第二章 六年の成果

第23話 少女

 リアンとテルアが出会ってから六年と少しがたった。

 

 ウーニラスの襲撃以来、西の大陸では各所でも似たような事件が起こっていた。

 狙われるのは孤児院や学生寮などで、主に小さな子供が標的になっている。

 リアンのように、華色かしょくの血を引きながらも何とか生き延びていた子供たちだ。

 

 各国は子供たちを守るため、兵士や魔導士の育成に力を入れているが、四天してんのいない今、戦力不足は否めない。

 さらに一部の混色だけでなく、何者かによって作られた怪しげな武器を持った者たちも現れた。

 それらもまた彼らを苦しめる原因になっている。

 

 そしてここ、西の大陸北部に位置する小さな町でも――







「おじさん、そこの一番大きいリンゴちょうだい」


 町の通りに構えている小さな店の前で、フードを被った客らしき人物が言った。

 顔が見えないくらい深く被っているが、その奥から桃色の髪が少しのぞいている。

 

 まだ少し幼さの残った女の声と華奢な体から、少女だと認識した店主は景気のいい声で返した。

 

「いい目利きだな嬢ちゃん、はいよ」


 リンゴを手渡すと同時に金銭のやり取りをする。


「ありがと。……儲かってそうだね」


 フードを被った少女は、店の品やあたりの店を見回しながら答えた。


「おうよ。なんでもこっから東にある何とかって国に、エルフの要人が来るらしくてな。それで人の流れがだいぶ増えて、うちもがっぽりさせてもらってんだわ!」


「ふ~ん……。エルフってことは”翠色すいしょく”だよね? 華色かしょくって知ってる?」


「ん? 華色かしょく……? いや、知らねえが」


「……そっか、ありが――」


 少し視線を落としたフードの少女が礼を言い終わる、その瞬間だった。

 

『きゃああああ――――っ!!』


 穏やかな昼下がりを切り裂くように、遠くで女の悲鳴が上がった。

 

「な、なんだ!?」


 思わず店主も声を上げる。

 

 悲鳴のあったほうから逃げ出す人々。

 逆に悲鳴のほうへ駆け出す兵士らしき人。

 あたりの通行人も混乱に陥っている。

 店を構えている者も逃げ出す準備を始めていた。


「お、おい! 嬢ちゃんもすぐに――って、あれ?」


 店主が逃げろと伝えようと振り返ると、さきほどまでいたはずのフードを被った少女の姿は、そこにはなかった。







「さっさと馬を用意しろ!! ガキが死んでもいいのかぁ!?」


 町の食堂から、粗野な大声が響いていた。

 食堂のまわりには大勢の人だかりができている。

 警備の兵士らしき人物も複数いたが、離れた外からでは食堂の中は見えにくく、子供たちを助けたくても身動きが取れないでいた。

 

「早くしねえと、そこの兵士さんみたいになっちまうぜぇ!?」


 食堂の窓から叫ぶ男が、不敵な笑みを浮かべて指をさす。

 

 そこには血を流しながら倒れ、町人らから手当てを受けている兵士がいた。

 まだなんとか息はあるが、流した血の量からかなり危険な状態に見える。

 

 小さな町ではこれ以上の兵士の応援は期待できない。

 このままでは盗賊らしき者たちに子供がさらわれる。

 

 そんなときだった――

 

 緊迫した状況の中、ひとりの女が負傷した兵士のもとに現れた。

 長い黒髪を後ろで束ね、少し不愛想な雰囲気の女性――カルミラだ。

 

「……傷は深いが急所は外れてる。少し大人しくしていろ」


 カルミラはそう言うと、兵士の傷口に手を当て、小さな魔法陣をつくった。

 まわりの町人らが固唾を呑んで見守る。

 

 すると最初は苦しそうだった兵士も、魔法の効果が現れるにつれ徐々に表情がやわらいでいった。まわりから安堵の声が漏れる。

 

「……とりあえずはこれで大丈夫だろ。状況は?」


 カルミラは兵士から視線を上げると、手当てをしていた町人にたずねた。

 

「あ、えと……子供が人質に……盗賊らしき男たちだったんですが……助けに行きたくても中の様子がわからなくて……」


 そう話した町人に続くように近くにいたほかの兵士が言う。

 

「あいつら……変な魔法を使ってくるんだ……黒い魔法陣ができたかと思ったら、団長が急に血を流して倒れて……」


「黒い魔法陣か……」


 兵士の話を聞き、カルミラがそうつぶやいた。

 どこか心当たりがあるように見える。

 

「――がはっ、ぐっ! ……はぁ……す、すまない。世話になった……」


 負傷していた兵士が意識を取り戻し、答えた。

 

「まだあまり喋るな。魔法でできたのは応急処置だけだ」


「……中に、子供が……。見たところ、かなりの手練れと見える……どうか、子供を助けてはくれないだろうか」


 兵士は言い終わると同時に咳き込む。

 

 すると、カルミラはふっと軽く笑みを浮かべると、

 

「心配すんな、うちのガキどもが行ってる」


「……子供?」







「お頭ぁ! ガキは全部縛って向こうに置いてきましたぜ!」


 食堂の中、盗賊の下っ端らしき男が言った。

 

「置いてきたじゃねえ! さっさと魔力調べて反応したやつ連れてこい!」


 盗賊のリーダーらしき男が罵声を飛ばす。

 それと同時に魔石のような物を下っ端の盗賊に向かって投げた。

 

 魔石のような物を受け取った下っ端の盗賊が、怯えた声を上げながら慌てて別の部屋に駆け出して行く。

 

 それを見た盗賊のリーダーらしき男が、舌打ちをしながら食堂の椅子に腰をかける。

 

「おい、ガキを選別してるあいだに金の要求も済ませておけ!」


 別の下っ端にそう命令し、腕を組む。

 そのまま、早くしろ、とさらに罵声を上げる。

 

 室内にぴりついた空気が流れている――

 

 ところだった。

 

 

 

「――大変そうだねえ。……あ、このリンゴおいしい!」


 緊迫した食堂の中であどけない少女の声が響いた。

 

「!?」

 

 盗賊のリーダーが声のしたほうを振り向くと、そこにはフードを被った人物が座っていた。

 

 テーブルに肘をつき、片足だけでバランスを取りながら体を揺らしている。

 片手に持っているのは食べかけの大きなリンゴだ。

 

「誰だてめえ! どっから入ってきた!?」


 盗賊のリーダーが剣を構え叫んだ。

 まわりの下っ端たちも武器を手に取りフードの人物を取り囲むように構える。

 

「ん~? あ、そか。名乗ってなかったね」


 フードを被った人物は、何かを思い出したかのように立ち上がった。

 

「えーっと、リアンって言います」

 

 ぺこりとお辞儀をしながら名乗ると、空いたほうの手でフードをかき上げながら、

 

「でも、悪いことする盗賊さんには、捕まってもらいまぁーす」


 そう声高に言うと、にいっ、と悪戯な笑みを浮かべていた。

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