第15話 訪問
「いいな? 絶対に結界の外には出るな。あと裏の山にも入るなよ?」
カルミラの威圧的な声が響く。
今日も頭にたんこぶをこしらえ、不満げにうなずくリアンとテルアがいた。
勉強会の翌日。
気持ちのいい朝日が庭を照らしている。
玄関の前でカルミラが、ふたりと何度も言い争っていた。
「俺も行きたい!」
「わたしも、いく!」
「ダメだ」
今日はカルミラが丸一日外出するらしい。
それを聞いたふたりは当然、自分たちも付いて行きたいと駄々をこねた。
しかしカルミラは「ダメだ」の一点張りであしらい、力ずくでと襲いかかったふたりにゲンコツが降り、今に至る。
「みやげは買ってきてやるから、大人しく留守番してろ」
カルミラはそう言って庭に出ると、大きな杖に腰をかけ、ドンッ、とお腹に響く音を上げながら、凄まじい速さで飛んでいった。
呆然と空を見上げるリアンとテルア。
「はえー……」
「もういなくなっちゃった……」
そう驚きの声を漏らすと、ふたりはゆっくり顔を見合わせ――
にいっ、と悪戯な笑みを浮かべていた。
◇
家をあとにしたカルミラは、雲に届きそうな高度で飛んでいた。
目的地は西の大陸でも一二を争う大国、マナフェール王国である。
集まってくる人や物、情報の量から、そこを拠点に活動する者も多い。
カルミラも以前は、マナフェールで七賢者としての仕事をしていた。
「さっさと帰らねえと、何しでかすかわかんねえからな……」
そうつぶやきつつ、飛ぶスピードを上げる。
あのふたりが大人しく留守番しているなど、到底思えなかった。
裏の山は比較的安全でフェイクである。
本当に危ないのは森や湖のほうなのだ。
あのふたりは、行くなと言えば行く。
どうせ今ごろ、裏山に行ってることだろう。
この数日、リアンとテルアに振り回され続けたカルミラの策略であった。
数時間ほど飛んだところで、ようやくマナフェールの王城が見えてきた。
しかしカルミラは降りる様子を見せず、王城の遥か真上で止まる。
おもむろに一枚の紙を取り出し、宙にかかげた。
変わった魔法陣が書かれている。
すると、紙に書かれた魔法陣が光り、前方に蒼い魔法陣が出現した。
カルミラはその蒼い魔法陣をくぐると、そのまま急降下していく。
王城の一室にひとつだけ窓が開いている部屋があった。
遠目にはやや死角になっており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
城の高さまで降りたカルミラは、その開いていた窓から部屋に入っていった。
「――よっと」
部屋に入ったカルミラが杖から降りると、後ろから声をかけられた。
「お久しぶりです。カルミラ様!」
声の主は幼い少女だった。
「おう、カーレ。久しぶり、でかくなったな」
カルミラがカーレと呼んだ少女は、リアンやテルアと同じか、もう少し小さいくらいだろうか。
腰のあたりまで伸びた水色の髪が美しい。
「はい! 兄様はもっと大きくなっていますよ!」
「はは……相変わらず二言目には兄貴のことだな……」
カーレのうれしそうな様子に、カルミラがやや呆れながら言う。
「もちろんです! 兄様は我が”グレイシャー家”の誇りですから! それで今日は――お話、ですよね?」
カーレが少し真剣な口調に変わって言った。
見た目は幼いが、振る舞いや話し方はリアンやテルアより、ずいぶんしっかりしている。
「ああ、すまんな。あまりゆっくりもしてられんのでな」
カルミラの言葉に、カーレは愛想よく返事をすると、近くのソファに腰をかけた。
カルミラもテーブルを挟んで向かいのソファに座る。
テーブルの上には、まるで来ることがわかっていたかのように、いれたての紅茶が用意されていた。
カーレは深くソファに座ると、「では、失礼します」と言って眠るように目を閉じた。
黙ってうなずいたカルミラは、動じることなく紅茶をすする。
城の一室に沈黙が訪れた。
◇
ピチャン、と水が落ちる音がした。
かと思うと部屋の温度がどんどん下がっていく。
外の景色が近いようで遠い。
まるで、深い海の底へ引きずり込まれたような感覚だ。
カルミラはただ、紅茶の水面に浮かぶ自分を眺めていた。
「――珍しいな、おまえのほうから来るのは」
口を開いたのはカーレだった。
しかしその声は、さきほどまでの幼い少女のものとは違い、深海から響くような、大人びたものだった。
表情も兄のことを喋っていたときの無邪気さはなく、落ち着きつつも、どこか不敵な笑みを浮かべている。
「どこかの騎士団からは、子供を守れず、ふてくされて山ごもりしたと報告があったらしいが?」
カーレが足を組みながら、煽り気味に聞いた。
「……あいつ、もう少しましな報告はできねえのかよ」
カルミラが目線を逸らし、舌打ちしながら
「まあ、久しぶりに
そう愉しげに話すカーレは、何かに憑依されているようにも見えた。
「ああ、さっそくだが本題に入らせてもらう」
カルミラが改めると、カーレはテーブルの紅茶に手を伸ばした。
「先日、フラミールの町でガキをふたり拾った。
カーレは紅茶をすすりながら、うなずく。
その程度のことは予想していたようだ。
「そのガキのひとりが、ルーリインだった」
「――なっ!? ルーリイン!?」
しかし、ルーリインという言葉には、カーレも驚愕の声を隠せなかった。
「まさか、生きていたのか……」
しばらく紅茶の水面を眺めるカーレ。
細めた目は、どこか遠い記憶を思い出しているようであった。
「では、”スーリラ”の――?」
顔を上げたカーレが静かに問うと――
穏やかな表情を浮かべたカルミラが、懐かしげに声を漏らした。
「ああ……あいつによく似ていたよ……」
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