第50話 反撃開始

「くそっ、どういうことだ……!」


 遺跡の通路。乱れた足取りで進むダークスが、ギリッ、と奥歯を鳴らす。

 

「なんでよ……七賢者はいないはずでしょう!? なのにどうして……!」


 隣ではリーゼルトが取り乱したように叫んでいる。

 

 ふたりはさきほど発せられたリアンの魔力感知に、激しく動揺していた。

 

 頭を抱えたリーゼルトが、ハッと目を見開き、ダークスに問う。

 

「さっきの子供……! 七賢者の教え子とか言ってたけど、まさかリベルウォードを呼んだんじゃ!?」


「いや……リベルウォードは私も何度か見かけたことはあるが……ここまでの干渉力はなかった。おそらく別人だ」


 ダークスが静かに否定する。

 冷静に現状の分析をしているようだった。


「……じゃあなに? 七賢者よりも強いやつがここに来てるって言うの……?」


 言いつつ、リーゼルトが恐怖にも似た色を浮かべる。


「そうとは限らない……魔力感知はあくまで力の一端にすぎん。こちらを攪乱かくらんさせるために、わざと強力な感知魔法を使った可能性もある。安易に信じるな」


「でも……」


「なにより、そんな人物などいるはずがないのだ。冷静になれ」


 まるで自分に言い聞かせるように、ダークスが諭す。

 その声色には、あきらかに苛立ちが見えた。


「私はこれから同化へと向かう。おまえは人質の捕獲に行け。あちらも気配が消えている……万が一のときに使えるようにな」


「……ええ」


 リーゼルトは煮え切らない返事をすると、舌打ちを吐き捨て、ひとり遺跡の迷路を駆けていった。

 

 その後ろ姿が見えなくなったところで、ダークスが拳を握り、ダンッ、と通路の壁に打ちつける。

 

「どこのどいつだ……私の計画の邪魔をするのは……!」







 迷路のようになった遺跡の通路。

 古びた石づくりの中を、一定間隔で設置された魔石が照らしている。

 リアンはその通路を迷うことなく駆けていた。

 

 さっきの感知のおかげで、かなり状況が見えてきている。

 ユニアやミナスと別れての行動は若干の不安があったが、無用の心配だった。

 

 ミナスが思っていたよりも強い。というより、力を隠していたのだろう。

 さすがに団長を任せられるだけあって魔力の隠蔽がうまく、洗礼されている。

 もし十分な戦力が用意されていたなら、リアンたちの介入は必要なかったかもしれない。

  

 そしてレノウ――

 驚くほどに魔力操作が正確だった。

 テルアに少し魔力を分けてもらっただけで、あれだけのことができるのは、相当な実力者だ。

 なぜそんな人物が、という疑問はあったが、一緒にボードゲームをした仲ということで、今は作戦を優先させた。

 

 華装機かそうきに花の魔力も与えたし、よほどのことがなければ大丈夫だろう。

 

 それよりもテルアだ。

 

「……ったく、なにやってんのよあいつ……」


 焦りを滲ませた口調でつぶやき、走る速度を上げるリアン。

 なぜかケラヴノスとは反対の方向に向かっていた。

 

 

 

 

 

 曲がり角で壁を蹴り、次の角まで跳躍。重力を無視したでたらめな動きで飛び跳ねていく。

 しばらく行ったところで、リアンが叫んだ。

 

「テルア!」


 その声に、テルアが振り返り、

 

「おお、リアン! あー、助かった助かっ――だべっ!?」


 テルアが言い終わる前に、リアンが壁を蹴った勢いのまま足蹴りを入れた。

 

「時間がないんでしょ!? こっち! 走りながら教えて」


 蹴りで体勢を崩したテルアを強引に引っ張り上げ、ふたりは今度こそケラヴノスの方角へと向かった。

 

 

 

 テルアを引きつれ、最短ルートで走るリアン。

 どうやらテルアは道に迷っていたらしい。

 魔法のことなら、どんな暗号だろうと迷宮だろうと解読するテルアであるが――

 

「この迷路、魔法とか関係ないただの迷路なんだよ……。ケラヴノスの方角はわかってんだけど、そっちに行くとなんか引き返すことになって……。壁ぶち抜くことも考えたんだけど、刺激与えたらやばそうだったし……」


 情けない言い訳を聞いて、大きなため息をつくリアン。

 だから抜けているのだ。

 

 時間もないので気を取り直して作戦の確認をする。

 

「ユニアちゃんには華装機に花の魔力を入れて渡したよ? ほかのみんなは、ユニアちゃんのお父さんたちのほうへ向かってる。私は封印とかに魔力使ったり、防御役必要かと思ってこっちに来たけど、これでよかったの?」


「へ? お、おう――さすが、わかってんな」


 説教を覚悟していたテルアは、拍子抜けしたように答える。


「あ、でも魔導士さんの館にいたフードの人がいなかった。そっちは大丈夫なの?」


 リアンが思い出したようにたずねた。

 その問いに、テルアは一瞬怪訝な顔をしたが、


「――ああ、それがリーゼルトさんだ」


「あー、そういうことね……っていつ探ったのよ」


 すぐに納得したリアンだったが、同時に新たな疑問が浮かび、ふたたびたずねる。


「あの館とここの遺跡が転移魔法で繋がってるんだよ。おかげであのとき探れた。やっぱへたに転移魔法なんて使うもんじゃねえよな。そもそもつくりが甘くてだな――」


 いつものようにひとり語りを始めたテルアを、リアンが呆れた目で見つめる。

 

 テルアは昔から転移魔法が嫌いだった。

 原理云々はよくわからないが、転移するタイミングでかなり無防備になるらしい。

 そのため本来は複数の魔導士が厳格に管理したうえで行わなければいけないとのことだ。

 

