第18話 四天の能力
「……さくら……」
カルミラの言葉に、リアンはしゃがみ込んで桃色の花びらを手に取った。
まるで何かを思い出すように、小さな花びらをじっと眺めている。
「……で、桜が能力ってどういうことなんだ!?」
リアンを横目に見ていたテルアが、カルミラのほうへ視線をやりながらたずねる。
表情こそ真面目だが、声のトーンはワクワク感を隠せていない。
カルミラはそんなテルアを見ながら軽くため息を吐くと、めんどくさそうに話し始めた。
「一族固有の魔法――特異体質ってほうが近いかな。そいつだけが使える特別な魔法だ」
「おおっ!」
テルアが目を輝かせる。
風が少し強くなっていた。
「
「ああー、そういやあいつ移動するとき……」
いつの間にか、桃色の花びらが増えていた。
風の流れが変わっている。
「あれもおそらくウーニラスの能力、あるいはその一部だろう……。四天とやりあうなら、まずそれがどんな能力なのかを見極めることを考えにゃならん」
「ふーん……で、リアンも何か能力があるわけだ?」
「だからそれを……」
カルミラがそう言いながら、リアンのほうを向いたとき、
「……かしょく・さくら――」
リアンが小さな声でそれを口にした。
瞬間、まわりの桃色の花びらが舞い上がり、リアンを囲むように強い風が吹き荒れる。
「なっ――!?」
「リアン!?」
リアンはただしゃがみ込んだまま、ぼうっと桃色の花びらを見つめいる。
その目には桃色の光が灯っていた。
「おいっ、リアン! しっかりしろ!」
テルアが何度も声をかけるが、返事はない。
強風に逆らい、リアンのところに駆け寄ろうとしたときである。
後ろで何かが倒れる音がした。
「……師匠!?」
振り返ると、カルミラが頭を抱えながら横たわっていた。
目にはリアンと同じように桃色の光が灯っている。
「うぐっ……」
「師匠!? 大丈夫か!?」
「ちっ……私のことはいい……! リアンを止めろ!」
テルアはカルミラの歪んだ表情と声色から、一刻を争う状況だとすぐに理解する。
しかしリアンのほうへ向かおうとするが、風がそれを許さない。
「くっ、リアン! なあ、聞こえねーのか!?」
テルアが必死に声を上げるも、やはり何も返ってこない。
ならばと、目を凝らし、ずっとしゃがんだままのリアンの魔力を見る。
あきらかに魔力の流れがおかしい。
原因は間違った術式回路を使ったことだと、テルアはすぐに理解した。
そして、不思議な力によって何かが覆い隠されていることも。
「……ったく、ちょっと痛いかもしれねぇけど……がまんしてくれよ」
テルアはそうつぶやくと、右手に銀色の魔法陣をつくった。
魔法陣の中に、テルアがつくり出した術式が描かれる。
大きく振りかぶると、銀色の魔法陣をリアンに向かって放った。
逆風をものともせず飛んでいく。
「――リアン!」
銀色の魔法陣がリアンに触れた瞬間――
魔力が砕け散るような音を上げ、まわりの風や花びら、魔力もろともすべて消し去った。
意識を失ったリアンが、ふらっとやさしい風に揺られ、傾く。
倒れる寸前、テルアが駆けつけた。
「大丈夫か!?」
返事はないが息もしており、魔力の流れも安定している。
テルアはほっと胸を撫で下ろした。
「……ったく……こうなるから早めに確認したかったんだが……」
頭に手を当てながら、カルミラが歩いてきた。こちらも大丈夫そうだ。
カルミラはリアンの様子をうかがい、安堵のため息を吐く。
すると、カルミラはテルアに視線を移した。
「ところで……さっきの銀色の魔法陣――」
「え? ああ、あれか。えーっと……前にリアンと絵本の魔法やったときから何か使えてて……」
テルアは頭を掻きながら、ばつが悪そうに答えた。
「はあ……ったくどいつもこいつも……」
悩みが深そうに頭を抱えるカルミラ。
大きくため息をすると、テルアに向かって声を荒げた。
「いいか!? その銀色の魔法陣、絶対に人に見せるんじゃねえぞ!?」
ビシッと指をさし、高圧的に言い聞かせる。表情はいつもの数倍怖い。
「えっ? なん――」
「わかったな!?」
「うっ……わ、わかった……」
カルミラの勢いに押され大人しく返事をするテルア。
あまり素直に言うことを聞くタイプでないテルアも、カルミラが声を大きくしているときだけはしぶしぶ従っていた。
うなだれたカルミラはリアンのほうを見る。
「まあでも、今のがリアンの能力だとするなら……”支援系”か……?」
「だなあ……制御できずに師匠に負荷かけちゃった感じだったな」
カルミラがそれっぽくたずねてみると、テルアがわかったふうに言う。
カルミラも魔法のことに関してだけは、テルアを認めているようだった。
するとテルアが表情は硬いものの、いつものように語り出した。
「ただ……リアンの魔力と、支援式の術式回路があってなかった。リアンの能力って割には小さいし荒い術式だったな……」
「支援式の術式回路……?」
カルミラが
負のオーラで、「わかるように言え」と促す。
「うっ……んー……っと、簡単に言えば、リアンの体質と能力があってない……って感じかな? たぶんそれで制御できずに暴走したんだと思う」
テルアのその言葉に、カルミラは手を顎に当て考え込んでいた。
「――それに、何か隠されたものに魔力が纏わりついてるみたいな感じも……」
「……おまえにもわからないのか?」
意外そうにカルミラがたずねた。
「え? そりゃわからないこともあるけど……?」
カルミラは真剣な顔でしばらくテルアを見つめると、ふっと表情を崩して背中を向けた。
「まあいい……リアンをソラのところへ連れていってやれ。そいつの目が覚めるまではおまえの修行だ。おまえにまで暴走されたらたまったもんじゃないからな」
「……! よっしゃあ!」
うれしそうに返事をしたテルアは、リアンを背負いソラのほうへ駆け出した。
◇
「…………」
ボロボロになり、むすっとした表情のテルアが倒れていた。
カルミラとの修行でコテンパンにやられたらしい。
「今日はこんなもんだろ。そろそろ私は帰って晩飯の支度をしてくるよ。おまえらもリアンが目覚めたら帰ってこい」
へーい、とテルアの気の抜けた返事が返ってきたのを確認すると、カルミラは大きな杖に腰をかけて飛んで行った。
そろそろ空が夕日に染まるころだった。
テルアはむくっと起き上がると、広げた右手を見ながら言葉をこぼした。
「やっぱつえーなあ……」
しばらく自分の手のひらを眺めると、ぐっと拳を握り、まだ眠っているリアンのほうを向いて――
「でも、強くなって、必ず――」
そうつぶやいたテルアの右目は、ほんのり桃色に光っていた。
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