第28話 いつものやつ

 いつの間にか空は夕日に染まり、ほんのり肌寒くなっていた。


「――んじゃ、聞き込み行くか?」


 カルミラが見えなくなったところで、テルアがぐーっと腕を上げ、伸びをして聞く。

 

 しかし返ってくる声はなく、疑問に思ったテルアは、リアンのほうを振り向いた。


 リアンはまだ尻餅をついたまま、右手を頭に当てていた。

 

「どうした?」


 テルアの問いかけに、少し間をおいてリアンが答える。


「……ししょー、だいぶ力落ちたね……」


 沈みがちなリアンの言葉に、テルアも無言のまま視線を落とす。


「昔は必至で魔力防御しなきゃ、頭割れるーって感じだったのに……」


 夕日の空を見上げながら、思い出を語るようにつぶやくリアン。


「……まあ、もうすぐだ。あと少しで助けられる」


 テルアはそう言い聞かせるような声を出すと、カルミラの飛んで行った方角を見つめていた。

 

 六年前に気づいた事実。

 カルミラがリアンとテルアを守るために、自らの命を賭けて結界を張っているということ。

 

 このままではカルミラが死んでしまう――それを阻止するために、この六年頑張ってきたのだ。

 

 そして、カルミラを助けるための準備があと少しで完了する。

 しかしそれは同時に、カルミラとしばしの別れを意味していた。


「うん……。もうすぐ、なんだよね……」


 いまだに座ったままのリアンが、か細い声で漏らす。


「なんだよ。うれしくねえのか? やっと師匠助けられるんだぞ」


「そりゃ、早く助けて楽にしてあげたいけどさ……」


 そう言いながら、膝を抱えて丸くなるリアン。


「それって、ししょーとしばらくお別れってことでしょ……」


「まあ、昔決めたことだしな……どうしようもねえよ」


「……そうだけど……」


「まさか、いまさらやめるなんて言うんじゃねえだろうな?」


 怪訝けげんな顔をして、テルアが腕を組みながら見下ろす。

 

 その様子をちらりと見上げたリアンは、小さく息を吐くと、


「……ほんっと、テルアってそういうとこ冷めてるよね」


「……はあ? 師匠を助けるために今までやってきたんじゃん」


 テルアの答えに、リアンがむっとした表情で顔を上げると――


「ああ――!! もう! そういうことじゃなくて」


「……じゃなくて?」


「…………もういい」


 リアンはそう吐き捨てると、勢いよく立ち上がり、帰りの方向へ歩き出した。


「なんだよそれ……って聞き込みは?」


「帰る!!」


「はあ……?」


 どかどかと進んでいくリアンに、テルアは大きく空を仰いでいた。

 






 一足先に家に帰ったカルミラは、台所で夕食の準備をしていた。

 

 横には小さくなったソラが、台の上で野菜を切り、調理を手伝っている。

 こちらは六年たった今でも変わらない様子だ。

 

 対してカルミラのほうは、大きな鍋を持ち上げるのも一苦労といったふうに見える。

 

「ったく。どうにかなんねえもんかな」


「しょうがなかろう。契約魔法を無茶に使ったんじゃ。そのくらい我慢せい」


 ソラのたしなめるような言葉に、カルミラは軽く舌打ちする。


「もうちょいこっち側のつごうも考えろってんだ」


「……あんだけデタラメな契約魔法つこうた、お前さんの言えることかいな――」


 そんなやりとりをしているうちに、外は暗くなっていた。

 

 

 

 夕食の準備を終え、カルミラは台所から出ると、リビングのテーブルに座った。

 

 ソラも台からぴょんと飛び降りると、小さい姿のままついて行く。

 

「……つっても、あと少しの辛抱だけどな」


 そう自嘲気味に笑い、宙を仰ぐカルミラ。

 

 契約魔法で借りた魔力も、もうすぐ底をつく。

 それはつまり、自らの死を意味している。

 

 リアンとテルアを大人になるまで守り抜く。

 スーリラ――リアンの母であり、かつての友の分まで。

 六年前、そう決めたのだ。

 

 大人、というところまでは少し及ばなかったが、旅をしていけるくらいの力はつけているはずである――おそらく。

 というのも、今の力の落ちた自分では、リアンとテルアがどれくらい力をつけているのかわからないのだ。

 憎たらしいことに、力を隠す技術はとんでもなく高い。

 

 今の世界、どこにどんな敵がいるかわからない。

 せめてふたりで力を合わせれば、七賢者や昏冥九秋こんめいきゅうしゅうと渡り合える――そのくらい力をつけていることを願っている。

 

 ふたりが旅をしやすいようにとやってきた方策もだいたい終わった。

 テルアの魔法辞典の件など、できる範囲での根回しもやってきた。

 

 リアンは常識こそ薄いものの、それなりに頭は回る。

 花の魔力もかなりコントロールできるようになった。

 昔暴走させた力はまだ扱いきれていないようだが……。

 

 ロントリアの町はきなくさい噂もあるが、ランテスタの領内だからそれほど心配ないはずだ。

 初めてのことで戸惑うことはあるだろうが、ふたりで旅をするぶんにはなんとかなるだろう。

 

 気になることと言えば、テルアのことか――少し話してやる必要があるか。

 

 そんなことを思いふけっていた。


「……まあ、後のことは頼んだぞ」


「……ふん。わかっとるわい。……お前さんも後悔ないようにしとけえの――」


 ソラがそう言ったところで、ドンッ、と大きくドアが開く音がした。

 

 続けざまにドタドタと騒がしい足音がしたのち、ふたたびドアが閉まる音が響く。

 どうやらリアンが自分の部屋に駆け込んだらしい。


「……ただいま」


 むすっとした表情のテルアが部屋に入ってきた。


「どうした? また喧嘩か?」


「そんなんじゃねえよ。リアンのやつが勝手に――」


「ああ、今日はそういうやつね……」


 いつものように大きなため息をついたカルミラ。

 その反応に、テルアはずいぶん不満げな顔をしている。

 

 そんなテルアを、カルミラが目を細めてしばらく見つめると、


「……まあ座れ」


 くいっと顎で促した。

 

 テルアは逡巡しゅんじゅんしながらも、黙って従う。

 カルミラの向かいに座り、口をへの字に曲げている。


「今のうちに、おまえに言っておこうと思ってな」


 あらたまって言いつつ、カルミラはソラに視線を送る。

 その、「お前はあっちをどうにかしろ」という目に、ソラは肩をすくめ、ぺたぺたと別の部屋へ歩いて行った。


「なんだよ……」


 こういった喧嘩のときには、リアンのところにはカルミラが、テルアのところにはソラが、仲裁に入るのがいつものパターンだった。

 

 珍しい組み合わせに、テルアも少し身構える。


 軽く息を吐いたカルミラは、ソラの姿が見えなくなったところで切り出した。


「喧嘩のことはいったん置いとくとして……。テルア――お前の体と魔法についてだ」


「――!?」


 思いがけないその言葉に、テルアは表情をこわばらせた。

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