第16話 懸念と希望と企み

「そうか……スーリラの手がかりは?」


 カーレが動揺を抑えるように聞く。


「いや、そっちはまったく」


 カルミラが首を横に振って答えると、カーレは大きく息を吐いた。


「まあ……スーリラの子供だけでも生き残ってたのは奇跡か……」


 スーリラ――つまり、スーリラ・ルーリイン。

 リアンの母親だ。


 カーレはやさしげな、しかしどこかあきらめたような笑みで続けた。


「ならせめて……その子供くらい、穏やかな人生を送らせてやれ――もうひとりいるんだろう? ちょうどいいじゃないか、賑やかで」


「……そうだな。私も、最初はそのつもりだった……」


 カルミラが紅茶を飲み干し、テーブルに置くと、再度改まったように話し始めた。


「今日来たのは、”もうひとりのガキ”についてだ」


 少し口調が厳かになったカルミラに、紅茶に視線を落としていたカーレが怪訝けげんな目を向ける。


 ルーリインの話をしたあと、いったい何を話すというのか。

 そうカーレの目が語る。


「何をどうやったかは知らんが、そのガキふたりが”天咲てんしょう”を撃った」


「――バカな!?」


 カーレが勢いよく立ち上がり、ダンッ、と前のめりにテーブルに手をついた。

 落とした紅茶はまったく気にする様子がない。


「ありえん! そんなことができるのは――」


 血相を変えたカーレが、言いかけて固まる。

 動じることなく座っているカルミラに、声を震わせながら聞く。


「……その子供が、”御星みほし”ということか――」


「それを確認するためにここに来た」


 カルミラはあっさりと言い、懐から何枚かの紙を取り出し、テーブルに置いた。

 先日テルアが書き散らかしたものの一部だ。


 カーレが荒々しくそれを手に取って座り、歪んだ表情で読む。


 一枚、二枚、三枚、と読んだところで、大きくため息をつき、乱雑にテーブルに投げた。


「くそっ……そうなったか……間違いない、御星みほしだ」


「やはりか……」


 そう言葉をこぼしたあと、互いに険しい顔をしたまま、口を閉ざした。




 城の一室に、水中にいるかのような水の音が漂う。

 部屋の窓から見える景色が、水に反射しているようで美しい。


 先に口を開いたのはカーレだった。


「一歩間違えれば、シャリテの再来になるぞ……」


 顎に手を当て、懸念の声を漏らす。


「わかってる……ただ、今のところはずいぶん仲良くやってる」


「……ん? 御星みほしは幼いころから高度な魔法術式を扱い、極めて高い知性を合わせ持つ。あまり慣れ合いを好まないはずだが?」


 不審に思ったカーレが眉を寄せ聞く。


「は……? なんだそりゃ。うちにいるのは――ただのクソ生意気でうるさい、アホなガキだぞ?」


 カルミラは、今まで見てきたテルアの印象をそのまま伝える。

 

 難しい顔をしたまま、カルミラとカーレは見合わせると――


 互いに噴き出した。

 それぞれに思い描いていた最悪の状況とは、少しズレているのかもしれない。


「何もかもが例外だらけか……」


 軽く頭を掻きながら、カーレがつぶやく。

 さきほどよりやわらかになった表情でさらに続ける。


「この娘の兄もかなり力をつけている。それとレインバートの令嬢、あれも相当なものだ。まあ、あっちはかなりの問題児らしいが……」


「……案外、どうにかなるかもしれんな」


 希望が見えたかのようなカーレの声に、カルミラも苦笑しながら言う。


 そのあとは細かい情報共有を行い、時間もないのでお開きとなった。




「ところで、そのふたりはどこに隠している?」


 カーレが落とした紅茶を片付けながらたずねた。


「北の僻地の山奥だ。境界断截きょうかいだんせつの結界を張ってある」


 帰りの支度をしていたカルミラが事もなげに言う。


「――バカものが、死ぬ気か」


 カーレの表情がふたたび歪み、険しい顔をしたまま立ち上がった。


「それ以外、ねえだろ」


 カーレはため息をつくと、顎に手を当て、何かを考えるように視線を落とした。


 世話になった、そうつぶやき、カルミラが窓のほうへ歩いていく。


「待て――」


 カーレが制止の声を上げ、同時に何か小さく光る物を投げた。

 カルミラが振り向きざまに受け取る。


「……これは?」


 それは、あおい魔石の指輪だった。


「お守りみたいなもんだ。ルーリインに御星みほしだ、おまえでは手に余るかもしれんからな」


「ふん……まあ貰っておくよ。カーレにもよろしくな」


 そう告げると、カルミラは窓から飛び出し、城を後にした。







 約束のみやげも買い、帰途についたころには、日が傾き始めていた。

 なんとか暗くなる前には帰ることができそうで安心する。


 とはいえ、あのふたりと一匹である。油断はできない。

 もしものときを考えてスピードを上げた。




 夕日が沈みかけている。


 家が見えてきた。

 さらに近づくにつれ、庭で動く子供がふたり、鳥、そして――なぜか大きなイノシシが視界に入ってくる。

 イノシシを見た瞬間、カルミラはいつものように、大きなため息をついていた。




「あ、ししょー! おかえり! みてみて、イノシシさんまものからもどした!!」


 見ると、ドヤ顔のテルアと元気なイノシシと、青ざめているソラがいた。


「テメーら……森のほうへ行きやがったな?」


「だって裏の山行こうとしたらさ、ソラが変に乗り気だったから――なんかあるなあって思って……やっぱ森にした!」


 テルアが手を後ろで組み、悪戯な笑みで答えた。


「ソラ、うそへたー!」


 リアンが無邪気な笑顔でとどめをさす。


「いやっ、わしもふたりのためにと――」


「おまえのせいじゃねえかよ!」


 カルミラの怒声とゲンコツが降っていた。




 そんなカルミラを見ていたテルアが何かに気づいたように声をかけた。


「あれ、師匠その指輪――」


「ん? ああ、今日会ってきたやつからちょっとな。さあ、もう中に入るぞ」


 テルアは不思議そうに、じっとその指輪を眺めていた。


 カルミラはリアンとソラにも声をかけ、家の中へと向かう。

 

 残りの人生、こいつらと過ごすのも悪くないか――そう思えるようになっていた。




 そんな自分の後ろ姿を見つめていたテルアが、何やら企み顔していたことなど知らずに。

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