第25話 失われた記憶
「ちょ!? おじさん、その話もっと詳しく! どんな人だった? ほかに何言ってた? ねえ! ねえ!?」
少女が取り乱したように駆け寄り、ゆっさゆっさと盗賊のリーダーの肩を掴んで激しく揺らした。
落ち着け、と少年がそれを制止させるが、やはりこちらも気になるのか、そのまま続きを促す。
「えーっと……。見た目は嬢ちゃんよりもうちょい小さい女のガキだ。あと……変わった武器みてえなもん背負ってたか……。んで、変な道具見ながら、
「ほかには!? ほかの――んご!?」
「……それっていつの話だ?」
真剣な表情をした少年が、持っていたリンゴを少女の口にねじ込みながら聞いた。
「……ここに来る前だから、ひと月と……もう少し前か?」
「ひと月前……ロントリアか……」
少年が顎に手を当てながら、視線を落とす。
「――ほかには?」
口に放り込まれたリンゴを飲み込んだ少女が、再度せかすように聞く。
「いや……それくらいだな」
「……そっか」
興奮気味だった少女は、少し気落ちしたように、小さな声をこぼした。
一転して、静寂が食堂内を包む。
外のどよめきが、食堂内にも聞こえるようになっていた。
「あっ……そろそろししょー呼ばないと」
少女が我に返ったようにつぶやいた。
少年もハッと顔を上げ、回収した荷物をまとめる。
そのまま手際よく準備を済ませると、少女もそれに合わせて、窓から身を乗り出して叫んだ。
「ししょー! おわったよー!」
窓を閉め、よしっ、と小さく声を上げ、少年の後を追うように駆け出した。
そして、あっ、と何か思い出したかのように振り返ると、
「おじさん、ありがとう! ちゃんと反省してね!」
そう言いながら、優しげに手を振っていた。
「……ああ」
思い直すように答えた盗賊のリーダーの顔は、ほんの少しだけやさしげに見えた。
◇
町にはいつ通りの日常が戻っていた。
行きかう人々は、さきほどの出来事などなかったかのように活気づいてる。
「――どう思う?」
食堂とは少し離れた町の通り。
リアンとテルアは、今しがた聞いたばかりの情報について、歩きながら話していた。
「うーん……あのおっさんが嘘を言ってる感じはなかったけど……子供がなあ……」
話はある程度信じつつも、子供というところに引っ掛かりを覚えるテルア。
「……でも、
「まあ……そうなるよな」
心なしか緊張したリアンの声に、テルアは物憂げな返事をしながら、遠くの空を見上げていた。
この約六年のあいだ、ふたりは
最初はリアンの夢に出てきたスターチスや、リアンの母親について調べていたが、あまりにも手がかりがなさすぎた。
そこでひとまず、華色のことについて調べることにしたのである。
それが結果的に両方の手がかりになると信じて。
しかし、そこで知ったひとつの事実がある。
かつて平和や秩序を守っていたはずの、華色を覚えている人がいなかったのである。
昔カルミラに歴史を教わっていたときにも、少し聞いたことがあった。
「”――もっともルーリインのことまでは、もう誰も覚えちゃいないが”」
カルミラの言葉。
よくよく考えてみればおかしな話である。
華色の長の血を引き、同じ髪をしていたリアンに、町の人々が誰も気がついていなかったのだから。
そして、カルミラに再度問い詰めたところ、華色と何らかの関係があった者、あるいはもともと強い魔力を持っていた者以外は、華色のことを忘れてしまっている、ということであった。
なぜそんなことになっているのか、なんてことは当然わからない。
だが、それが華色が滅ぼされたことと関係しているのはあきらかだった。
「……向こうも私を探してるってことなのかなあ……」
ようやくつかんだ手がかり。
しかし、ウーニラスのように命を狙っているだけの可能性もある。
素直に喜べる、というわけでもなかった。
「……ま! あまり考えても仕方ねえだろ。怪しい魔導士の件もある。とりあえずロントリアの町について聞いて回ろうぜ!」
ほんの少し不安の色を見せたリアンに、テルアは勇気づけるように明るく答えてみせた。
「……だね」
そうしてふたりは気を取り直して、ロントリアについて聞き込みを始めていた。
◇
まだ日は出ているが、そろそろカルミラと合流する時間になろうとしていた。
「ん~……盗賊のおじさんの言ってた子供の話はないねぇ……」
しばらく町人に聞いて回っていたが、それらしい情報はなかった。
そもそもこの町とロントリアの町とはかなり離れているのである。
「そんな簡単にはいかねえよなあ……」
ふたりは落胆した様子で歩いていた。
なんだかんだ、初めての有力な手がかりを得て、少し浮かれていたのもあるのかもしれない。
ややうなだれながら、カルミラとの落合場所に向かっている最中である。
「お、魔法書売ってる! ちょっと見てくる」
テルアが、通りに構えている店のひとつに本が置いてあるのを見つけ、うれしそうに走っていった。
「……ほんと好きだねえ」
子供を見るような呆れた顔をして、リアンもゆっくり後をつけていく。
本は一般的には高価な物で、庶民が手にすることは少ないのだが、魔法書に関しては広く流通している。
魔法書は著者の魔法によって書かれることが多く、その性質上、量産化しやすいという事情もあった。
また、日常生活や身を守るための道具として、人々の生活に欠かせないものになっていることから、こうした小さな町の小さな店でも置いてあることが多い。
テルアは店頭に陳列してある魔法書には目もくれず、奥のほうにある古びた本を漁っていた。
その様子を見て、店主らしき人物がテルアに話しかけた。
「兄ちゃん、そっちは昔の魔法の術式本だから――こっちにあるのが
店主が平積みされた本を指差す。
しかしテルアは本に集中しているのか、返ってくる反応はない。
「――いいのいいの。あの人、意味不明な文字見て喜ぶ変人だから」
そんなテルアをフォローするかのように、今度はリアンが店主に話しかけた。
「ん? ……嬢ちゃんのつれかい? 古い本が好きなんて、今時珍しいねえ……」
感心したようにテルアを見つめる店主に、いい感じの愛想でリアンがたずねた。
「ねえ、おじさん。最近ロントリアの町のことでなんか聞いてない?」
「ん? なんかってことはないが……ロントリアと言えば、魔法大辞典を書いた魔導士様のひとりがいるらしいぞ。 ……ほら、これだ」
そう言って店主は、店頭に並べてあった大きな本を手に取って、リアンに見せた。
”魔法大辞典 第七版”、と書かれている。
「ああー……うちにあるやつかぁ。七版出てたんだ」
「ロントリアは魔法大辞典マニアのあいだじゃあ、聖地なんて言われたりもしてるんだぞ! しかもロントリアでは限定版の魔法大辞――」
「……へぇー……」
急に楽しそうに喋り出した店主とは裏腹に、いい感じの愛想を捨てたリアンが心底興味なさそうに答える。
「でも――今話題なのは、なんと言ってもこっちだな!」
そう言って次に店主が手に取った本は、”新魔法体系 流星 第一版”、と書かれてあった。
「新進気鋭の異端魔導士、アルテ様だ!」
「へ……? アルテ……?」
どこかで聞いたことがあるような名前に、リアンは困惑の表情を浮かべていた。
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