第19話 夢の中と探し物

 目の前には真っ白な空間が広がっていた。


「あ……」


 小さく声をもらしたリアンは、ふたたび夢の中の世界に来たのだと気づいた。

 前より少し意識がはっきりしている。

 

「……そうだ!」

 

 ――お母さんみたいな人がいるかもしれない。

 

 そう思い、あたりを見回してみる。

 しかし、前、右、左、そして後ろと見て回ったが見当たらない。

 意識がはっきりしているぶん、落胆も大きかった。

 

 落ちた気持ちにつられて以前のときのことを思い出し、はっと足元を見た。

 ちゃんと自分の足がある。

 えいっと走る動作をすると、ちゃんと前に進めた。

 これで今度はあの人を追いかけられる、と両手を握りしめ意気込む。

 

「……」

 

 ふと、じーっと握った両手を眺めていると、なんとなく今ならいろいろできそうだったのでやってみた。

  

 高くジャンプしてみたり、逆立ちしてみたり、いつもよりに体を自由に動かせる。

 さっきやっていたウォーターボールも上手くできた。

 

「いっぱいできる……!」


 どうやら魔力のコントロールが自然とできているらしい。

 彩焔刀さいえんとうをつくったり、舞凪なぎをやってみたり、そうして体をいろいろと動かしているときだった。

 

 

 

「――その感覚、覚えておいてね」


 後ろから聞こえたやさしい声に、ハッと振り返る。

 

 前のときのように、自分と同じ色の髪をした女の人が座っていた。

 しかし顔は前髪に隠れて見えない。

 

「……おかあさん? おかあさんなの!?」


 その問いかけに、帰ってくる言葉はなかった。ただじっと下を見つめている。

 

 ぐっと力を入れ、今度こそと女の人に向かって走り出した。

 

「おかあさん! ――って、あれ?」

 

 勢いよく駆け出したつもりだったが、まったく近寄れない。

 さっきまで自由に動けていたのに、今は体が鉛のように重かった。

 走っても走っても女の人が遠くに行ってしまう。

 

 だんだんと視界が歪んできた。

 

 ――このままじゃまた。

 

「っ――おかあさぁん!!」


 女の人に声が届くよう、思いっきり叫んだ。

 

「あのね――わたし、かぞくできたよ! テルアと、ししょーと、ソラと! ……わたし、がんばったよ――!」


 伝えたかった。どうしても、これだけ伝えたかったのだ。

 家族ができたこと、がんばったこと。

 それだけが今の自分にできる、母親への贈り物のような気がして――

 

 そのとき、ほんの少しだけ……女の人が笑ったような気がした。

 

 すると――

 

「リアン……スターチスを、探して」


「すたーちす……?」


 女の人がやさしげにうなずいたかと思うと、視界がぐにゃぐにゃになっていく。

 

「あっ――おかあさん!」


 引き離されるように体が後ろへやられる。

 あがいて、もがいて、必死に手を伸ばすが届かない。

 

(また、おわっちゃう……)

 

 意識が途絶える――そう思ったとき、女の人の声が聞こえた気がした――

 

『ごめんね――がんばってね』

 

 


 ◇

 

 

 

 夕方の涼しい春風が吹いている。

 風に揺られた草たちが静かな音色を奏でていた。

 

 カルミラが帰ったあと、テルアとソラは草原の丘にある木の下で、リアンが目覚めるのを待っていた。

 そのリアンはソラの羽とお腹まわりにすっぽり埋まるように横になっている。

 

「っ……おかぁ、さ……!」


 最初は気持ちよさそうに眠っていたリアンだったが、途中から何かにうなされるように顔を歪めていた。

  

「……大丈夫か?」


 心配そうにのぞき込むテルア。

 

「むぅ……ちょっと強引じゃが、そろそろ起こすかの……」


 ソラのふわふわの羽と、ちょっと出っ張ったお腹がリアンを揺らした。

  

「ほれ、リアン、そろそろ起きんかい」


「ん……」


 ソラの声に、リアンがうっすらと目を開ける。

 しかしまだ意識がはっきりしていないようだった。

 

「あ、起きたか? 俺らのことわかるか?」


 のぞき込んだままのテルアが聞く。

 

「テル……ア? ソラ……」


 少しずつ目を開け、ソラの羽に包まれているのを理解したようなときだった。

 

「あ、ソラのはね……しろい――ああっ!!」


 ソラの羽を見て何かを思い出したように大きな声で叫ぶと、がばっと勢いよく起き上がった。

 

 ――ゴンッ!!

