第29話 テルアの身体

「……なっ……ど、どういうことだよ?」


 いつになく真剣なカルミラの表情に、固唾を呑む。

 様々な思いが駆け巡り、慎重に言葉を選んだ。 

 

 自分の魔法が異質なのは理解している。

 魔法に対する感覚。術式に対する解釈。

 話が噛み合わないことを気にしたこともあった。

 

 しかし、とりわけテルア自身が気にしていたのは身体からだのほうである。

 いつまでちゃんと生きていられるのか。

 本当にみんなと同じ人間なのか。

 そのことを昔から気にしていたのだ。

 

 自分で調べたりしたこともあったが、手がかりはつかめていない。

 昔から、カルミラが何か自分のことについて知っている、ということは感じとっていた。

 けれど、カルミラから語られることはなかったため、自分から聞くことはしなかった。

 素直に話してくれるカルミラではないことはよく知っている。

 

 それが、今になって急に話そうと言うのだ。

 どうしても緊張と動揺を隠せない。

 

 

 

「まず、おまえの体質だが――」


 カルミラの語り口に、ぐっと息を止める。

 

「同じような体質のやつは、ごくわずかだが存在する」


 瞬間、力が抜けるようだった。

 

「ただし、おまえの場合、そこからさらに例外的な位置になる」


「例外……」


「そうはいっても、急にどうこうなることはない。少し体質が違うくらいで普通の人間と変わらん」


「そう……か」


 カルミラの言葉に、ずっと心の奥でつっかえていたものが取れたような気がした。

 例外というのが気になったが、今はいい。

 まだ、リアンといっしょにいられる――そのことがうれしかった。


「とはいえ、銀色の魔法陣と術式。あれは目立つところでは使うな」


「……リアンみたいに命を狙われるとか?」


「……そんなところだ」


 その答えに、どこかうれしさに似た感覚があった。

 命を狙われるなどろくなことではないのだが……。

 妙な感覚に戸惑いつつも、気になっていたことを口にする。


「……なんでいまさら、こんなこと話すんだよ?」


 話すなら最初から教えてくれればよかったのだ。

 そうすれば六年間も、このことで気に病むこともなかったのに。

 そんな思いを込めて聞いた。

 

 しばらく考えていたカルミラだが、大きく息を吐くと、珍しく弱々しい声で答える。


「私は、本当の親でもないからな。おまえらにしてやれることなんてたかがしれてる」


 視線を落としたカルミラの表情は、この六年で初めて見るものだった。


「ただ……少しでも長く、この生活を続けさせてやりたかった……何も知らないままで……。外の世界に出れば嫌でも知ることになる。リアンのことも、おまえのことも」


「……なんでそんなこと、俺にだけ言うんだよ?」


 その問いに、カルミラは軽く笑みを交えながら返す。


「人生は短いからな。忘れたまま死んじまうこともある。そんときはおまえがリアンに伝えてくれ」


「…………」


 言葉を返せなかった。

 結界のことを知っている自分からしたら、そんなの――

 

 うつむき、ぐっと噛みしめた。

 

 


「――で、喧嘩のほうは何が原因なんだ?」


 しばらく下を向いていると、いつもの表情に戻ったカルミラがたずねてきた。


「それは……」


 そのままは言うわけにはいかない。

 視線を逸らし、返答を考える。

 

「どうせ何か約束でもしてたのを、リアンが急にごねだして、それにおまえが何か言った、とかそんなんだろ」


「…………なんでわかるんだよ」


 事情を隠して話すことを考えていたら、先に答えられた。


「何年いっしょに暮らしてると思ってんだよ。だいたい、今日の流れも二十回はやってるぞ……」


 呆れた声で言いながら、半眼で睨んでくるカルミラ。

 何も言い返せなかった。


「……おまえは感情にかかわらず、やるべきことをやったり、考えるべきことを考えたりするのは得意だろ?」


「まあ……」


 不本意に相槌を打つ。


「だが、普通はそう簡単にはいかないもんさ。特にリアンみたいなタイプはな」


 カルミラは腕を組み、説教モードに入った。

 こうなると長い。

 

 いいか、とカルミラがいつもの調子で喋り始めた。


「おまえが考えるより、人は弱く、矛盾した生き物だ。正しいこととわかっていてもできなかったり、悪いことだとわかっていてもやめられなかったり――――」







 ありがたいお言葉を頂戴していると、


(今日の晩飯は鹿肉の煮込みか……うまそう……)


 台所に視線をやり、そんなことを考えた。


「でも、時にはそれが人の強さにもなる。理屈では解決できないこともな」


「はあ……」


「まあつまりだな。いつかおまえが、正しさや使命感に押しつぶされそうになったときは――リアンを頼れ。きっとあいつがどうにかしてくれるさ」


 それがどういう意味なのか、今のテルアには理解できなかった。


「――だからその分、あいつが悩んでいるときは、おまえが力になってやれ」


「だから、それをどうやって……」


「今言っただろ、自分で考えろ」


 カルミラはそう言うと、立ち上がり、台所に向かった。

 と思ったが、台所に入ったあたりで、あっ、と何か思い出したように振り返り、

 

「そうそう、おまえの体質な。今日言ってたレインバートの令嬢、あいつも同じだ」


「え?」


「あっちは例外ってほどでもないがな。どこかで会うことがあったら力になってもらえ」


 カルミラはそのまま夕食の準備に戻った。

 

 レインバートが同じ体質?

 思わぬ情報に言葉を失った。

 

 ――銀色の魔法陣と術式を使うってことか?

 ――魔法と術式についての話が通じるってことなのか?

 ――というかそんな情報なんでずっと黙ってやがった……。

 ――いや、知られたくないからか。さっき言ってた。

 ――違う。今はそんなことじゃなくて――

 

 ぐるぐると頭の中で考えがめぐっていた。

 しかしどれも答えはでない。

 

 というかリアンとはどう話せば……。

 

 

 

 そのとき、部屋のドアが開く音がした。

 

 急ぎ足くらいの足音がしたと思ったら、ふたたびドアの開いて閉まる音がする。

 どうやらリアンが外に出たらしい。

 

 テルアがカルミラの話を思い出しながらうめく。

 

「……ああー……しょうがねえなあ――」


 そして、いつものように気だるげな声を上げると、覚悟を決めたように立ち上がった。

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