第52話 相棒
「なんかイヤな感じなん……」
リーゼルトが掲げた
「……あれが、私たちがつくらされていた物です。
ぐっと歯を噛みしめながら言うマルクを横に、ミナスが立ち上がり、剣を構えて聞く。
「あれと同じような物を、私たちは回収してきました。ですが、ここまでの力は……」
「ええ、外に出ているのは量産品。そして今、目の前にあるのがさらに改良された試作品です。あれが出回ってしまえば、大変なことになる……」
そう述べるマルクの表情が、罪悪感で歪む。
「……ユニアが真っ先に気づいたのは、なにかあるのか?」
ユニアの頭上にいるレノウが、横目にたずねる。
「おそらく、華装機と似た魔力の流れだからでしょう。妻の血を引くユニアなら、あの武器に対抗できるかもしれないが……」
希望が見えるマルクの言い方であったが、ユニアを見て、口をつぐむ。
その顔には、あきらかに不安の色が見て取れた。
しかし、そんなマルクに、レノウが頼もしげに答える。
「心配なのはわかるが、今は少しでも戦力がいる。……僕もついている、そう簡単に死なせたりはせん」
「そうなん! うち、レノちん乗っけてると強くなるん!」
そう答えたユニアの顔に、マルクが意外そうに目を丸くする。
「……わかった。では、私と動ける人は負傷した方たちの手当てを。ユニアとレノウさん、ミナスさんは、リーゼルトさんをお願いします!」
マルクの声とともに、全員の声が上がった。
ユニアとレノウ、そしてミナスがリーゼルトに武器を向ける。
「話し合いは済んだかしら? まあ、どうせ全員捕まえるんだけど、ね――」
リーゼルトが黒装機を構えて飛びかかり、戦いが始まった。
◇
マルクは倒れた団員のもとへ走りながら、少し頼もしくなったユニアを、後ろから見つめていた。
戦闘能力を持たない自分を不甲斐なく思いながらも、いつの間にか一人前のように振る舞っているユニアを見て、誇らしく感じている。
こうして自分の危険を顧みず助けにきてしまうところなど、母親に似たのだなと、呆れてしまうほどに。
なら、娘にまで遅れを取るわけにはいかない。
昔の悲劇を繰り返さないためにも、今自分にできる最大限のことをやるしかないのだ。
横たわった団員のもとに膝をつき、手当てを始める。
(――頼む、ユニアを見守っていてくれ……)
どこかで見ていると信じ、亡き妻に向かって祈っていた。
◇
遺跡内の広い空間に、武器と武器の激しい衝突音が響く。
「――防御ばかりじゃ、私を捉えられないわよ?」
余裕の表情をしているリーゼルトが、息を切らしたミナスを煽る。
ミナスとリーゼルトの力はほぼ互角だったが、武器の差でリーゼルトが優位に立っていた。
加えて人質たちを意識しながらの戦いである。
ユニアと二対一とはいえ、状況はあまりよくない。
ミナスが険しい表情で剣を向けると、リーゼルトの後ろからユニアが飛びかかる。
「んおりゃああ――!」
その声に、リーゼルトが冷めた目で振り返ると、黒装機で迎え撃つ。
ガキンッ、と華装機と黒装機が激突すると、火花を上げながら拮抗する。
しかし、宙に浮いたままのユニアのほうが力切れし、リーゼルトが黒装機を振り抜いた。
「うわあ!?」
勢いよく飛ばされ、壁に叩きつけられる。
が、ぶつかる瞬間、レノウが衝撃を軽減する魔法を使ったらしく、ダメージは少なかった。
「ありがとなん、レノちん」
「気にするな。それより、おまえは攻撃に集中しろ、防御は僕のほうでなんとかする」
「わかったん!」
頭上にいるレノウの言葉に、闘志を燃やすように起き上がる。
その希望に満ちたユニアの目に、リーゼルトが苛立ちを見せながら言う。
「……ほんっとムカつく目……がんばればどうにかなる、とでも思ってるのかしら? 子供がなにをしようが、大人の邪魔なんてできないのよ」
その表情は、憎しみに満ち、どこか別の場所を見ているようだった。
それでも、キッと睨み上げるユニアに、リーゼルトが不気味な笑みを浮かべる。
「……じゃあ、こういうのはどうかしら?」
リーゼルトがゆっくりと黒装機を横へ向けた。
ユニアは一瞬、どういうことかわからなかったが――
「――父ちん!!」
黒装機の先を目で追った瞬間、声とともに駆け出す。
「――バカッ、罠だ!」
レノウが叫ぶが、遅かった。
無防備に走り出したユニアに、リーゼルトが高速移動魔法で一気に距離を詰め、黒装機で切りつける。
ズバンッ、と切り裂かれる音とともに、血しぶきが上がった。
同時に、ドサッ、と力なく倒れる音が空しく響く。
誰かに押し飛ばされたらしいユニアが、へたり込んだまま目を開ける。
「……うぐっ……あれ? ……ミナちん!?」
