第53話 消された町

 衝撃波が収まると同時に、ボテッ、とユニアが地面に落ちた。

 

 力を使い果たして立ち上がれないようだ。

 それでもどうにか頭を動かし、息を荒げながら頭の上にいるレノウに話しかけた。

 

「……勝ったん? うち、レノちんの相棒になれた……?」


「……ああ……。まあ、及第点ってとこだな」


 レノウはユニアの頭から飛び降り、リーゼルトが完全に気を失ったのを確認すると、どこか照れたように答えた。

 

「……おお、それはつまりバッチリ完璧パーフェクトってことなん!?」


「ったく……勝手にしろ――」


 レノウがそう呆れた口調で言ったところで、マルクが駆け寄ってきた。


「――ユニア!」


 人目も気にせず、ユニアを抱きしめ、声を震わせる。

 

「……よかった……本当に……。いつの間に、そんなに強くなったんだ……」


「へへ……レノちんのおかげなん……あとリアちんと、テルちんと……」


 少し成長した娘の姿に、マルクは顔をくしゃくしゃにしながら涙を浮かべていた。

 

「――ユニアさん、お見事でした」


 遅れてミナスも駆けつけた。傷はあるがこちらも大丈夫そうだ。

 

「……ミナちんもありがとなん……とうちん助けてくれて」


「あれくらいしかできなかったからね――」

 

 ミナスは申し訳なさそうに苦笑してから、横たわっているリーゼルトに視線を写した。

 しばらく伏し目がちに見つめたのち、

 

「……あなたとの日々は、そんなに悪いものではありませんでした……。リーゼルト、あなたを捉えます」


 悔しさの滲んだ声でつぶやき、魔力封じの手錠をかけた。

 

 

 

 静観していたレノウが、あたりを見回して声をかける。

 

「……ここはまだ危険だ。早めに脱出したほうがいい」


 その声に、ハッとしたマルクがやや恥ずかしそうに顔を上げた。

 

「そ、そうですね。ユニア、立てるか?」


「……うん、まだがんばれるん……」


 少しふらつきながらも、立ち上がるユニア。

 

「――団員たちの準備もできたようです。では、行きましょう」


 気を失ったリーゼルトを担ぎ、ミナスが気を引き締めたように言う。

 

 そうして勝利を収めたユニアたちは、ふたたび出口へと向かっていった。

 

 





 ケラヴノスが封印されている古びた石づくりの大きな部屋。

 

 岩と岩の衝突が地響きを上げ、激しい戦闘が行われている。

 

 リアンの力を目の当たりにしたダークスは、ケラヴノスのことなど忘れたかのように、手加減なしの魔法を繰り出していた。

 それでもリアンは、涼しい顔でいなしている。

 

 そんな光景を、テルアは羨望の眼差しで見つめていた。

 

「……いいなあ……リアンのやつ、ここぞとばかり暴れやがって……」


 もちろん、それがダークスの注意を引きつけるためだということは理解している。

 しかし、演技とはいえ、やられたままで終わるのも、なんだかなあ、という感じだった。

 

「……まあ、そろそろかな」


 視線をケラヴノスに移し、ため息混じりにつぶやく。

 封印のほうは順調だ。なにしろ、ウブリとやらがつくった封印術式をそのまま使うだけなのだから。

 テルアにとっては、ここまでの道のりのほうが問題だったと言える。

 

 次からは迷路で使える魔法でもつくっておくか、そんなことを考えているときだった。

 

『……ハ……サ、セロ……』


「……!?」


 なにかの視線のようなものを感じた。

 それだけではない、語りかけられるような、妙な感覚に襲われる。

 

 テルアはあたりを見回すが、特に変わったところはない。

 そうすると、自然と目の前のケラヴノスへと視線がいく。

 

「……おまえ、なのか……? というか、この封印魔法……俺の――」




 直後、遺跡全体を揺るがすような地響きが上がった。

 

「なっ!?」


 反射的に天井を見上げたテルアは、ハッとしてすぐにケラヴノスへ注意を戻す。

 が、こちらは変わったところはなかった。

 

「――テルア!!」


 困惑しているテルアに、戦闘中のリアンが振り返って叫んだ。

 

「ユニアちゃん、やったよ!!」


「……!! ……ったりまえだろ!」


 それを聞いて、一瞬驚きながらも、少し強がりながら答えたテルア。

 その顔には、やるじゃん、とでも言いたげな安堵の笑みがあった。

 

