第17話 花の魔力

「では、これから修行を開始する」


 カルミラが遠出をしてから数日後、ようやく修行を始めることになっていた。


「よっしゃあ!」


「しゅぎょうも、がんばるっ!」


 テルアは念願の修行にガッツポーズ。

 リアンも同じように拳を握っているが、本当にわかっているのかは怪しい。


 場所は家から一番近い草原地帯だ。天候は晴れ。

 移動道具にされたソラは、木の影でひっくり返って寝ている。


「まずは魔力制御からだな。特にリアン、おまえの花の魔力だ」


 カルミラが腕を組みながら、リアンを見て言った。


「わたし?」


「あー……ずっと垂れ流しだもんな」


 テルアもカルミラの真似をしながら腕を組み、リアンを見る。


「この結界から出て外の町とかに行きたいなら、まずは花の魔力の制御だ。でないとまた魔族やらなんやらに狙われることになる」


 それを聞いたリアンが息を呑んで首を縦に振る。


「ってなわけで、今日の修行は簡単な魔法に花の魔力を使うことだ。まずは使って慣れろ」


「どうやるの?」


 リアンの問いに、カルミラは少し離れたところにある小川のほうへ向き、右手をかざした。


「ウォーターボール」


 そう唱えると、小さな魔法陣が出現。

 リアンの頭ほどの水玉が飛び出す。

 勢いよく放たれた水玉は、バシャン、と遠くの小川に落ちた。


「こうだ」


 くるっと振り返ったカルミラが真面目な表情で言いきった。


「「…………」」


 言葉の続きを待つリアンが、じっとカルミラを見上げる。


 腕を組み、口を閉ざしたカルミラが、リアンを見下ろす。




 しばらく見つめ合っていたふたりに、テルアが声をかけた。


「ひょっとして師匠……教えるの、ヘタ……?」


 カルミラは真剣な表情のままテルアに一瞥すると、ゆっくりと空を見上げた。

 どこか遠くの記憶でも見ているのだろうか。


「……まあ、人に教えたことはないな」


 カルミラがそうつぶやき、沈黙が訪れると、全員からため息がこぼれた。




「……まあ、花の魔力を使うだけなら簡単だよ」


 テルアがリアンの肩に左手を当て、右手を小川のほうにかざす。


華色かしょく・ウォーターボール」


 すると、小さな桃色の魔法陣が出現。

 ボンッ、と勢いよく飛び出した水玉は、桃色の花びらを舞い上げながら飛んでいった。


 バシャン、と遠くで水の落ちる音がする。


「すごい! おはなでた!」


「……どうしておまえが華色かしょくの魔法を使える……」


 はしゃぐリアンと、驚きの色を隠せないカルミラ。


「別に、ちょっとリアンから花の魔力借りただけ。ただこれは絵本の魔法を撃ったときの魔力共有回路を使っただけで、しばらくしたらできないようになってて、これが古代術式特有の――」


 途中からやけに楽しそうに語るテルアを、リアンとカルミラは呆れた目で見ていた。

 

 





「――つまり、詠唱時の華色かしょくってのは、これから使う魔法は花の魔力を使いますよ、っていう世界構造に対する宣言なんだよ」


「せか……せんげ……? はぁ、わかんないよ……」


 テルアの話を珍しく最後まで聞いていたリアンが、ため息まじりに言う。

 

 カルミラもいちいちツッコミを入れる気力もない様子だ。

 

「んー……とにかく真似してみ?」


 促したテルアに、不満げなリアンが宙へ手をかざす。

 

「えーっと……かしょく・ウォーターボール」


 瞬間、リアンの体の十倍はある桃色の魔法陣が現れた。

 

「「「え?」」」


 三人が思わず声を上げる。

 

 ドンッ、と地響きの如く音を上げ、巨大な水玉が遠くの山へ勢いよく飛んでいった。

 あたりに桃色の花びらがひらひらと舞っている。

 

 しばらくすると、遠くでズドーンと低い音がしているのがわかった。

 

 呆然と眺めていたリアンとテルアに、片手で頭を掻きながらカルミラが言う。

 

「……まあ、つまりこういうことだ。花の魔力をコントロールできないと――」


「すげーじゃんリアン! あの山ズドーンって吹っ飛んだぞ!」


「やった! おはないっぱいでた! もいっかいくよ!? かしょ――」


 浮かれたリアンがふたたび宙に手をかざすと、ゴンッゴンッ、と鈍い音がふたつ鳴った。

 

「話を聞けテメーら!」


 青い空に桃色の花びらが舞っている。

 今日もいつも通りの日常があった。







「うぅ……まだいたぃ……」


 両手を頭に当てながら唇をへの字にするリアン。

 

「なんで俺まで……」


 ついでに殴られたテルアはうずくまっている。声はひどく不満げだ。

 

 そんなふたりに、カルミラが説教するかのように話し始める。

 

「あぶねーからやめろ。さっきみたいな魔力が飛んでいくだけのなら、ちょっと山を削るとか程度で済むんだが……中にはもっと危険な魔法もある」


「いや……山を削るのでも十分危険だろ……」


 リアンの魔法でごっそり削られた山を見ながら、テルアが言う。

 

華色かしょくはそれぞれ、自分の花の能力を持っている。それがどんな能力なのかをまず把握しておきたい」


 テルアの言うことは無視し、話を続けるカルミラ。

 

「のうりょく……?」


 リアンが頭を捻りながらたずねる。

 

 すると、テルアが落ちていた桃色の花びらを手に取って言った。

 

「これだよな、魔力といっしょに出てくるやつ」


「おはな?」


「ああ、それがリアンの花――そして能力。”桜”だ」

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