そこにいたのは、自分をかばい、負傷したミナスだった。
「あら、さすがミナス団長。こんな子供をかばうなんて」
「……がはっ」
血を吐き、ふらつきながらも、ユニアの前に立つミナスを、リーゼルトが憐れむように見つめる。
「一対一なら勝てたかもしれないのに……ほんとおひとよし」
そう吐き捨てると、黒装機を振り、ミナスを吹き飛ばす。
「――ぐあっ!?」
ドン、という鈍い音とともに、ミナスが壁に叩きつけられた。
そのまま気を失ったようにうなだれる。
「ミナちん!?」
「これでお終いね。わかったでしょう? 子供がなにをしたって、邪魔にしかならないのよ」
返事のないミナスに、ユニアが表情を青ざめる。
自分のせいでミナスがやられてしまったことに、動揺を隠せない。
その表情を、リーゼルトが満足げに見下ろす。
「ユニア! しっかりしろ、ミナスは無事だ! 早く立ち上がっ――ぐっ」
さらに必死に言葉をかけていたレノウの声が遮られ、
「――次はこっちにしましょうか?」
ハッとしたユニアが、リーゼルトを見上げると、その表情は絶望へと変わる。
「あっ――レノちん!!」
リーゼルトがレノウの喉元をつかみ上げ、黒装機を当てていた。
「ほら、早く助けないと、この子消えてなくなっちゃうわよ?」
「だめ――ッ! レノちんが死んじゃうん!」
悲痛に叫ぶユニアの顔を、リーゼルトが悪辣に笑う。
「あははははは――――ッ!! そう、その顔! それが見たかったのよ。無力な子供らしくていいじゃない、そっちのほうがお似合いよ」
「……クソッ、こんな体でなければ……」
レノウが苦しげにリーゼルトを睨む。
「……レノ、ちん……」
戦意を失い、涙を浮かべながら震えるユニア。
その表情を見て、リーゼルトが冷たい目を細め、
「……わかったでしょう? どれだけ自分が無力か。憎いほどに……。この町の連中にもわからせてやるのよ、その苦しみを。モルトリアの町のみんなの、お母さんの苦しみを」
しかし、もはやユニアの耳には届いていない。
「……モルトリアの町の亡霊か……ずいぶん、拗らせてしまって、いる……な」
リーゼルトの意識を逸らすように、レノウが詰まりながら言った。
その少し煽ったような言い方に、リーゼルトがレノウを睨む。
「……へえ、物知りな使い魔さんね。――でも、あなたたちにはもう関係ないけどね」
冷たく言ったリーゼルトが、レノウに黒装機を突き立てていく。
レノウは一瞬苦しげにうめき声を上げると、地面にうなだれているユニアに視線を移した。
「――ユニア……! いつまで下を向いているつもりだ……」
「……!」
レノウの声に、ユニアが顔を上げた。
「……おまえに、そんな顔は……十年早い……」
こんなときでも、いつものように辛辣なことを言うレノウ。
「あら? 最後に遺言でも残すのかしら?」
リーゼルトは嘲笑うように言うと、少し力を抜いた。
「……あきらめるなと言われていただろう? あのバカふたりに。それに、母親のつくったそれで、父親を守るんじゃなかったのか?」
「それは……」
レノウの言葉に、ふたたびうつむくユニア。
今でもその気持ちは変わらない。
しかし、自分ではどうしようもない現実がそこにはあった。
「おまえは確かに無力かもしれん……というかアホだ。でもな、おまえのまわりには、無力さをバネに、立ち上がってきたやつらが大勢いる。……僕もそのひとりのつもりだ……」
そう語るレノウの目には、計り知れない悔しさが垣間見えた。
「母親に誓ったんだろう? 必ず父親を守ると。ずっとそれだけを支えに生きてきたのだろう? なら、最後まで足掻いて見せろ! ……心配するな、自分ひとりじゃできなくても、仲間が手を貸してくれる、おまえにはできただろう? その仲間が――ぐっ……」
「……もういいかしら? 見ていて不愉快だわ、そういうの。……もう終わりなのよ」
今まで黙って見ていたリーゼルトが、苛立ちを見せながらレノウの首を絞める。
「ぐっ、だから……信じて立て、ユニア! 僕の相棒なんだろうが――――ッ!」
「……!!」
その言葉に、ユニアがハッと目を見開いた。
レノウの口から初めて出た、相棒という言葉。
ずっとひとりでもがいているような気がして、いつの間にか自然と口にしていた言葉。
仲間がほしくて、父親と母親に憧れて、そんな関係を表す言葉をよく知らなくて――たまたまギルドで見かけた冒険者らしきふたりが言っていた言葉を、真似て使っていた。
ふたりがお互いに言い合うのをうらやましく見ていると、ひとりが近くに来て、なにか喋っていたのを覚えている。
それがなんだったかはもうほとんど覚えていないが、ひとつだけ、覚えている。
