第30話 重ねる決意

 時は少しさかのぼり――

 

 町のはずれでテルアと言い合いをしたあと、リアンは帰り道、森の中を駆けていた。

 後ろからはテルアが追ってくる。

 というより、帰るところが同じなので、自然とそうなっているだけなのだが。

 

 

 

 リアンは家に着くと、勢いよくドアを開け、自分の部屋に駆け込んだ。

 そのままベッドにダイブする。

 

「うぅ~~……」


 苛立ちと後悔と、行き場のない感情をベッドにうずめる。

 

 テルアの言っていることは正しい。

 自分たちはカルミラを助けるために、今までがんばってきたのだ。

 もちろん、自分もそれを途中で投げ出すつもりなんてさらさらない。

 

 でも、カルミラと別れるのがつらかった。

 初めてできた家族。その別れ。

 覚悟していたこととはいえ、いざ目の前に迫ってくると、この感情とどう向き合えばいいのかわからなかった。

 

 そして、カルミラとの別れがくるなら、いつかはテルアとも別れる日がくるのでは――

 そのことが、ぐちゃぐちゃの心の中でずっとつっかえていた。

 

「……テルアのばか……」


 ひとり勝手に整理がついてるようなテルアに、恨めしい言葉をつぶやいた。

 

 

 

 ――ガチャ、とドアの開く音がした。

 

 ベッドに顔をうずめたまま答える。

 

「……ばんべひょうあほらなお?」


「何を言うとるんじゃおまえさんは……」


 部屋に入ってきたソラが呆れた口調で聞く。

 憂鬱そうに顔だけ上げたリアンがもう一度言う。

 

「……なんで今日はソラなの?」


 ソラは小さな体を揺らしながら歩いていき、リアンの近くの机に飛び乗った。

 

「さあの。たまにはええじゃろ」


「……テルアが冷たい……ししょーのこと好きじゃないのかな……」


 細長いまくらを抱きしめながら聞いた。

 

「その答えは、おまえさんが一番よう知っとるじゃろうが……」


「でも……もうすぐ、ししょーとお別れだっていうのに、テルア平気そうだし……」


「どうかのう? 平気そうな顔しとるだけで、内心はどうか知らんぞ? あやつはそういうのを見せたがらないタイプじゃからの」


 しかし、リアンは黙ったままうつむいている。

 そんなリアンを憂いげな表情で見つめていたソラは、少し口調を変えると、窓の外を眺めながら語り始めた。

 

「……昔、今のおまえさんみたいに別れるのがいやで、ウジウジしとった娘がおったわ」


 リアンはうつ伏せの態勢で、視線だけソラに向ける。


 それからしばらく、ソラは昔話をしていた。

 

 

 

 今のリアンと同じように、大切な人との一時的な別れが目前に迫り、どうしたらいいかわからなくなった人がいたこと。

 その人は別れること自体をなくそうとして、揉め事を起こしたらしい。

 その結果、もうずっと、会うことができなくなってしまった、ということを。

 

 

 

 ソラは窓から夜空を見上げながら、ゆっくり、しんみりと話していた。

 

 黙って聞いていたリアンが体を起こし、言う。

 

「それ、忠告なの?」


 少しだけ鋭い目つきでリアンが聞く。


「ただの老人のたわごとじゃよ。……そういうこともあるということじゃ」


「そんな話聞かされたって、よけいにわからなくなるだけだよ……」


「おまえさんらは少し悩むくらいでちょうどええと思うけどの……」

 

「そんなの……」


 そうつぶやいたリアンは、勢いよく立ち上がる。

 何か言おうとしたがやめ、下唇を噛む。

 そのままソラを残し、足早に部屋を出ていった。







 リアンは家の屋根にのぼっていた。

 家のまわりには少し明かりがあるものの、山奥ゆえにほかは何もない。

 おかげで今日のような天気のいい日は星がよく見える。

 

 リアンは屋根の上に膝を抱えて座り、星空を見上げていた。

 

 こうしていると、昔したお願い事を思い出す。

 あのときと今をくらべて、感傷に浸ることもある。

 何か悩みがあるときは、こうして星を見て、今の幸せを噛みしめていた。

 

 しかし今は、その幸せが終わりを迎えつつあるような気がして、どうしていいかわからないでいる。

 またあのときのようにひとりに――

 

 

 

「はあ……」


 リアンがそうため息をしてうつむいたところで、後ろに人影があった。

 

「……なに?」


 その声に、テルアがリアンの後ろに背中合わせで座りながら言う。

 

