第51話 衝突

 睨み合うリアンとダークス。

 

 互いに相手の出方をうかがう姿勢だったが、先に仕掛けたのはダークスだった。

 

「――つらぬけ」


 杖を素早く横に振りながら、落ち着いた声でそう言うと、ふたつの茶色い魔法陣が出現。そこから細い円錐状の岩がつくられ、ドン、と音を上げると、一気にリアンに向かって飛んでいった。

 

 岩でつくられたトゲを飛ばす土属性魔法、アースニードルだ。

 さらに回転も加わり、威力を増した岩の円錐が、余裕の笑みを浮かべたリアンの顔へと迫る。

 

 

 

 それでも身動きしない少女に、目を細めるダークス。

 

 ――発動速度について来れなかったか。

 

 中級魔法ではあるが、省略詠唱での高速発動。

 並みの魔導士では防御すら間に合わない。

 そのうえ生身で受ければ即死の魔法だ。

 

 少しむきになりすぎたか、そんなことを思い、無残な死を迎える少女を憐れむ。

 

 最後に表情を変えることすらできないまま、頭に着弾――

 

 

 

 

 

 と思われた瞬間だった。

 

 刹那、リアンが獰猛な笑みへと表情を一変。紙一重で横に逸れると、そのままひとつを手刀で破壊。

 軌道を変え、追跡しようとしたもうひとつの岩に眼光を移し、素早くつかむと、勢いのまま、くるん、と一回転してダークスに投げ返した。

 

「いーよっと」


 リアンの動きによってさらに勢いがつけられた岩の円錐は、ダークスの顔をわずかに逸れて壁に着弾。

 ズドンッ、と地響きのような音が上がった。

 

 一転して静まり返った中、パラパラと砂利が落ち、砂煙が舞う。

 

 身動きが取れないまま、ダークスは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「……今、なにをした……?」


「なにって、お返ししただけだけど……?」


 ダークスの問いに、よくわかっていないような顔で答えるリアン。

 

「なんの魔法を使ったと聞いているのだ……!」


 リアンのとぼけた返答に、取り乱したように叫ぶダークス。

 その様子に、リアンが少しムッとなりながら、

 

「だーかーらー、飛んできた岩をそっちに投げて返したんだって。あ、一個は壊しちゃったけど」


「投げて……返した、だと……?」


 信じられない、といった表情で聞き返すダークス。

 

 それもそのはずである。

 魔導士の戦いは、魔法による攻撃と防御が基本だ。

 相手の攻撃魔法には、魔力障壁による防御や、高速移動魔法による回避が一般的と言える。

 

 だが今、リアンは魔力障壁はもちろん、高速移動魔法も使った気配はなかった。ただ純粋に、身体能力と身体強化系の魔法のみで対応したと言うのだ。

 

「ふざけるな! そんなことができるのは――」


 うろたえたダークスが、そう続けようとして、あることに気づきハッとする。

 

 桃色の――髪だ。

 同時に今までの不自然な出来事が思い返される。

 

 省略詠唱の高速魔法にすら対応する卓越した身体能力。

 なぜかこのタイミングで目覚めようとしているケラヴノス。

 そして、かつて四天してん最強とも謳われた魔力感知を思わせる、さきほどの干渉。

 

「まさか……華色かしょくだというのか……!?」


 生意気な顔で見上げるリアンを見て、ダークスが声を震わせる。

 

「……やっぱ知ってる人の前で力出すとばれるっぽいね。ミナスさんにも気づかれたくさいし……花の魔力は使ってないんだけどなあ……」


 リアンが真剣な顔で、小さくつぶやく。


「いや……ありえない。そんなはずはない……!」


 血相を変えたダークスが、杖を掲げ、ふたたび茶色の魔法陣をつくる。

 だがその量は十倍に増えていた。

 

「……またそれ?」


 出現した茶色の魔法陣を見て、リアンが呆れた口調で言う。

 

「死ねえぇぇ――――ッ!!」


 ダークスの叫びとともに、二十個の岩の円錐が、同時にリアンへと放たれた。

 それぞれがバラバラの動きで、四方八方から逃げる隙間なく襲いかかる。

 