『きみにもきっといつか、さいっこうの相棒ができるよ!』
金髪で、毛先が虹色の――変な女だった。
その言葉を信じて、がんばってきたのだ。
自分が弱いのも知っている。現実がそう甘くないのも知っている。でも、
父親を助けたい、守りたい――その想いだけは誰にも負けない。
母親と約束したのだ。
なにもなかった自分の、たったひとつの繋がり。
でも、今はひとりじゃない。みんなの力で繋がっている。
そう思うと、不思議と力が湧いてくるようだった。
頭の整理はへたくそだけど、バカみたいにつっこむことはできる。
みんなもそれを期待してくれてるのだ。
みんなが信じてくれるなら、レノウが――相棒が信じてくれるなら。
「……なに? その目……」
ゆらりと立ち上がったユニアの目を見て、リーゼルトが不愉快そうに眉を歪める。
「……あきらめないん。絶対、父ちん助けるん……!」
華装機を構え、決意に満ちた目でリーゼルトを睨み上げるユニア。
その姿にレノウが、そうこなくちゃな、とでも言いたげな笑みを浮かべた。
「あー……もう、気分が悪い……。いいわ、全員ここで殺してあげ――」
激しく苛立ちを見せたリーゼルトが、黒装機を振り上げた瞬間だった。
「うおおおぉぉ――――ッ!!」
マルクが調査団のフードをかぶったまま、リーゼルトに突進した。
「――がはっ!?」
テルアの術式が組まれたフードで気づくのが遅れたリーゼルトは、不意を突かれたように体勢を崩した。
見計らったように、レノウがリーゼルトの手から逃れる。
「父ちん!!」
しかしそこはリーゼルト。すぐに体勢を立て直し、怒りの視線を向け、
「ったく、いい加減にしろっての――――ッ!!」
今度はマルクに向かって、怒りのままに黒装機を振り下ろす。
それを見たユニアが、声を上げようとしたとき、
キンッ、と武器を弾く音が聞こえた。
「――ミナス団長……!?」
「……くっ」
リーゼルトがミナスを見て、驚きの声を漏らす。
まだ傷の癒えていないミナスは、苦しそうな表情をしたまま、マルクを抱えて高速移動魔法で飛んだ。
「ちっ、しくった……!」
焦りを見せたリーゼルトが、ミナスへ注意を向けているとき、レノウがユニアの頭上へと戻った。
「レノちん!」
「喜ぶ時間はない! おまえの父親とミナスがつくってくれたチャンスだ。おまえはなにも考えず、全力であいつに攻撃しろ! 攻撃は僕が当ててやる!」
「……! わかったん!」
ユニアは威勢よく答えると、リーゼルトに向かって駆け出し、華装機を振りかぶる。
「うああぁぁ――――!!」
攻撃を察知したリーゼルトが、舌打ちをし、ため息をしながら立ち尽くす。
ユニアが、リーゼルトに向かって大きく溜めた一撃を振り、あと少しで当たる、という瞬間だった。
「……だから、無駄だっての」
リーゼルトは冷めた口調でつぶやくと、一瞬で姿を消し、ユニアの上空を取った。
高速移動魔法だ。
見守っていたマルクたちの顔が、絶望に染まる。
空中で憐れむように冷めた目を向けたリーゼルトが、黒装機をユニアの首元へ向かって振り下ろす。
その瞳に、いつしかの自分を写すように。
「残念、これで終わり。じゃあね、無力なお嬢ちゃん――」
「――――
レノウの声だった。
黒装機がユニアに命中する瞬間、静かにつぶやいたレノウのそれは――省略詠唱。
ドンッ、と黒装機が振り下ろされ、岩と砂利が飛び散る。
が、そこにユニアの姿はなかった。
「――え?」
リーゼルトの表情が消える。直後、上空に冷気を感じた。
「うああああぁぁ――――ッ!」
「――なっ!? 高速移動魔法!?」
後ろの上空へ振り返り、リーゼルトが驚愕の表情を浮かべる。
高速移動魔法は、
テルアでもなければ、空中での連続使用はできない。
つまり――後出しが圧倒的に有利となる。
「――油断したな」
ユニアの頭上で、冷気を纏ったレノウが、初めて得意げに微笑む。
「ちっ……!」
リーゼルトが焦りを隠す暇もなく、黒装機を盾に構える。
黒い魔法陣が魔力障壁となり、リーゼルトを囲った。
しかし、迷いのないユニアの声とともに、華装機が桃色の炎を纏う。
「父ちんは、うちが守る――――――んッ!!」
渾身の叫びとともに、華装機を振り下ろした。
ズバアァンッ、とすさまじい轟音を上げ、魔力障壁が爆散。
ガラスが砕け散るような魔力音を響かせ、貫いた華装機は、勢いを失うことなく黒装機ごと破壊。
リーゼルトを地面に叩きつけた。
激しい衝撃波とともに、桃色の花びらが舞っていた。
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