 そんな理由もあり、ふたりは転移魔法ではなく、高速移動魔法である舞凪なぎを愛用している。

 魔法のことで一番信頼しているテルアの言うことだから、で合わせているのが半分。

 もう半分はいちいち相手にするのが面倒だからだ。

 

 

 

 まだひとり喋っているテルアを見て嘆息したあと、なだめるように声をかける。


「わかった、わかったから――それより、あのおじいちゃんがこっちに向かってる。リーゼルトさんはユニアちゃんたちのほうへ行ってるよ」


 リアンの声で現実に戻ってきたテルアが、ハッとして顔を引き締める。


「よし、ダークスより先に行って、ケラヴノスのまわりのやつらを片付けるぞ。封印だけでも早めにしたい」


「――おっけー!」


 ようやく見えたテルアの真剣な顔に、リアンは安堵したように応えていた。





 


 代わり映えのしない遺跡の迷路がようやく終わり、リアンとテルアは大きな部屋の前に来ていた。

 どうやらここがケラヴノスが眠っている部屋らしい。

 ふたりして慎重に中の様子をうかがう。

 

 通路と同じく古びた石づくり。

 だが中の部屋には最新の魔道具らしき物が大量に持ち込まれており、古代と近代の不調和が目を引く。

 その最新の魔道具に囲まれ、何重もの結界の中に、ケラヴノスはいた。

 

「あれがケラヴノス……」


 リアンがケラヴノスを見て、小さく声を漏らす。

 よく見ると、結界の中にヘビのように長い体を不規則に畳んでいる。

 

 伸ばすとお家十個分くらいか、そんなことを思いながらまじまじと見ていたときだった。

 ギンッ、となにかとんでもないものに睨みつけられたような感覚に襲われた。

 

「……っ!?」


 あまりの気迫に、心臓が跳ねる。

 反射的にあたりを見回した。

 

「……リアン?」


 おかしな動きをしているリアンを見て、テルアが心配そうに声をかけた。

 

「え? ……あ、ううん。なんでもない」


 落ち着いているテルアを見て、平静を取り戻すリアン。

 訝しげな目を向けていたテルアだったが、それ以上は気にせず、ふたたび視線を部屋の中に移した。

 

 今いるのは学者のような者たちばかりだ。

 深部だからか、警備も薄い。

 ケラヴノスのほうも落ち着いているように見える。


「……二十人ってところか。ケラヴノスへの刺激はできるだけ避けたい、一気に終わらせる――いけるか?」


「もちろん」


 テルアの問いかけに、リアンが自信に満ちた声で返した。


 

 

 テルアが集中し、相手に気づかれないように探りを入れたのち、わずかな隙を見て、片手で合図を出した。


 瞬間、ふたりは同時に舞凪を使い、音もなく侵入。素早く敵の後ろを取ると、魔力を込めた手刀で首の後ろを突き、意識を奪う。

 

「……うっ!?」


「……ぐぁ!?」


 魔道具の無機質な音だけが響く部屋に、短いうめき声が連鎖していく。

 

「ん? なに……が!?」

 

 異変に気づいた者から順に狙っていき、抵抗の隙をつくらせないよう、全体に気を配りながら仕留めていった。

 

 

 

「――ふう、戦闘にならずに済んだな」


 倒れた敵を見渡しながらつぶやくテルア。


「っと、よし――それより、ケラヴノスでしょ」


 リアンが最後のひとりを落とし、少し離れたテルアを急かす。

 

「わかってるって」

 

 と、テルアが駆け足で向かおうとしたときだった。


「――そこまでだ」


 聞き覚えのある、悠然とした声が部屋に響いた。

 

 テルアが声のほうに振り返り、わずかに眉を上げたのち、挑発的な笑みで返す。

 

「よう、遅かったじゃねえか」

 

 高い位置にある人工の通路に立っていたのは、ダークスだった。


「魔力封じの手錠をしていたはずだが……仲間が潜り込んでいたか」


 部屋の状況を見渡し、真下のテルアを見下ろすダークス。

 そのままテルアの後方に視線を移し、リアンの存在を確かめる。

 そしてその先にはケラヴノス。

 

 しばらく負けじと見上げていたテルアだったが、軽く息を吐き、力を抜くように視線を落とした。


「いちおうさっきは俺の負けってことにしてるから、リベンジ戦やりたいとこだけど……」


 悔しげに口を曲げ、背を向けたテルア。

 後ろから歩いてきたリアンとすれ違う形になる。


「ケラヴノスを先に終わらせないと、でしょ?」


 不満そうに横切っていくテルアを、リアンが、お気の毒様、というような笑みで見送った。

 その顔に、テルアが恨めしげに言い返す。


「……じいさんだから、少しは労わってやれよ」


「りょーかい!」


 ケラヴノスのほうへ駆け出すテルアを背に、リアンが余裕の笑みで見上げる。


「よーっし、じゃあテルアのリベンジ戦、始めま――」


 と、テルアが振り返って、

 

「そうそう、あんまり刺激したらケラヴノスが起きるかもしれないからほどほどにな。あとユニアのほうもちょくちょく気にしてやってくれ。あ、ついでに俺の防御も」


「…………りょーかい」


 追加の注文を終えたテルアが、今度こそケラヴノスのところへ駆け出す。

 せっかくのいい感じの乗り気をぶち壊され、げんなりしながら答えるリアン。

 

 そんなふたりのやり取りを、ひどく不愉快そうに眺めていたダークスが、持っていた杖を構えた。

 

 リアンも一度気合いを入れ直し、合わせるように魔力を込めた手刀を構える。


「品のない生意気な子供が……少しお灸をすえてやろう……」


「――ってことで、テルアの代わりにリベンジ戦! 始めましょうか――!!」

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