 

「あがっ!?」


「んぎゃ!?」


 ふたりの頭がぶつかった。互いにどてっと倒れる。

 

「何やっとんのじゃおまえさんらは……」


 呆れ顔のソラが半目でぼやく。

 

 ふたりは両手を頭に当て、うずくまっていた。

 

「いってぇー……」


「うぅ……いたい……あっ! そだ!」


 慌てて立ち上がったリアンが叫ぶ。

 

「すたーちす! すたーちす!!」


 リアンは何かをうったえるように、テルアとソラを交互に見ながら繰り返していた。

 

 





 リアンはさっきまで見ていた夢の中のことを、テルアとソラに話していた。

 三人と一匹で暮らすようになってからは、毎日のように話し方が上手くなっている。

 ここぞとばかり、母親かもしれない女の人のことを語っていた。

 

「――で、がんばってね、っていってくれたの!! それで、うれしかったの!!」


 目を輝かせ、喋り終えたリアンはやけに満足げだった。

 今まで思うように話せず、伝えたいことを上手く伝えられなかったので、上手く(リアン主観)伝えられてうれしかったらしい。

 

 そんなリアンを見ながらテルアが口を開いた。

 

「お、おう……まあよくわかった……やけにリアンの感想が多かった気もするけど……」


 説明は上手くできていたようだが、なぜか毎回出来事の最後にリアンの感想がくっついていた。

 

「それで、すたーちす……ってなんなの?」


 さっきまでの勢いが収まり、きょとんと頭を傾けながらリアンが聞く。

 

「んー……」


 腕を組んで仰ぐテルア。

 魔法のことであればすぐに意気揚々と語り始めるのだろうが、魔法以外のことはさっぱりらしい。

 

「……花の名前じゃな」


 やや沈黙があったあと、黙って聞くだけだったソラが口を開いた。

 

「おはな?」


「おそらく花そのものではなく、スターチスの能力のことじゃろう。今日おまえさんらもカルミラから聞いておったじゃろう」


 花の能力について語るソラは、いつもより真面目な表情をしていた。

 

「一部の華色かしょくの能力は、人や物などにその能力を封印することができる。つまりそれを封印された人物、あるいは物を探せっちゅうことなんじゃろうて」


 おまえさんの聞いたことが本当じゃったらな、と付け加える。


「……ふ~ん。ソラもそういうの詳しいんだな」


 珍しくテルアが、ソラのことを尊敬するような目で見ていた。

 

「ふん、あたりまえじゃろう! このわしを誰じゃと――」


「じゃあどうやってさがすの?」


 リアンが慣れたようにソラの話を遮る。

 さすがのテルアも、哀れむようにソラを見ていた。

 

「むぅ……たまには最後までやらせてくれんかの……。まあ、少なくともこの結界の外、国の外は当然として……大陸の外の可能性もあるかのう……。手がかりなしに探し出すのはなかなか骨が折れるじゃろうな……」


 言葉を遮られたソラが不満げな顔を浮かべ、仕方なしに羽を組みながら言う。

 

 と、その言葉に反応したのは、テルアだった。

 

「――あっ!! そうだ結界だ!!」


 テルアが何か大事なことを思い出したかのように叫んだ。


「えっ? どうしたのテルア?」


「なんじゃい、急に大声を出しおって」


 リアンとソラがびっくりした様子で聞くと、真剣な表情をしたテルアが、

 

「このままだと、師匠が死んじゃう――」

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