第25話 失われた記憶

「ちょ!? おじさん、その話もっと詳しく! どんな人だった? ほかに何言ってた? ねえ! ねえ!?」


 少女が取り乱したように駆け寄り、ゆっさゆっさと盗賊のリーダーの肩を掴んで激しく揺らした。

 落ち着け、と少年がそれを制止させるが、やはりこちらも気になるのか、そのまま続きを促す。


「えーっと……。見た目は嬢ちゃんよりもうちょい小さい女のガキだ。あと……変わった武器みてえなもん背負ってたか……。んで、変な道具見ながら、華色かしょく知ってる? って聞かれたんだったかな……」


「ほかには!? ほかの――んご!?」


「……それっていつの話だ?」


 真剣な表情をした少年が、持っていたリンゴを少女の口にねじ込みながら聞いた。


「……ここに来る前だから、ひと月と……もう少し前か?」


「ひと月前……ロントリアか……」


 少年が顎に手を当てながら、視線を落とす。

 

「――ほかには?」


 口に放り込まれたリンゴを飲み込んだ少女が、再度せかすように聞く。


「いや……それくらいだな」


「……そっか」


 興奮気味だった少女は、少し気落ちしたように、小さな声をこぼした。

 

 一転して、静寂が食堂内を包む。

 

 

 

 外のどよめきが、食堂内にも聞こえるようになっていた。


「あっ……そろそろししょー呼ばないと」


 少女が我に返ったようにつぶやいた。

 少年もハッと顔を上げ、回収した荷物をまとめる。

 そのまま手際よく準備を済ませると、少女もそれに合わせて、窓から身を乗り出して叫んだ。

 

「ししょー! おわったよー!」


 窓を閉め、よしっ、と小さく声を上げ、少年の後を追うように駆け出した。

 そして、あっ、と何か思い出したかのように振り返ると、


「おじさん、ありがとう! ちゃんと反省してね!」


 そう言いながら、優しげに手を振っていた。


「……ああ」


 思い直すように答えた盗賊のリーダーの顔は、ほんの少しだけやさしげに見えた。







 町にはいつ通りの日常が戻っていた。

 行きかう人々は、さきほどの出来事などなかったかのように活気づいてる。


「――どう思う?」


 食堂とは少し離れた町の通り。

 リアンとテルアは、今しがた聞いたばかりの情報について、歩きながら話していた。


「うーん……あのおっさんが嘘を言ってる感じはなかったけど……子供がなあ……」


 話はある程度信じつつも、子供というところに引っ掛かりを覚えるテルア。


「……でも、華色かしょくを知ってるってことは、何らかの関わりを持ってたか、強い魔力を持ってるってことでしょ?」


「まあ……そうなるよな」


 心なしか緊張したリアンの声に、テルアは物憂げな返事をしながら、遠くの空を見上げていた。

 

 

 

 この約六年のあいだ、ふたりは華色かしょくについていろいろと調べていた。

 最初はリアンの夢に出てきたスターチスや、リアンの母親について調べていたが、あまりにも手がかりがなさすぎた。

 

 そこでひとまず、華色のことについて調べることにしたのである。

 それが結果的に両方の手がかりになると信じて。

 

 しかし、そこで知ったひとつの事実がある。

 

 かつて平和や秩序を守っていたはずの、華色を覚えている人がいなかったのである。

 昔カルミラに歴史を教わっていたときにも、少し聞いたことがあった。


「”――もっともルーリインのことまでは、もう誰も覚えちゃいないが”」


 カルミラの言葉。

 

 よくよく考えてみればおかしな話である。

 華色の長の血を引き、同じ髪をしていたリアンに、町の人々が誰も気がついていなかったのだから。

 

 そして、カルミラに再度問い詰めたところ、華色と何らかの関係があった者、あるいはもともと強い魔力を持っていた者以外は、華色のことを忘れてしまっている、ということであった。

 

