第20話 結界の代償

「……どういうこと……!?」


 夕暮れの空に、リアンの震えた声が響く。

 

 テルアは大きな声を上げたあと、リアンとソラにこのあたりを覆っている結界について話していた。

 

 この結界は特殊な魔法術式を使っており、通常のカルミラの力を超えて効力を発揮していること。

 この結界の使用者は魔法の終了を持ち、その代償として結界に使った魔力分の寿命を奪われることを。

 

 

  

 信じがたい事実を告げられ、リアンは感情的になっていた。

 

「いやだ! はやく、ししょーにやめてもらわなくちゃ!」


「……だめだ。使用者が離れても結界が維持できるよう、契約術式で組まれてる……。たぶん今すぐ解いても師匠は死んじゃう」


「そんな……」


 涙を浮かべ、うつむくリアン。

 初めてできた家族に迫った死を受け入れられないようだった。

 

 ソラはただ黙ってふたりを見つめている。

 

「……だから、師匠を助けるためにやりたいことがあるんだよ」


「……っ!? ししょー助けられるの!?」


 下を向いていたリアンが、ばっと顔を上げ、すがるような目で聞く。

 

「ああ、このあいだ師匠がどっか行ってたときあっただろ? その日からつけてる指輪があるんだけど……でさ! その指輪が術式包括系統の魔石を使った、魔力貯蔵術式を――」


「あ、それはいい。……そのゆびわあるとどうなるの?」


 テルアが饒舌に語り始めようとしたところを、リアンが右手を掲げてばっさりと遮った。

 リアンの心底興味なさそうな表情に、テルアは少し恨めしそうな顔で続きを話す。

 

「……つまり……その指輪に強い魔力を貯めて、結界を解くときに出てくる代償を奪いにくるやつにぶつければ……なんとか追い返せるんじゃないかと……」

 

「……! やる! やろうよ!? ししょーたすけたい!」


 希望に満ちた表情のリアンが叫ぶ。

 

「……はぁ……よし、じゃあまあ、やるか!」


 テルアも気を取り直して意気込む。

 

「じゃが、どうやってそんな魔力を用意するんじゃ? それに、そもそもそんな都合よくできるんかいな……」


 ずっと黙っていたソラが、怪訝な表情をして聞く。

 

「魔力を貯めたりする仕組みについては俺ができると思う。まだわからないことも多いけど、調べればなんとか。……あとは肝心の強い魔力なんだけど――」


 テルアがそう言いながらリアンのほうを見る。

 

「……わたし?」


「今ある一番強い魔力は、リアンの花の魔力だからな。それを使おうと思う」


「わかった……!」


 ぐっと両手を握りしめ、リアンがうなずく。


「……えらく都合がええ気がするのう……」


 難しい顔をしたソラが羽を組み、空を見上げる。

 

「いいじゃん、師匠を助けられるんなら」


「そうだよ!」


 暗い空気から一転、わずかな希望が見えたところだった。

 

 リアンがすっと冷たい表情に変わった。

 

「……ところで、テルアはししょーがしんじゃうの、まえからしってたの? なんですぐにおしえてくれなかったの?」


「……え? まあ、ここで気がついたときにはすぐわかったけど……そんときはまだ師匠のこと警戒してたし……そのあとリアンと喧嘩になって、なんやかんやで……」


 空気が変わったことに戸惑いながらも正直に答えるテルア。

 

「……ソラもさいしょからしってたの? なんでとめなかったの?」


「え? わ、わし? わしはこの体じゃあ……どうすることも……できんしのう……」


 リアンの思わぬ冷たい視線に、ソラもしどろもどろに答える。

 

 テルアとソラの歯切れが悪い言葉を聞いたリアンは、眉を逆立て、むうぅと唸って、

 

「ふたりとも、そこにせいざして!!」







 なぜかリアンのお説教タイムが始まっていた。

 

 両手を腰に当て、むすっとした表情で仁王立ちしているリアン。

 

 その目の前に正座させられているテルアとソラは、戸惑いと不満の色を浮かべていた。

 

「……なんで俺らが怒られてんだよ?」


 テルアが小声でソラに聞く。

 

「……知らんわい。おまえさんがもっと早うに言うとれば――」


 ソラも小声で返すが――


「だまって――!!」


「「ハ、ハイ!」」


 リアンの気迫に押され、テルアもソラも言われるがままだった。

 

 そうして結局、空が夕焼けに染まるまで、テルアとソラは、リアンのお説教に付き合わされたのである。

 どうしてすぐに教えてくれなかったのか、どうして止めなかったのか、これからはすぐに相談すること、など……リアンによる尋問と取り決めが行われた。

 

「わかった? これからはだいじなことは、ちゃんとすぐはなすこと! かぞくなんだから!」 


 テルアとソラがぶんぶんと首を縦に振る。

 

 草原の真ん中でリアンの甲高い声が響いていた。

 

 

 

「じゃあつぎは……」


「な、なあ……だいぶ日も落ちてきたし、そろそろ帰ろうぜ? リアンも師匠に夢の話したいだろ?」


 まだ続く様子のリアンのお説教から逃れるため、テルアが誘導気味に提案した。

 

「そだ! すたーちす! ししょーにもすたーちすきかなきゃ!」


 意識が別の方向に行ったリアンを見て、ずっと正座だったテルアとソラの顔がほころぶ。

 

「それに、師匠を助けるにはまずリアンの魔力制御だ。俺も手伝うから頑張ろうぜ」


「うん! がんばるっ! ……じゃあおわり! はやくかえろ!」


 長かったお説教が終わり、大きく意気込んだリアンと、やれやれと立ち上がるテルアとソラ。

 ふたりと一匹はようやく帰りの支度を始めていた。

 






「……こんなもんか」


 カルミラは家に帰ると、夕食の準備をしていた。

 気を失っていたリアンの喜びそうなものをと考えた結果、今夜の献立もシチューとなった。

 

 付け合わせの野菜も切り終え、あとはシチューを軽く煮込むだけ――となったところで台所を出た。

  

 

 

「……たしかこの辺だった気がするんだが……」


 ややほこりっぽい本棚を漁っていた。

 

 今日、リアンやテルアの稽古をつけていたときに気づいたが、自分は教えるのがヘタらしい。

 以前からなんとなくわかっていたことではあるが改めて実感してしまった。

 

 そんなわけでわかりやすい魔法書を探しているわけだ。

 

「お、これか」


 目当ての物を見つけ、取り出したときだった。

 ひらりと一枚の紙が落ちた。

 

「……?」


 床に手を伸ばし、その紙を手に取る。

 きれいに折られた紙を広げると――

 

「……あのときのか……」


 それは一枚の絵であった。

 

 長い黒髪の少女と、桃色の髪に白い毛筋の入った少女。

 学校のような建物を背景に描かれた絵の中のふたりは、とても仲が良さそうに見えた。

 

 カルミラは懐かしそうに少しのあいだ眺めると、ふたたび紙を折り、本棚にしまった。

 ややうつむき、軽く息を吐く。

 

「大丈夫だ……あいつらは必ず守る。この命にかえても――」

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