第27話 書きかえられた魔法

 そろそろ日が傾くといったころ。

 人気ひとけのない町のはずれで、リアンとテルアはカルミラと合流していた。

 

「じゃっじゃ――――ん!!」


 ずいぶんとご機嫌な声が響きわたっている。

 

 リアンはカルミラに、さきほど買った流星本をこれみよがしに掲げて見せていた。

 その表情はまるで、新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。

 

「なんだ、もう見つけたのか。早いな」


「早いな、じゃねえよ!? 何のつもりだよ」


 リアンが掲げた流星本を手に取り、ぱらぱらとめくるカルミラに、テルアは不機嫌そうに問いただした。

 

「おう、アルテ様。町でも評判だったぞ」


「ほんっとこいつら人をおちょくるのが好きだな」


 この六年で何度やったかわからないようなやりとりをし、呆れた表情でため息をつくテルア。

 横ではリアンが楽しそうに笑っている。

 

 しかしそこはカルミラ。

 パタンッ、と閉じた流星本をリアンに返すと、真面目な顔をして話し始めた。


「……まあ、お前もわかってるだろ。今の魔法辞典は人為的に改変されたものだ。この国――西の大陸を弱体化させるために」


 その言葉に、リアンとテルアも表情を硬くする。

 

 

 

 今から十二年前に華色かしょくを滅ぼした一部の混色こんしょくと、それを率いていた組織。

 カルミラの調べたところによると、魔法辞典の改変もその組織によるものらしい。

 

 魔法大辞典は大陸における重要な魔法書のひとつだ。

 その制作には複数の国の魔導士が関わっている。

 そこに手を加えられるということは、大陸全土に敵の手が回っていることを意味していた。

 

 


「そりゃ、わかってるけど……強引なやり方はやめろって言ったのは師匠だろ」


 テルアは何度か魔法大辞典の修正をカルミラに提案していたのだが、その度に断られていた。


「それなんだが、ちょうどいい人柱がいてな」


「……レインバートってやつか?」


「なんだ、聞いてるのか」


 意外そうな声を上げたカルミラは、少し視線を落として考え、続けて語る。


「いきなり現状信じられ、崇められているものを壊しただけじゃ何も解決はしない。代わりのものを用意して、時間をかけてやる必要がある。正しいことをやることが、正しい結果になるなら苦労はせん。つまり、これはその下準備ってところだ」

 

 珍しく小難しいことを喋るカルミラを、リアンとテルアは黙って見つめていた。

 

「師匠って、そんな本に書いてあるみたいな話できたんだ……」


「そっか……ししょー仮にも七賢者様だもんね……」


「お前ら……ほんといい性格に育ちやがったな」


 意外そうに尊敬の念をこめてつぶやくテルアと、なぜか沈みがちにつぶやくリアン。

 どうやら話の内容などまったく聞いていない。

 

 いちおう、ふたりは十四歳になっていたが、六年かけてつけた実力ともかく、中身のほうはまだまだ子供である。

 

 目の前の悪餓鬼クソガキふたりに、カルミラは唇の端を引きつらせながら体を震わせていたが――


「――まあ、育ての親がいいので」


 そう無邪気に返したリアンの表情は、言葉の嫌味などまったく感じさせないほど、幸せそうなものだった。

 

 向けられたうれしそうな顔に、カルミラは観念したように大きく息を吐く。

 

 そこから一転、いつもの表情に戻ると、テルアに問いかけた。


「――というか、何でそんなに嫌がるんだ?」


 そう聞かれたテルアは、目線を逸らすと、少しつまりながら話し始めた。


「い、いや……普通に恥ず……かしいじゃん……それに、目立つといろいろまずいだろ。俺も魔法使いにくくなるし……」


 どうやら恥ずかしいらしい。


「そのことなら心配するな。目立つほうはレインバートが引き受けてくれてる。これだけ広まってればお前が魔法使っても、ただの熱心なアルテ様ファンにしか見られんよ」


「……それ、結局恥ずかしいのは変わんねえじゃん……。まあ、魔法使っても怪しまれないのはありがたいけど……」


 不満げに答えるテルア。

 とはいえ、自由に魔法を使えるのは実際かなり助かるのも事実。

 

 不本意ながらも事情を呑み込んだテルアは、深々と納得のため息を漏らした。

 何事も上手くいかないものである。

 

 そんなテルアを、カルミラは苦笑まじりの微笑みで見つめていた。

 

 ひと息つくと、今度はリアンのほうにたずねる。


「で、さっきの盗賊はいつものように更生する機会を与えてやった。これでいいんだろ?」


「うん、ありがと――あっ!! そうだ!」


「ん?」


 大きく口を開け叫んだリアンは、盗賊のリーダーから聞いた情報をカルミラに話し始めた。

 

 





「ロントリアか……」


「ししょーは何か知ってるの?」


 やや逡巡しゅんじゅんしたのち、真剣な表情でカルミラが答えた。


「……ロントリアがあるランテスタ王国の首都には今度、エルフのお偉いさんが来ることになってる。それに合わせて動いてるやつらもいるかもしれんな……」


「ああー……何か言ってたねエルフの人が来るって」


 人差し指を顎に当て、宙に視線を泳がせながら言うリアン。

 

「……ところで――」


 表情を崩したカルミラが、ゆらりとリアンのもとに歩みよると――


「てめえ、さっき私のこと、おばさんって言おうとしてたよな?」


「いだだっ――!? イダい! 痛い!」


 リアンの頭をわしづかみにして持ち上げた。

 

「わざとだとだろ――」


「ちがっ――」


「…………」


 騒がしくじゃれ合っているようにしか見えないリアンとカルミラを、呆れた顔で眺めているテルア――


 おばさんと言いかけたことは聞いていたのに、華色かしょくのことは聞こえてないんだな、という疑問が浮かんだテルアであったが、言葉にするとろくなことにならない気がしたので、黙っていた。


「――まあ、そこらはまた後でだ。私はもう帰るが、お前らはどうする?」


 言いながらカルミラが手を離すと、ドサッ、とリアンが尻餅をついた。


「――ったた……。んー、私たちはもう少し聞き込みしてみる」


 リアンは尻餅をついたまま、テルアと目で確認するとそう答えた。

 

「じゃあ、晩飯までには帰れよ」


 そう言ってカルミラは、近くに立てかけてあった大きな杖を手に取り腰をかけると、ドンッ、と大きな音を上げて飛び立っていった。

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