 表情を変えないまま、リアンは今度こそ後ろに飛んで避けた。

 さらに追ってくる岩の円錐を、ひらりひらりと、まるで花びらが舞うかのようにかわしていく。

 

「フハハハハハ――ッ! さすがにさきほどのようにはいくまい。これで終わりだ!」


 ダークスがさらに杖を構えると、リアンの足元に、大きな茶色い魔法陣が浮かび、岩の壁が立ち上がる。

 

「おわ!?」


 リアンを囲むようにつくられた岩の壁は、瞬く間に空への逃げ道も塞ぐ。

 そのまま間髪入れず、二十個の岩の円錐が、全方面から突き刺さる。

 

 ゴンゴンゴンッ、と岩と岩がぶつかる音が響くと、ダークスがニヤリと口角を上げた。

 

「フン、所詮はこの程度の――」

 

 勝利の言葉を言いかけたのも束の間、ヒュンヒュン、と桃色の一閃が、岩の壁を走った。 

 

 ダークスの笑みが一瞬で消える。

 

 直後、リアンを覆っていた岩の壁が、切り刻まれたように吹き飛び、轟音を響かせながら、魔力となって霧散した。

 

「――ちょっとちょっと、ケラヴノスに刺激与えたくないのはそっちも同じでしょ? もうちょっと加減してよ」


 残った岩の壁を跨ぎながら出てきたリアンが、相変わらずの口調で文句を垂れる。

 

「……そ、それは……まさか……」

 

 ダークスのうろたえた様子に、珍しく得意げな表情を浮かべるリアン。

 その右手には、彩焔刀さいえんとうが握られていた。

 






 リアンと別れて突入していたユニアたちは、人質の解放に向かっていた。

 

 遺跡の入り組んだ通路に、最初は戸惑っていたが――

 

「……こっちだ」


 ユニアの頭の上で、レノウが指をさす。

 

「おお、さすがレノちん! 天才なん!」


「……テルアがおまえの父親に、目印のようなものをつけてくれたようだからな。もっとも、本人のほうは迷子になっているようだが……」


 答えつつ、呆れた顔を浮かべるレノウ。

 

「助かります。えっと……レノウさん」


 走りながら、ミナスがなにか思い出せないようなしぐさで、レノウに話しかける。

 

 その様子に、レノウは訝しげな視線と、気まずい表情で返していた。

 

 

 

 そうしてしばらく走っていたところである。

 

「近いぞ!」

 

 魔力を感じてレノウが叫ぶ。

 

 その声に、ユニアが我先にと通路の角を曲がると――

 

「うぎゃ!?」


「うわ!?」

 

 ドスン、とユニアが誰かにぶつかった。

 衝撃でレノウが吹き飛ばされる。

 

 互いに尻餅をつき、うめきながら見上げると、

 

「――とうちん!!」


「――ユニア!?」


 突然のことに驚きながらも、バッと起き上がり、人目を気にすることなく抱きしめ合う。


「よかった……本当によかった……」


「うぅ……父ちん……」


 父親の胸に顔をうずめるユニア。

 

 その様子を、頭をぶつけたレノウが、呆れた苦笑で見つめている。

 

 父親に抱きつくユニアは、いつもの感じからは想像できないほど、普通の子供のように見えた。

 

 約一週間前にユニアに拾われ、ずっと近くで見てきたレノウにとっては、叶えてやりたかった光景である。

 

 遅れてきた人質たちも、マルクの様子に安堵の声を上げていた。


「――ユニアさんのお父さんと、囚われていた方たちですね? 無事でよかった……。ですが、あまり時間がありません。走りながらお話を聞かせてもらえますか?」


 ふたりが再会を喜び合っているところに、ミナスが申し訳なさそうに声をかけた。


「あ、はい……すみません。――彼から話は聞いています。さあ、ユニア」


「うん!」


 マルクが声をかけると、ユニアが心なしか、頼もしい声を上げていた。

 

 無事マルクらと合流できたユニアたちは、急いで出口へと向かう。

 

 

 

 

 

「――――んでな、な!? 華装機かそうきに花の魔力入れてもらったん!」


「なるほど……華色が……」

 