 なぜそんなことになっているのか、なんてことは当然わからない。

 だが、それが華色が滅ぼされたことと関係しているのはあきらかだった。

 

 

 

「……向こうも私を探してるってことなのかなあ……」


 ようやくつかんだ手がかり。

 しかし、ウーニラスのように命を狙っているだけの可能性もある。

 素直に喜べる、というわけでもなかった。


「……ま! あまり考えても仕方ねえだろ。怪しい魔導士の件もある。とりあえずロントリアの町について聞いて回ろうぜ!」


 ほんの少し不安の色を見せたリアンに、テルアは勇気づけるように明るく答えてみせた。


「……だね」


 そうしてふたりは気を取り直して、ロントリアについて聞き込みを始めていた。







 まだ日は出ているが、そろそろカルミラと合流する時間になろうとしていた。


「ん~……盗賊のおじさんの言ってた子供の話はないねぇ……」


 しばらく町人に聞いて回っていたが、それらしい情報はなかった。

 そもそもこの町とロントリアの町とはかなり離れているのである。


「そんな簡単にはいかねえよなあ……」


 ふたりは落胆した様子で歩いていた。

 なんだかんだ、初めての有力な手がかりを得て、少し浮かれていたのもあるのかもしれない。

 

 

 

 ややうなだれながら、カルミラとの落合場所に向かっている最中である。

 

「お、魔法書売ってる! ちょっと見てくる」


 テルアが、通りに構えている店のひとつに本が置いてあるのを見つけ、うれしそうに走っていった。


「……ほんと好きだねえ」


 子供を見るような呆れた顔をして、リアンもゆっくり後をつけていく。

 

 本は一般的には高価な物で、庶民が手にすることは少ないのだが、魔法書に関しては広く流通している。

 魔法書は著者の魔法によって書かれることが多く、その性質上、量産化しやすいという事情もあった。


 また、日常生活や身を守るための道具として、人々の生活に欠かせないものになっていることから、こうした小さな町の小さな店でも置いてあることが多い。

  

 テルアは店頭に陳列してある魔法書には目もくれず、奥のほうにある古びた本を漁っていた。

 

 その様子を見て、店主らしき人物がテルアに話しかけた。

 

「兄ちゃん、そっちは昔の魔法の術式本だから――こっちにあるのが流行はやりの本だぞ?」


 店主が平積みされた本を指差す。

 しかしテルアは本に集中しているのか、返ってくる反応はない。

 

「――いいのいいの。あの人、意味不明な文字見て喜ぶ変人だから」


 そんなテルアをフォローするかのように、今度はリアンが店主に話しかけた。


「ん? ……嬢ちゃんのつれかい? 古い本が好きなんて、今時珍しいねえ……」

 

 感心したようにテルアを見つめる店主に、いい感じの愛想でリアンがたずねた。

 

「ねえ、おじさん。最近ロントリアの町のことでなんか聞いてない?」


「ん? なんかってことはないが……ロントリアと言えば、魔法大辞典を書いた魔導士様のひとりがいるらしいぞ。 ……ほら、これだ」


 そう言って店主は、店頭に並べてあった大きな本を手に取って、リアンに見せた。

 

 ”魔法大辞典 第七版”、と書かれている。

 

「ああー……うちにあるやつかぁ。七版出てたんだ」


「ロントリアは魔法大辞典マニアのあいだじゃあ、聖地なんて言われたりもしてるんだぞ! しかもロントリアでは限定版の魔法大辞――」


「……へぇー……」


 急に楽しそうに喋り出した店主とは裏腹に、いい感じの愛想を捨てたリアンが心底興味なさそうに答える。


「でも――今話題なのは、なんと言ってもこっちだな!」


 そう言って次に店主が手に取った本は、”新魔法体系 流星 第一版”、と書かれてあった。

 

「新進気鋭の異端魔導士、アルテ様だ!」

 

「へ……? アルテ……?」


 どこかで聞いたことがあるような名前に、リアンは困惑の表情を浮かべていた。

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