第38話 最初の一日

「ルヴァンシュ……そいつらが……」


 組織の名を聞いたリアンが、テーブルの下で拳を握りしめ、身を固くした。

 華色かしょくを滅ぼした組織、なにも思わないわけがない。

  

 その様子を横目で見ていたテルアが、リアンの頭を軽く小突く。

 

「……まだそうと決まったわけじゃない。力を抜け」


 やさしげに言ったテルアの言葉に、リアンがハッとして、いつもの笑顔を浮かべた。

 

「で、邪龍ってのは……なんなんだ? 町を滅ぼすって、また物騒だな」


 テルアがふたたびユニアに向き直って、再度たずねる。

 

「うちもよく知らないん……。むかし、町の近くの遺跡に、ブリブリって人が邪龍を封印したって聞いたん」


「ブリブリ……? ……ひょっとしてウブリってやつのことか?」


「そう! そいつなん!」


「え、なんで今のでわかったの……」


 ユニアが勢いよく答えると、テルアの目が一瞬細くなった。

 訝しげにぼやいたリアンの言葉は無視されたまま続く。

  

「そういうことか……んで、遺跡ってのはどこにあるんだ?」


「それもわからないん……。でも! とうちんは、これで華色かしょくの人を探し出せば、助けてくれるって言ってたん!」


 ユニアがコンパスのような小道具を手に持って言う。

 

「だから、うちとギルドでパーティ組んで、あいつらやっつけるん!」


「おおっ……ギルド! パーティ……!」


 テルアの頬が、言葉の響きによって緩む。

 

「……テルア?」


 それを見て、リアンが半目に睨みながら低い声を上げた。


 うぐっ、と顔をしかめたテルアであったが、少し目を逸らして考えると、サッとリアンに耳打ちする。

 

「……でも、このままほっとくわけにはいかないだろ? ギルドのことも知ってるみたいだし、とりあえずはこいつといっしょに行動するの、悪くないと思うぜ?」


「んー……、そう言われればそうだけど……まあそうか……」


 いちおう筋は通っているような言い訳に、しぶしぶ納得するリアン。

 勝手にやる気になっているテルアとユニアを見て嘆息すると、降参のポーズを取りながら言った。

 

「わかったわかった……じゃあ明日の昼過ぎ、ギルドでまた会いましょう。それでいい?」 


「わかったん!」


 ユニアはうれしそうに立ち上がると、華装機かそうきを背負い、あっ、と声を漏らす。

 

「明日はうちの相棒連れてくるん!」


「相棒って……?」


「あっ! ごはんあげる時間なん!」


 そう言ったユニアは、リアンの問いに答えることなく、大急ぎで店を飛び出していった。

 

 残されたリアンとテルアが呆然とつぶやく。

 

「……なんだったんだ、あいつ……」


「……まあ、悪い子じゃなさそうだけど……」


 ふたりはテーブルに散らかった皿を見て、ため息まじりに立ち上がり、会計に向かった。

 






「ったく、今日で一気に減ったわね……」


 部屋に入ったリアンが、財布をのぞきながら独りごちる。

 

 ふたりはあのあと、尾行を警戒し、念のため遠回りをして宿屋に戻っていた。

 外は夕日が沈もうとしている。

 

 リアンはベッドに仰向けに転がると、向かいのベッドに腰を掛けているテルアに聞いた。

 

「さっきの話、どう思う?」

 

「うーん……正直、こんなに早く裏で動いてるやつらと鉢合うとは思ってなかったからな……」


 腕を組み、考えながら言うテルア。

 

「……ししょーは知ってたのかな……?」


「いくらか知ってた可能性はあるけど、町を滅ぼすとか、そこまでのことになってるとは思ってなかったんじゃねえかな?」


 んー、と唸りながら、リアンがごろんと寝返りを打ち、うつ伏せにまくらを抱きしめる。

 

「……ししょー、ちゃんとごはん食べてるかな」

 

「……ソラもいるし、大丈夫だって。楽しい旅の話、聞かせるんだろ?」


 どこか憂いげにつぶやいたリアンに、テルアが元気づけるように言った。

 

 その言葉に、しばらく無言のリアンだったが、むくっと起き上がり、

 

「だよね……そうだよね!」


 自らを鼓舞するように言うと、ベッドの上に立ち上がった。

 

華色かしょくの手がかりでもあるし、ユニアちゃんのお父さんを助けてあげなきゃね!」 


「おう、なんのために強くなったんだって話だ」


 調子づかせるように、テルアも好戦的な笑みで答える。


「っていっても、まずはやっぱり情報収集ね。ししょーが言ってた調査団ってのもいるはずだし」


 リアンがベッドから降り、窓から顔を出しながら言う。

 夕方の心地よい風が、リアンの髪をなびかせる。

 

「だなあ、ユニアってやつの情報もどこまで信じていいかわかんねえしな……」


 テルアはそう言うと、「早めに行っておくか……」と小さくつぶやいた。

 

「ん? なに?」

 

「いや、なんでもない」


 リアンが振り向きざまに聞いたのを、テルアは明るい顔でごまかした。

 

「明日は早めに出て、町のこと調べたほうがいいかもな」


 話の流れを変えるようにテルアが言う。

 

「うん! そのつもりで、ユニアちゃんには昼過ぎって伝えたしね」


 そうしてふたりは、明日のことを話し合いながら、最初の町での最初の一日を終えようとしていた――

  






