第31話 草原の作戦会議

 リアンとテルアが改めて決意を固めた翌日。

 ふたりはソラと家近くの草原にやってきた。

 今日はカルミラを助けるための作戦会議をやるらしい。

  

「よし。じゃあ始めるぞ」


 テルアはそう言って古い本や資料を並べていた。

 わけのわからない文字が書かれた紙が散らかっていく――

 

 

 

 昨日、仲直りをしたふたりは、夕食時にカルミラからいくつかの話を聞いていた。

 昼に話した、ロントリアやランテスタのことなどである。

  

 ロントリアの町には、魔法大辞典の制作に携わった魔導士のひとりがいるという。

 その魔導士が魔法大辞典の改変に関わったのではとの疑いがあるらしい。

 現在、マナフェール王国の調査団が監視しているとのこと。

 

 調査という言葉に目を光らせたリアンとテルアだったが、くれぐれも邪魔をするなよ、と釘をさされた。

 

 ロントリアの町で華色かしょくについて聞いてきた、という少女については、カルミラも何も知らないということだった。

 

 ほかに、ランテスタ王国に来るエルフの要人についても聞かされた。

 今後の北の大陸との関係を決める重要な会議が行われるらしい。

 それに合わせて、ランテスタの首都では祭りもあるとのこと。

 

 祭りという言葉の響きに目を輝かせたリアンとテルア。

 しかしこちらも絶対にかかわるな、とふたたび釘をさされた。

 

 そんなわけで、説教くさい話にやられたふたりは、気をとりなおしてカルミラを助けるための打ち合わせをしている。

 



「西の大陸、守護精霊――四元の水。四大精霊ウンディーネ――”ネロ”。おそらく、こいつが師匠が契約した精霊だ」


 見開きになった一冊の本を指さしながら、テルアが言った。


「えっ!? 四大精霊ってほんとにいるの? 絵本の中の話だけだと思ってた……」


「絵本って伝承の役目を持ってることがあって、意外と実在するものも多いらしい。リアンの絵本もそのタイプだったんだろうな」


 テルアは、カルミラが外出するとき、いつも古い本を買ってくるよう頼んでいた。

 自分でも昨日のように漁ることもある。

 そうやって集めた本と、カルミラの張った結界を調べた結果から得られた情報だ。

 

 テルアの話に、へぇー、とリアンの感心の声が漏れた。

 

 リアンも絵本や伝記のようなものはよく読んでいる。

 そのおかげで、テルアよりは世間の常識に詳しい。

 

 そんなテルアの話を聞き、半ば無意識に右のこめかみにつけた髪飾りに手を当てた。

 母の感覚やテルアとの思い出の詰まった宝物である。

 

 


「で、師匠が使った契約術式――まあ契約魔法か。それは精霊から莫大な魔力を前借りして、契約終了時に借りた魔力を返すって約束になってる」


 リアンは絵本の話が出たことで、いつにも増してテルアの話を真剣に聞いていた。

 

 ソラも黙ったまま話を聞いているが、テルアを見つめる表情は硬い。

 といより、どこか推し量るような視線を向けていた。

 

 リアンとソラの顔をちらりとうかがい、テルアは続ける。


「それが返せない場合、契約者の残りの寿命から差し引くことになる。師匠の場合、実質的に死を意味する……」


「……で、どうするの?」


 死という言葉に、若干表情を暗くしたリアンが聞く。


「魔力を回収しに来るやつは精霊のつくった人形みたいなやつらしい。生きてるわけじゃないから倒しても何度も復活するし、強さはこっちに合わせて強くなっていく」


「え!? そんなのどうやって倒すのよ?」


「契約魔法の原理を逆手に取ろうと思う」


 うろたえたリアンに、テルアはいつものしたり顔で答えた。


「精霊との契約魔法の根本原理は、こっちの世界と精霊世界の質量的均衡だ」


 さらになにやら分厚い資料を取り出す。

 喋り方もだんだん早くなってきた。


「どんな形であれ、借りた魔力分の”何か”を精霊世界に戻して一度蓋をしてしまえば、師匠の契約魔法の縛りが消滅する。そうなったら、俺が師匠の組んだ契約魔法そのものを打ち消――」