 そろそろリアンと別れた広い場所に差し掛かるというところ。

 一同は走りながら、情報の確認を行っていた。


 といっても、ほとんどがユニアの、聞いて聞いて、であるが。

 

 それでも、ユニアが元気そうに華色の話をするのを聞いて、マルクは少しうれしそうにしていた。

 

「……それで、その頭の上のは……?」


 一通り話を聞いたあと、マルクがユニアの頭上にいるレノウに目を向けた。

 

「ちょっと前に拾ったん! うちの相棒なん! 今一緒に住んでて、あ! ごはんもちゃんとあげてるん。寝るときも一緒なん! あとな、あとな――」


 今までで一番うれしそうにレノウのことを話すユニア。

 その様子に、マルクが安心したように苦笑する。


「……レノウだ。まあ、少し手を貸しているだけだ……」


 なかなか終わらないユニアの紹介に痺れを切らし、レノウが居心地悪そうに答えた。

 

「え!? しゃべ……え、レノウ?」


 しかし、なぜか喋ることよりも、その名前のほうに、驚いているマルク。

 慌ててレノウが視線を逸らす。

 

「――あの、人違いだったら申し訳ないんですが――」


 まさか、という顔をしたマルクが、レノウにたずねようとしたときである。

 

 

 

「――みなさん、無事だったのですね!」


 少し艶のある声が響いた。

 軽めの武装をし、行く手を阻むようにそこに立っていたのは、リーゼルトだった。

 

 つくった笑顔のまま近づこうとするリーゼルトに、マルクや囚われていた人たちが顔をこわばらせる。

 ユニアも華装機を握りしめ、構え立つ。

 

 しかし、すぐにミナスとその部下たちがリーゼルトを囲み、剣を向けた。

 その行為に、リーゼルトがあたりを見渡す。

 

「……人質もいるし、さすがにバレてるかぁ……。ねえ? ミナス団長」


「……どうしてあなたが……」


 隠すような素振りも見せず、あからさまな態度で喋りかけたリーゼルトに、ミナスが悲しげな口調で聞く。

 

「昔からこの町が憎かったのよ。私たちの町を……お母さんを……。――だからルヴァンシュに手を貸し、調査団に潜り込んだの。楽だったわぁ、あなたたち、簡単に信じてくれて」


 途中、小声で言い淀みながらも、ミナスたちの心をえぐるように抑揚をつけて言った。

 

 人が変わったように話すリーゼルトを見て、ミナスが剣を握る力を強める。

 残っていた迷いを断ち切るように、一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。

 

「……わかりました。なにかの間違いだと信じたかったのですが……仕方ありません。――マナフェール王国調査団、団長として、あなたを捉えます!」


「……できるかしら、あなたに」


 そう言ってリーゼルトが、黒い剣のような物を構えた瞬間だった。

 リーゼルトを囲っていたミナスと団員たちの体に、黒い魔法陣が浮かんだ。


「ミナちんあぶない――!」


 その魔力に、誰より先に気づいたユニアが、一瞬早くミナスを押し飛ばした。

 

「っ……! ユニアさん!?」


 ユニアに押され、倒れるミナス。

 

 直後、団員たちから血しぶきが上がった。

 うめき声を上げながら、次々にその場に倒れていく。

 

「ユニア、構えろ!」

 

 レノウの声に、ユニアが華装機を構え、その黒い剣のような物を睨む。


「……あら、よくかわしたわね」


 意外そうなリーゼルトの声に、困惑しながら起き上がるミナス。

 

「な、なにが……?」

 

 遅れてマルクもユニアとミナスのもとへ駆け寄る。

 

「ユニア! ミナスさん!」


 ユニアとミナスの無事を確認したマルクが、リーゼルトを見て表情を歪ませた。

 

「そ、それは……」


 ユニアたちが警戒の視線を送る中、リーゼルトが黒い剣のような物を掲げ、不敵な笑みを浮かべた。


「これが、華色秘宝の武器を模してつくられた復讐の兵器――黒装機こくそうき。残念だけど、捉えられるのはあなたたちよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る