第26話 異端の魔導士

 町の小さな店。

 屈託のない笑顔で、店主は続けていた。

 

「少し前に出たばかりなんだが、今一番売れててな。うちらのあいだじゃあ、流星本りゅうせいぼんって呼ばれて崇められてるくらいだ」


「……ちょっと中身、見せてもらっていい?」


 怪訝けげんな顔をしながらリアンが聞く。

 快く答えてくれた店主から、流星本とやらを受け取り、適当にページを開いてみた。

 

「…………」


 ぺらっ、ぺらっ、と何度か飛ばし飛ばし見ていく。

 

「………………」


 ざっと目を通したところで、パタンッ、と流星本を閉じた。


「……いや、完全にあいつのじゃん……」


 思わずひとりつぶやいてしまった。もう腐るほど見たテルアの魔法である。

 

「どうだ!? すんげえだろ!」


 なぜか自慢げな店主に、戸惑いながらも、ぎこちない相槌あいづちを打つリアン。

 

 すると、どうしたんだ、とさすがにこちらの会話に気がついたのか、テルアが手に何冊か古びた本を持って歩いてきた。


「これ……」


 少し引きつった顔をしたリアンが、本を漁って満足げな表情のテルアに、流星本を差し出す。

 

 テルアは疑問符を浮かべながら、持っていた本を近くに置くと、目の前に差し出された流星本を手に取って開いた。

 

「…………」


 リアンと店主が静かに見つめていると――


「――――は、はあ!?」


 テルアが瞬く間に表情を歪ませ、ぱらっぱらっ、と乱雑にページをめくる。


「ふふん。わかる、わかるぞぉ、兄ちゃん。俺も最初見たときにはあまりの衝撃に頭を抱えたさ!」


「…………なん……師匠か……勝手なことしやがって」


 いたく共感しているらしい店主を無視し、顔を上げたテルアが、しかめっつらでぼやいた。


「ん~……アルテ……ア、ル、テ……テ、ル……ああ!」


 横で何やら考え込んでいたリアンが、ひらめいた、みたいな顔で、


「ひっく――ひっくり返しただけじゃん! あっはははは!」


 声を上げ、腹を抱えて笑いだした。

 それを見た店主のほうは、何がなんだかわかっていない様子である。

 

 テルアは、横でひとり受けているリアンを尻目にため息をつくと、流星本を戻した。

 と、横に陳列されている別の流星本の上に、何か乗っているのに気づいて聞く。


「これは……?」


 薄い板に張り付けられた紙には、こう書かれてあった。

 

 ”あのレインバートも絶賛!”


「ああ、宣伝用に書いてんだよ」


「……レインバート?」


「ん? 知らねえのか? レインバート家――。グレイシャー家と並ぶマナフェール王国が誇る魔法の名家だ」


「そういや聞いたことがあるような、ないような……」


 言われてテルアが視線を宙に泳がせ、記憶を探る。

 

 


 ふたりは世間の認識というのをあまり知らない。

 この六年はほとんど山の中で過ごしていたし、たまに町に出ても少し買い物をする程度。

 交流らしい交流はなかった。

 

 カルミラからは知らなくていいと言われていたため、持っている知識は家にある本から得たものががほとんどだ。

 いちおう各自で常識っぽいものは学んだつもりだが、実際のところはかなり怪しい。

 

 

 

「……というか、そんな名家がこんな本を認めていいのかよ? これ、魔法大辞典に喧嘩売ってるだろ……」


 そう、テルアのつくったものは、魔法大辞典の欠点を指摘し、より洗礼された形に再構築したものである。

 それはつまり、魔法大辞典に対する宣戦布告のようなものだ。


「そりゃあ、普通なら大問題だよ。いや……今も問題になってるっちゃあなってるんだが……」


 店主は、ぼりぼりっと頭を掻きながら続ける。

 いつの間にかリアンも笑い止み、黙って話を聞いていた。


「それを絶賛したのが、レインバート家の令嬢なんだが……これがまた破天荒というか自由奔放というか……任務を途中で抜け出したり、紛争地帯に乱入したりと……いつも何かと世間を騒がせてる問題児なんだわ」


 うわぁ、とつぶやいたリアンが、

 

「おもしろそうな人に目つけられちゃったね」


 と他人事のようにテルアに耳打ちする。その表情はあいかわらず渋い。


「だからみんな、またレインバートの令嬢が変なことやってんなあ、くらいにしか思ってないんだよ」


「ふーん……」


「へえー……」


 世間の事情とやらを聞いて、なんとなくわかったふうな声を出すふたり。

 そういうもんなんだ、という感じだ。


「そんなわけで! 今は突如現れた異端の魔導士、アルテ様がいったいどこの誰なのか、ってほうが騒がれてるけどな。ちなみに俺は、七賢者の誰かなんじゃないかってにらんでる!」


 まあ七賢者なんて一度も見たことないがな、と付け加えて、がははと笑っていた。

 

 テルアは心の中で、「やったのは師匠だしあながち間違いでもないけどな」とつぶやきながら、持ってきていた古びた本の会計を進めた。


「……うーん、誰なんだろうねえ」


 わざとらしい声でニヤニヤと笑いながら、リアンがおちょくりの眼差しを送る。

 

 そんな視線に小さく舌打ちをしながら、テルアは苦悶と羞恥の表情を浮かべていた。


「ということで兄ちゃん、新魔法体系流星、こっちも一冊どうだ?」


「……いや、俺は――」


 もう関わりたくない、といった雰囲気を出しているテルアだったが……。


「おじさん! 一冊ちょうだい!」


「――はあ!?」


 リアンのまさかの声に、ふたたび表情を歪めるテルア。


「おじさんの話聞いてたら、アルテ様のファンになっちゃった!」


 いかにもな抑揚をつけながら、リアンが追加の金銭を渡し流星本を受け取る。

 まいどあり、と店主も上機嫌だ。

 

 流星本を大事そうに抱え、満足げなリアン。

 

「ふふ~ん!」


「っ……ぐっ」

 

 そんなリアンとは対照的に、テルアはぐちゃぐちゃに顔を歪めながらうめいていた。

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