「……バカな……リーゼ……!?」


 天井を見上げながら、愕然とした表情を浮かべるダークス。

 こちらもリーゼルトの敗北を察知したようで、激しく動揺している。

 

「――っと、これでいいかな」


 テルアが弾みながら言うと、ケラヴノスのまわりに新たな結界ができた。

 さらに、古い封印魔法の残骸や、ダークスたちによる結界を破壊する。

 ガラスが砕けるように結界が飛び散り、霧散した。

 

「よーっし、おわりっと!」


 テルアがご機嫌な口調で言うと、リアンの隣まで舞凪なぎで飛ぶ。

 

 無事封印を済ませ、終わった感を出している隣のテルアを見て、リアンも安心したように笑みをこぼす。

 そのまま上の人口通路に立っているダークスを見上げて、

 

「リーゼルトさんも倒した。ケラヴノスも封印した。おじいちゃんの負けだよ。もう終わりにしようよ?」


 リアンがダークスに向かって降参を促す。

 

 しかし、ダークスは魂が抜けたように天井を見上げ、動かない。返事もない。

 

 リアンとテルアが、不審に思いながら様子をうかがっていると、

 

「……フ、フフ……フハハ――アッハッハッハ――!」


 ダークスは、どこか狂ったように不気味な声で笑い出した。

 

「……ちょっと、なんか怖いんですけど……」


 うえぇ、とリアンが両腕を抱えながら身を震わせ、気持ち悪そうにつぶやく。

 

「……おまえがあんまり追い詰めるからだろ――」


 横から半目でテルアがそう言ったときである。

 ダークスがピタッと笑い止み、形相を変えて叫び出した。

 

「私たちがなにをしたというのだ――――ッ!!」


「「……!」」


 突然の豹変に、リアンとテルアが瞬時に身構える。

 

「この町が私たちにしてきたことを思えば、ロントリアの町など滅びて当然ではないか!?」


 最初の冷静さからは想像もつかないほど、ダークスの表情からは怒りが溢れていた。

 

「……どういうこと?」


 リアンが戸惑いつつも怪訝な顔でたずねる。

 

 その顔をダークスがギロリと睨み下ろし、

 

「――ここからランテスタを隔てる大きな山脈を超えた先、東南にあった、モルトリアという名の町を知っているか?」


 ダークスの問いに、リアンはテルアに視線を送る。

 もちろん、そんなものをテルアが知っているはずもなく、真顔で首を横に振る。

 それを確認したリアンが、ふたたびダークスを見上げ、慎重に答えた。

 

「……地図で確認したときには、見なかったはずだけど……?」


「ああ、そうだろう……。モルトリアの町は、消されたのだ。ロントリアの町によってな」


 リアンとテルアの眉がピクリと動く。

 

 すると、テルアが疑い深い口ぶりで返した。

 

「……消されたって……なにがどうなってそうなるんだよ?」


 ダークスはテルアに視線を移すと、呼吸を整え、落ち着いた口調で語り始めた。


「……モルトリアの町は、北方大陸とを繋ぐ、貿易の盛んな町だった。今のロントリアのようにな。……だが、急速に発展したロントリアは、モルトリアから徐々にその役目を奪っていった。そして、しだいに町は衰退していくことになる……」


「……でも、国や町が発展していく中で、そういうことが起きるのは、ある程度仕方のないことなんじゃないの……?」


 リアンが少し声を震わせながら聞く。


「ああ、そうだ。それだけならまだよかったのだ。……だが、やつらはそれだけでは飽き足りず、各国に根回しをし、モルトリアへの人も、物も、金も、完全に断ち始めたのだ――――ッ!!」


「……っ」


 ダークスの威圧的な声に、リアンが怯む。


「……妻はもともと病弱で、薬が必要だった……。だがその薬も手に入らなくなってしまった……。私は必死に国へ訴えたが、無駄だった……娘がまだ八歳のころだ、妻が死んだのは……」


 ダークスの言葉を聞いて、リアンが伏し目がちに歯を食いしばる。

 自分のことと重なり、どう返したらいいのかわからなかった。

 

 そんなリアンに追い打ちをかけるように、ダークスが体を震わせながら続ける。


「町人も飢餓に苦しみ、何人も死んでいった……! あげく、最後には町に火を放ち、私たちを追い出したのだ!! こんなことが許されてなるものか! 私は妻の無念を晴らすべく、復讐を決意したのだ――――ッ!!」