 その日の深夜。

 明かりの落ちたリアンとテルアの部屋。

 窓から差し込んでくる月の光だけが部屋を照らしている。 

 

 宿屋での食事を済ませたふたりは、明日の打ち合わせをしたあと、早めに眠りについていた。

 大通りから少し外れた場所にある宿屋周辺ここらは、夜になると見回りの兵士くらいしかいない。

 

 そんな夜の静寂の中、テルアが音を立てずに起き上がった。

 リアンのほうをうかがい、寝ていることを確認する。

 すると、ベッドから降り、掛けてあったフードを被った。

 そのまま窓のほうへ歩いていく。

 

 静かに窓を開けると、もう一度リアンのほうを確かめ、テルアは外へと姿を消した。

 

 

 

 町は昼とは違った、夜の顔を現している。

 通りのほとんどは静まり返っているが、一部の繁華街は賑わいを見せていた。

 ロントリアの町は比較的安全といえるが、このくらいの時間になると血の気の多い者が集まりやすい。

 

 暗闇の中、テルアは屋根の上を静かに駆けていた。

 建物から建物へ、舞凪なぎを使い、妖しく光る繁華街など眼中にないかのように、目的の場所へと向かっている。

 

「……都会って夜でも明るいとこあんだな……」


 そうつぶやき、あたりを警戒しながら町を見回す。

 少し先には目的地が見えていた。

 

 昼間に見た、ウブリの館である。

 

 

 

 正直、ウブリの館とやらに侵入することは、最初に見たときから決めていた。

 そんな楽しそうなこと、やるに決まっている。あたりまえだ。

 

 それでも、忍び込んでみるのは数日くらいたって、いろいろと把握してからと考えていた。

 別に館は逃げたりしないのだから。

 しかし、そのあとのユニアの話を聞いて、気が変わった。

 

 完全に隠していたはずの魔力を、謎の道具に察知されたこと。

 その道具を作った家系であるユニアの父親が、黒い魔法陣の出る武器を作らされているということ。

 そして、ルヴァンシュという組織が、邪龍とやらを復活させて、この町を滅ぼそうとしている。

 

 思っていたより自体が深刻だった。

 知らないことは楽しみながらゆっくり知っていけばいい、最初はそう思っていたのだが、あまり悠長にしている時間はないかもしれない。

 

 リアンのことを守るためにも、知れることは早めに知っておく必要がある。

 

 そんなことを考えながら、館近くの建物の上で、見張りを確認していた。

 見張りの兵士は二人。

 侵入防止の結界も張ってあるが、これは問題ない。

 

 さてどこから入ろうか、と館の割れた窓を眺めていたときだった。

 

 

 

「……なんでわかった」


 テルアが低い声でつぶやいた。

 

 振り返ることなく言ったテルアの後ろには、同じくフードを深く被った人物が立っていた。

 その人物は、肩をすくめるような動作をしたあと、軽くフードをかきあげながら、

 

「……おかしいと思ったのよ、テルアが魔法のことで興味示さないなんて……。あと、あんたは魔法に頼り過ぎ。もっと直感とか嗅覚使うことね」


 そう答えたのは、リアンだった。

 見透かされたような言い回しに、テルアが眉をしかめて舌打ちする。

 

「……動物じゃねーんだから……言っとくけど、やめねえぞ」


「わかってるわよ、あんたが聞かないことくらい。……だから、私もいっしょに行く」


 どこか楽しそうに言うリアン。

 しばらく睨み合うと、テルアが軽くため息をついた。

 

「わかったよ……」


 よろしい、と浮かれた笑みで言ったリアンが、テルアの横から館をのぞく。

 

「で、どうやって入るの?」


「裏に大きめの窓が割れてる部屋がある。そこから舞凪なぎで入れると思う」


舞凪なぎか……華色の魔法で、泥棒みたいなことするなんて……」


 そう言ったリアンの顔にはしかし、微塵も罪悪感はうかがえなかった。

 

「あのあたりがいいかな」


 テルアの誘導にリアンも従う。


 舞凪なぎはただの高速移動魔法であり、あくまで移動なので、すり抜けなどはできない。

 逆に言うと、術者が物理的に通れる直線上でさえあれば、そこを飛び越えて移動することができる。

 

「でも、結界は?」


「張られてる結界はできそこないだから、いくらでもごまかしがきく」


 その返答に、ややうんざり気味にリアンが声を漏らす。


「……ほんと、そういうことだけは達者よね……」


「……そりゃどうも……」


 憎まれ口に乾いた礼で返したテルアが、銀色の魔法陣をリアンの頭上につくった。

 そのまま魔法陣を、リアンにくぐらせるように下ろしていく。

 

「……よし、いいぞ」


 リアンが自分の両手を眺め、体を見回す。

 

「……へー、すっご。自分でも魔力わかんなくなった」


「戦闘はできねえから気をつけろよ」


「おっけー、くぅ~! いかにも潜入捜査って感じ!」


「……おまえ、そういうの好きだったな、そういや……」


 呆れた口調で言ったテルアだったが、すぐに気を引き締める。

 

「よし、じゃあ行くぞ」


「うん!」


 少しの緊張と、大きなワクワクとともに、ふたりは館に侵入していった。

 

 初めての町、最初の一日は、まだ終わらない。

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