第15話 訪問

「いいな? 絶対に結界の外には出るな。あと裏の山にも入るなよ?」


 カルミラの威圧的な声が響く。


 今日も頭にたんこぶをこしらえ、不満げにうなずくリアンとテルアがいた。




 勉強会の翌日。

 気持ちのいい朝日が庭を照らしている。


 玄関の前でカルミラが、ふたりと何度も言い争っていた。


「俺も行きたい!」


「わたしも、いく!」


「ダメだ」


 今日はカルミラが丸一日外出するらしい。

 それを聞いたふたりは当然、自分たちも付いて行きたいと駄々をこねた。

 しかしカルミラは「ダメだ」の一点張りであしらい、力ずくでと襲いかかったふたりにゲンコツが降り、今に至る。




「みやげは買ってきてやるから、大人しく留守番してろ」


 カルミラはそう言って庭に出ると、大きな杖に腰をかけ、ドンッ、とお腹に響く音を上げながら、凄まじい速さで飛んでいった。


 呆然と空を見上げるリアンとテルア。


「はえー……」


「もういなくなっちゃった……」


 そう驚きの声を漏らすと、ふたりはゆっくり顔を見合わせ――


 にいっ、と悪戯な笑みを浮かべていた。







 家をあとにしたカルミラは、雲に届きそうな高度で飛んでいた。


 目的地は西の大陸でも一二を争う大国、マナフェール王国である。

 集まってくる人や物、情報の量から、そこを拠点に活動する者も多い。

 カルミラも以前は、マナフェールで七賢者としての仕事をしていた。


「さっさと帰らねえと、何しでかすかわかんねえからな……」


 そうつぶやきつつ、飛ぶスピードを上げる。

 あのふたりが大人しく留守番しているなど、到底思えなかった。


 裏の山は比較的安全でフェイクである。

 本当に危ないのは森や湖のほうなのだ。

 

 あのふたりは、行くなと言えば行く。

 どうせ今ごろ、裏山に行ってることだろう。

 この数日、リアンとテルアに振り回され続けたカルミラの策略であった。




 数時間ほど飛んだところで、ようやくマナフェールの王城が見えてきた。

 しかしカルミラは降りる様子を見せず、王城の遥か真上で止まる。


 おもむろに一枚の紙を取り出し、宙にかかげた。

 変わった魔法陣が書かれている。


 すると、紙に書かれた魔法陣が光り、前方に蒼い魔法陣が出現した。

 カルミラはその蒼い魔法陣をくぐると、そのまま急降下していく。

 

 


 王城の一室にひとつだけ窓が開いている部屋があった。

 遠目にはやや死角になっており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

 城の高さまで降りたカルミラは、その開いていた窓から部屋に入っていった。


「――よっと」


 部屋に入ったカルミラが杖から降りると、後ろから声をかけられた。


「お久しぶりです。カルミラ様!」


 声の主は幼い少女だった。


「おう、カーレ。久しぶり、でかくなったな」


 カルミラがカーレと呼んだ少女は、リアンやテルアと同じか、もう少し小さいくらいだろうか。

 腰のあたりまで伸びた水色の髪が美しい。


「はい! 兄様はもっと大きくなっていますよ!」


「はは……相変わらず二言目には兄貴のことだな……」


 カーレのうれしそうな様子に、カルミラがやや呆れながら言う。


「もちろんです! 兄様は我が”グレイシャー家”の誇りですから! それで今日は――お話、ですよね?」


 カーレが少し真剣な口調に変わって言った。

 見た目は幼いが、振る舞いや話し方はリアンやテルアより、ずいぶんしっかりしている。


「ああ、すまんな。あまりゆっくりもしてられんのでな」


 カルミラの言葉に、カーレは愛想よく返事をすると、近くのソファに腰をかけた。


 カルミラもテーブルを挟んで向かいのソファに座る。

 テーブルの上には、まるで来ることがわかっていたかのように、いれたての紅茶が用意されていた。


 カーレは深くソファに座ると、「では、失礼します」と言って眠るように目を閉じた。

 黙ってうなずいたカルミラは、動じることなく紅茶をすする。


 城の一室に沈黙が訪れた。







 ピチャン、と水が落ちる音がした。

 かと思うと部屋の温度がどんどん下がっていく。

 外の景色が近いようで遠い。

 まるで、深い海の底へ引きずり込まれたような感覚だ。


 カルミラはただ、紅茶の水面に浮かぶ自分を眺めていた。


「――珍しいな、おまえのほうから来るのは」


 口を開いたのはカーレだった。

 しかしその声は、さきほどまでの幼い少女のものとは違い、深海から響くような、大人びたものだった。

 表情も兄のことを喋っていたときの無邪気さはなく、落ち着きつつも、どこか不敵な笑みを浮かべている。


「どこかの騎士団からは、子供を守れず、ふてくされて山ごもりしたと報告があったらしいが?」


 カーレが足を組みながら、煽り気味に聞いた。


「……あいつ、もう少しましな報告はできねえのかよ」


 カルミラが目線を逸らし、舌打ちしながら雑言ぞうごんを吐く。


「まあ、久しぶりにたわむれもいいのだが、時間もないのだろう? わざわざ非常用の経路を使って来るくらいなのだから」


 そう愉しげに話すカーレは、何かに憑依されているようにも見えた。


「ああ、さっそくだが本題に入らせてもらう」


 カルミラが改めると、カーレはテーブルの紅茶に手を伸ばした。


「先日、フラミールの町でガキをふたり拾った。混色こんしょくのウーニラスに襲われていたんだが……なぜか助かった。まだ生きている」


 カーレは紅茶をすすりながら、うなずく。

 その程度のことは予想していたようだ。


「そのガキのひとりが、ルーリインだった」


「――なっ!? ルーリイン!?」


 しかし、ルーリインという言葉には、カーレも驚愕の声を隠せなかった。


「まさか、生きていたのか……」


 しばらく紅茶の水面を眺めるカーレ。

 細めた目は、どこか遠い記憶を思い出しているようであった。


「では、”スーリラ”の――?」


 顔を上げたカーレが静かに問うと――


 穏やかな表情を浮かべたカルミラが、懐かしげに声を漏らした。


「ああ……あいつによく似ていたよ……」

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