 ダークスの激しい憎悪に、リアンとテルアが気圧される。


「おまえも華色だというならわかるだろう!? 一族を、仲間を皆殺しにされた憎しみが――――ッ!!」


「……ぅ」


 その言葉に、リアンが後ずさりながら顔を曇らせ、表情を歪めた。

 なにか見えないものに怯えるように、首を横に振る。

 

 ――ドンッ。

 

 そのとき、ダークスの頬を鋭利な岩がかすめた。

 

「――おい、じいさん。少し黙れよ」


 右手に茶色の魔法陣を掲げ、瞳に怒りを宿し、そう言ったのはテルアだった。

 

 ダークスが頬を伝う血に触れ、後ろに刺さった岩を見て察する。


「……フハハハ――! そういうことか! なるほど……最初から貴様らの掌だったというわけか……。だがもはやどうでもよい。これですべてを終わらせる――――ッ!!」


 ダークスが叫んだ瞬間、その足元に黒い魔法陣が浮かんだ。

 同時にケラヴノスにも黒い魔法陣が浮かぶ。

 

「――お、おい!? 封印は終わったぞ!? そんなことしたら――」


「知ったことではない! 計画も野望も潰えた。ならばせめておまえたちとこの町を道ずれにしてやる――――ッ!!」


 ダークスがそう叫んだ瞬間、禍々しい魔力の暴風が吹き荒れた。

 

「――えっ? ちょっ……」


 急な魔力の変化に、ハッと我に返ったリアン。

 

 すぐにテルアが、ダークスを止めようとするが、


「ちっ……術式実行済か……! 間に合わねえ……!」


 遺跡の内部を激しい風が吹き荒れ、魔道具や瓦礫が舞い上がる。


「――すべて消えてなくなれぇ――――ッ!!」


 声とともにダークスの体が黒い魔力へと変化し、ケラヴノスの体へ吸収されていく。

 

「まずい……! リアン、飛ぶぞ!!」


 テルアが慌てて声を荒げる。


「え!? どこに!?」


「どこって上だよ! 外! 逃げるんだよ!!」


「ええ――!?」


「早く!! 俺迷路わかんねえから!!」


「はあ!? ったくも――――ッ!!」


 リアンが呆れと怒りとを合わせたような声で叫ぶと、テルアの手をつかみ、急いで舞凪なぎを使って部屋を出る。

 

 次の瞬間、遺跡全体が揺れ、部屋の天井が崩れ出し、崩壊が始まった。

 

 

 

 崩れていく岩盤に追われるように、桃色の光が瞬く間に遺跡の迷路を駆けていく。

 

 あっという間に迷路を後にした桃色の光は、ユニアたちが戦っていた場所も通過。

 

 そして、あと少しで出口が崩れる、というタイミング。

 間一髪で桃色の光が塞ぎかかっていた穴をすり抜けた。

 

 その勢いで、ボテッ、とテルアが頭っから落ちた。

 

「――ってぇ……。だから移動魔法系はちゃんと――」


「文句言わない!!」


 言いかけたテルアを、きれいに着地していたリアンが遮る。

 

 頭に手を当てながらテルアが立ち上がっていると、激しい地響きが起こった。

 

「なに……これ!?」


 リアンが、地下から禍々しい魔力を感じ取る。

 

 すると、遺跡を隠してあった山が崩れ始め、地響きがいっそう激しくなっていく。

 

 

 

 そして一瞬、地響きが収まった、と思われたときだった。

 

 ドゴォンッ、と火山噴火の如く、激しい爆発音を上げながら、崩れかけていた山からなにかが飛び出した。

 同時に嵐が巻き起こり、大量の瓦礫や岩を飛び散らせる。

  

「うわっ!?」


 砂利の混じった強風に、思わず腕で目を覆うリアン。

 

「ちっ……いったん凌ぐぞ!」


 テルアが魔力障壁を展開したので、そのまま嵐が収まるのを待つ。

 

 

 

 しばらくして、嵐が静まったのを確認すると、リアンはうっすらと目を開けた。

 

「……! テルア、あれ……!」


「……マジか……」


 リアンとテルアが汗を滲ませ、空を見上げる。

 

 そこには、黒茶色の長い体を、ヘビのようにうねらせながら漂う、ケラヴノスの姿があった。

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