第二章 六年の成果
第23話 少女
リアンとテルアが出会ってから六年と少しがたった。
ウーニラスの襲撃以来、西の大陸では各所でも似たような事件が起こっていた。
狙われるのは孤児院や学生寮などで、主に小さな子供が標的になっている。
リアンのように、
各国は子供たちを守るため、兵士や魔導士の育成に力を入れているが、
さらに一部の混色だけでなく、何者かによって作られた怪しげな武器を持った者たちも現れた。
それらもまた彼らを苦しめる原因になっている。
そしてここ、西の大陸北部に位置する小さな町でも――
◇
「おじさん、そこの一番大きいリンゴちょうだい」
町の通りに構えている小さな店の前で、フードを被った客らしき人物が言った。
顔が見えないくらい深く被っているが、その奥から桃色の髪が少しのぞいている。
まだ少し幼さの残った女の声と華奢な体から、少女だと認識した店主は景気のいい声で返した。
「いい目利きだな嬢ちゃん、はいよ」
リンゴを手渡すと同時に金銭のやり取りをする。
「ありがと。……儲かってそうだね」
フードを被った少女は、店の品やあたりの店を見回しながら答えた。
「おうよ。なんでもこっから東にある何とかって国に、エルフの要人が来るらしくてな。それで人の流れがだいぶ増えて、うちもがっぽりさせてもらってんだわ!」
「ふ~ん……。エルフってことは”
「ん?
「……そっか、ありが――」
少し視線を落としたフードの少女が礼を言い終わる、その瞬間だった。
『きゃああああ――――っ!!』
穏やかな昼下がりを切り裂くように、遠くで女の悲鳴が上がった。
「な、なんだ!?」
思わず店主も声を上げる。
悲鳴のあったほうから逃げ出す人々。
逆に悲鳴のほうへ駆け出す兵士らしき人。
あたりの通行人も混乱に陥っている。
店を構えている者も逃げ出す準備を始めていた。
「お、おい! 嬢ちゃんもすぐに――って、あれ?」
店主が逃げろと伝えようと振り返ると、さきほどまでいたはずのフードを被った少女の姿は、そこにはなかった。
◇
「さっさと馬を用意しろ!! ガキが死んでもいいのかぁ!?」
町の食堂から、粗野な大声が響いていた。
食堂のまわりには大勢の人だかりができている。
警備の兵士らしき人物も複数いたが、離れた外からでは食堂の中は見えにくく、子供たちを助けたくても身動きが取れないでいた。
「早くしねえと、そこの兵士さんみたいになっちまうぜぇ!?」
食堂の窓から叫ぶ男が、不敵な笑みを浮かべて指をさす。
そこには血を流しながら倒れ、町人らから手当てを受けている兵士がいた。
まだなんとか息はあるが、流した血の量からかなり危険な状態に見える。
小さな町ではこれ以上の兵士の応援は期待できない。
このままでは盗賊らしき者たちに子供がさらわれる。
そんなときだった――
緊迫した状況の中、ひとりの女が負傷した兵士のもとに現れた。
長い黒髪を後ろで束ね、少し不愛想な雰囲気の女性――カルミラだ。
「……傷は深いが急所は外れてる。少し大人しくしていろ」
カルミラはそう言うと、兵士の傷口に手を当て、小さな魔法陣をつくった。
まわりの町人らが固唾を呑んで見守る。
すると最初は苦しそうだった兵士も、魔法の効果が現れるにつれ徐々に表情がやわらいでいった。まわりから安堵の声が漏れる。
「……とりあえずはこれで大丈夫だろ。状況は?」
カルミラは兵士から視線を上げると、手当てをしていた町人にたずねた。
「あ、えと……子供が人質に……盗賊らしき男たちだったんですが……助けに行きたくても中の様子がわからなくて……」
そう話した町人に続くように近くにいたほかの兵士が言う。
「あいつら……変な魔法を使ってくるんだ……黒い魔法陣ができたかと思ったら、団長が急に血を流して倒れて……」
「黒い魔法陣か……」
兵士の話を聞き、カルミラがそうつぶやいた。
どこか心当たりがあるように見える。
「――がはっ、ぐっ! ……はぁ……す、すまない。世話になった……」
負傷していた兵士が意識を取り戻し、答えた。
「まだあまり喋るな。魔法でできたのは応急処置だけだ」
「……中に、子供が……。見たところ、かなりの手練れと見える……どうか、子供を助けてはくれないだろうか」
兵士は言い終わると同時に咳き込む。
すると、カルミラはふっと軽く笑みを浮かべると、
「心配すんな、うちのガキどもが行ってる」
「……子供?」
◇
「お頭ぁ! ガキは全部縛って向こうに置いてきましたぜ!」
食堂の中、盗賊の下っ端らしき男が言った。
「置いてきたじゃねえ! さっさと魔力調べて反応したやつ連れてこい!」
盗賊のリーダーらしき男が罵声を飛ばす。
それと同時に魔石のような物を下っ端の盗賊に向かって投げた。
魔石のような物を受け取った下っ端の盗賊が、怯えた声を上げながら慌てて別の部屋に駆け出して行く。
それを見た盗賊のリーダーらしき男が、舌打ちをしながら食堂の椅子に腰をかける。
「おい、ガキを選別してるあいだに金の要求も済ませておけ!」
別の下っ端にそう命令し、腕を組む。
そのまま、早くしろ、とさらに罵声を上げる。
室内にぴりついた空気が流れている――
ところだった。
「――大変そうだねえ。……あ、このリンゴおいしい!」
緊迫した食堂の中であどけない少女の声が響いた。
「!?」
盗賊のリーダーが声のしたほうを振り向くと、そこにはフードを被った人物が座っていた。
テーブルに肘をつき、片足だけでバランスを取りながら体を揺らしている。
片手に持っているのは食べかけの大きなリンゴだ。
「誰だてめえ! どっから入ってきた!?」
盗賊のリーダーが剣を構え叫んだ。
まわりの下っ端たちも武器を手に取りフードの人物を取り囲むように構える。
「ん~? あ、そか。名乗ってなかったね」
フードを被った人物は、何かを思い出したかのように立ち上がった。
「えーっと、リアンって言います」
ぺこりとお辞儀をしながら名乗ると、空いたほうの手でフードをかき上げながら、
「でも、悪いことする盗賊さんには、捕まってもらいまぁーす」
そう声高に言うと、にいっ、と悪戯な笑みを浮かべていた。
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