 資料を指差し、紙を重ね、テルアが饒舌に語っているときである。

 リアンがテルアの話を遮るように口をはさんだ。

 

「……テルアってほんと、魔法のことが絡むと急に賢そうになるよね……いつもはあんななのに……」


「あんなってなんだよ……しかも、”そう”って……せめてそこくらい言いきれよ……」


 不服そうに顔を歪めるテルア。

 リアンが、なだめるような苦笑いで先を促した。


「まあ、つまり……、精霊世界に強引に魔力を押し込んで蓋を閉じれば、魔力を回収しに来るやつはこっちに来る権利も理由も失うってわけ」


 テルアがドヤ顔で言ったことに、リアンが眉をひそめながらたずねる。


「それ……ほとんど詐欺じゃない……?」


 リアンの疑問に、テルアは人差し指をビシッと前に出しながら叫んだ。


「名付けて――”こっちは約束守ったから、もうこの契約なしな!” 作戦!」


「あんた……精霊様にそんなことしてばち当たるわよ……」


 突然の子供が考えたみたいな作戦に、リアンが呆れた口調で言う。

 

「師匠を助けるためだ、そんなのいくらでも受けるさ」


 しかしそう言ったテルアの顔は真剣そのものだった。

 

「……それもそうか……で、具体的にどうするの?」


「それなんだが……魔力を回収しに来るやつを戻すためのゲートを作らなきゃいけないんだけど……これは実際に見てからじゃないと作れそうにない。だから、俺がゲートを作るまでのあいだ、リアンには時間稼ぎをしてもらいたい」


「うん、わかった。でも、そんな相手に時間稼ぎなんてできるの?」


「言ったろ? 相手に合わせて強くなるって」


 にいっ、と悪い顔をするテルア。

 そこは六年間ずっといっしょにいたふたり。

 リアンはその憎たらしい顔ですぐに察した。


「あー……、わざと手を抜くのね……」


「そういうこと」


 悪戯な笑みを浮かべたテルアだったが、すぐに表情を戻した。

 さらに何やらごそごそと取り出しながら、話を続ける。


「あとはゲートができたら……俺とリアンが、出てきたやつをこの指輪といっしょに押し込んで、俺がゲートを破壊して終わり」


「そのための指輪だったんだ……もう少しすんなりいくのかと思ってたけど……」


 テルアが持っているのは、六年前にカルミラが貰ってきた、蒼い魔石の指輪である。

 この六年でリアンの花の魔力を貯めてきたものだ。

 

 昔、テルアがこの指輪に魔力を貯められることには気づいたが、カルミラがつけていたため、どうやって貯めるかが問題になったことがある。

 しかし、ずぼらなカルミラはしだいにつける頻度が減っていき、ひと月もたつと置物と化していた。

 それをテルアが勉強のためにほしいと言ったら、あっさりと譲ってくれたのである。

 

 


「まあなあ……最初は簡単に済みそうな気したんだけどな……」


「六年たっても、むちゃくちゃなのは変わらんかったの……」


 黙って聞いてたソラがため息まじりに口を開いた。


「ソラは師匠背負って逃げる役な」


「はあ――!? わしも参加するんか!?」


 テルアのあっさりとした物言いに、ぎょっとしながら聞き返すソラ。


「あたりまえだろ。あ、最初は走るなよ。さっきも言ったけどこっちに合わせて強く速くなるから少しずつペースを上げていくこと」


「がんばろうね、ソラ!」


 リアンの有無を言わせぬ笑顔が、ソラに向けられる。


「ほんまに……結局こうなるんじゃな……」


 いつもの呆れ顔を浮かべたソラを、ふたりは笑って励ましていた。

 




 

 

「――って感じかな。……じゃあ――」

 

 テルアが作戦の補足を終え、段取りを決めると、勢いよく拳を突き出した。

 好戦的な笑みを浮かべたリアンもすぐに続く。

 ふたりに見つめられたソラも、仕方なしに羽を突き出す。

 

 テルアが掛け声を上げると、

  

「やるぞ――!!」

 

「「「――――――ッ!!」」」


 言葉になっていない大声が、草原に響いていた。


 そして、運命の日を迎える――

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