音を立てないように来たらしい。

 

「……なんだ? 別にあいつらと駄弁ってていいんだぞ」


「ふん……わしとて少しは落ち着いた時間がほしいんじゃわい」


 ソラはそう言いながらぺたぺたと歩いてきて、近くの机の上に座った。

 小さくなった体でもふてぶてしさは変わらない。

 

「……えかったんか? スーリラのこと話して……」


「……なんとなく、話してやりたくなっただけだ」


「あのふたり、アホじゃけど変なとこで鋭いからのう……気づかれんとええが」


「……別に名前まで言ったわけじゃない、心配すんな」


 ソラが難しい顔で唸る。


「あやつ――リアンは……いずれ母親も探すとか言い出すぞ……?」


「わかってる……だからこそ、今は母親のことに気を取らせるわけにはいかない」


「……力をつけるのが大事なのはわかるが……おまえさんはそれでええんか?」


 ソラが真剣な口調で聞くと、カルミラは少し笑って答えた。


「珍しく気使ってくれるじゃねえか。まあ――罪滅ぼしみてぇなもんだ。逆に少し気が楽になったくらいだ」


 笑みを交えながら言い終えたカルミラは、複雑な表情をしているソラに視線を移す。

 

「……で、おまえらのほうは何をこそこそとやってんだ?」


「え!? いや、わ、わしは何も隠したりなんぞっ……」


 唐突な問いにソラがうろたえる。

 

 しかしカルミラはそれ以上追及するつもりはないようで、あたふたとするソラを眺めながら、いつものため息をついた。

 

「まあ、あいつらが変なことしねえよう、しっかり見張っとけよ?」


「わ、わかっとるわい!」


 ソラがそう返したところで、部屋の外でドタドタと騒がしい音が聞こえた。

 洗い物を終えたリアンとテルアが、自分たちの部屋に入っていったらしい。

 

「ったく、何で部屋に入るだけであんなに騒がしいんじゃ……」


「ガキはあんなもんだろ。それに、いずれ世界を相手にしなきゃならんときが来る……。今くらいの元気がねえと先が思いやられる」


「はあ……。まあ――そうじゃのう」


 いつの間にか、カルミラもソラも穏やかな表情をしていた。

 

 リアンとテルアに一番苦労をかけられ、一番心配させられ、一番……期待しているふたりなのかもしれない――


 

 




 翌日。

 

 今日はリアンとテルアがチームを組んでカルミラを相手にしていた。

 昨日と同じ場所で実戦形式での修行である。

 

 しかしまったく手を抜かないカルミラによって、リアンとテルアはぼろぼろになっていた。

 近くの木の下ではソラが心配そうに見つめている。

 

「……今日はこんなもんか、あとは遊んでていいぞ」


 そう言ってカルミラが帰ろうとしたときだった。

 

「……もういっかい!!」


 リアンがぼろぼろの体を起こしながら叫んだ。

 

「……へへっ、やる気じゃん」


 テルアもリアンに続いて起き上がる。

 

「無理すんな……怪我したら――」


「つよくなるの……!」


 カルミラの言葉を遮るリアン。その表情はいつになく真剣だった。

 

「つよくなって……みんなたすけるの……!」


「……だな。こんくらいでへたってらんねえよ」


 ふたりして彩焔刀さいえんとうをつくって構える。

 

 カルミラはふたりの決意に満ちた顔をしばらく眺めると、大きなため息をついて答えた。

 

「……最後の一回だ。いいな?」


 ふたりは勢いよく返事をすると、最後の力を振り絞ってカルミラに立ち向かっていった――

 

 

 

 強くなって大切な人を守る、初めてできた大切な人を。

 

 守れなかった友人の分まで守り抜く、命にかえても。


 華色かしょくを守ろうとする人々。

 華色かしょくを滅ぼそうとする意志。

 その内部であざ笑う無垢な混沌。

 

 それぞれの想いは、いずれぶつかる――

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