「べつに……俺も星見にきただけだし」


「なにそれ」


 ぶっきらぼうに答えたテルアに、リアンは半笑いで返した。

  

「……ししょーと何話してたの?」


 つんとした口調のリアンに、テルアは少し考えると、空を見上げたまま、


「俺と同じような体質のやつ、ほかにもいるんだって」


「え――!?」


 思わず振り返るリアン。

 それにはかまわず、テルアは続きを語った。




 自分の体質はその中でも例外だが、とりあえず大丈夫なこと。

 銀色の魔法陣、術式は目立つところでは使うなと言われたこと。

 レインバートも同じ体質ということ。

 そして、カルミラが考えていたこと――

 

 テルアはさきほど聞いたを、正直に答えていた。

 ずっと黙ったまま、それらの話を聞いていたリアンは――

 

「あぁー……いろいろ驚くところも聞きたいこともあるんだけど、とりあえず……」


 何やら不穏な空気のリアンに、戸惑い気味のテルアが振り返る。

 

「あんたもうちょっと場面考えるとか雰囲気つくるとかできないの!?」


 リアンがものすごい剣幕でまくし立てた。

 さらにテルアが言い返す隙も与えずに続ける。

 

「”そんときはリアンに伝えてやれ”――ってそれ、私がこれから旅に出てどこかで悩んで行き詰ったとき、立ち直らせるための伏線じゃん!? 今言ってどうすんの!?」


 右手を額に当てながら、大げさにため息をするリアン。

 

「い、いや……だって昔、隠し事はするなって……」


 隠し事とは、カルミラが命懸けで張った結界を、テルアが知っていたことである。

 そのことにすぐに気づいたテルアであったが、いろいろあって忘れていたことを、六年前のリアンに説教されたのだ。

 

「ばっかじゃないの!? それとこれとは違うでしょ!?」


 ああもう、とリアンの顔が怒りから嘆きへと移っていく。

 そんなころころと表情を変えるリアンを見て、テルアが無邪気に笑った。


「――おまえ、だいぶ明るくなったよな。師匠に似たのかもな」


「はあ?」


 リアンの般若顔がテルアに向けられる。


「俺も命狙われてるんだってさ」


 しかし、直後に言ったテルアの言葉に、リアンは固まった。


「俺さ……それ聞いたとき、ちょっとうれしかったんだ」


 テルアがそう言いながら、リアンをのぞき込む。


「いっしょだな」


 その言葉に、リアンが見開いた。


「今までいつ消えるか、いつまで生きてられるか、わかんねえから言えなかったけど、今なら言える――」


 テルアはそう言いながら、立ち上がり、リアンを見下ろした。


「約束する。俺はずっとおまえといっしょにいるって。ひとりになんてさせない」


 さらに右手に彩焔刀さいえんとうをつくり、前に掲げた。

 

 顔だけ振り返って聞いていたリアンが、真剣なテルアの顔をじっと見つめる。


「……ほんと、そういうとこばっかまっすぐ……」


 そうつぶやき、深々と息を吐くと、リアンも右手に彩焔刀をつくった。

  

 呆れた表情のまま、リアンが切先を重ねた。

 この六年でやってきた、仲直りのしるしである。

 

 互いに仕方なしみたいな笑みを浮かべ、彩焔刀を解いた。


「魔法以外のことはよくわかんねえんだよ……」


 テルアはぼやきながら、やや疲れた表情でリアンの隣に座った。


「それにしても……ししょー過保護だよねえ……。知らないままでなんて……」


 ふたたび夜空を見上げるリアン。


「……まあ、師匠らしいけどな」


 カルミラはいつも恐いし、厳しいし、おっかない。

 しかしそれがふたりのためを思って、心配してのことだということは、もういやというほど感じている。

 

 本当の親ではないからこそ、本当の家族ではないからこそ、それぞれの抱く想いは何よりも強いと信じていた。信じたかった。

 

 


「あっ、流れ星――」


 しばらくふたりで空を眺めていたときである。

 空を斬るように流れた桃色の光に、リアンが立ち上がった。


「ししょーを助けられますように!」


 流れ星に向かって、そう叫んだ。

 無事お願い事ができ、どこか安心したような顔をするリアン。

 

 テルアはそんなリアンを横目に、小さな声でつぶやいた。


「……大事な家族だ。絶対に助けるぞ」


「――うん!」

 

 ふたりは改めて決意を固めると、頬を何度か叩いて気合いを入れ、家の中へ戻っていった。

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