第39話 潜入、大魔導士の館

 ウブリの館は、町の中心地から一本ズレた大通りにある。

 ほかと比べると、あたりには緑が多く、自然をできるだけ残そうとしているのがうかがえた。

 二階建ての館の外壁には、あちこちにつるがからみついており、年季を感じさせる。

 

 リアンとテルアは、館の裏側にある大きな木の上で舞凪なぎを使い、二階の部屋の割れた窓から侵入していた。

 

 

 

「っと……問題なし、かな?」


 先に部屋に入ったテルアが、あたりを警戒しながらつぶやく。

 

「うん、潜入成功!」


 あとに続いたリアンが、浮かれた小声を上げる。

 なぜか今日で一番楽しそうな顔をしているリアンに、テルアが苦笑した。

 その後、ぐるりと部屋を見渡す。

 

「……この部屋は物置か……?」


 骨董品のようなものから、日用雑貨のようなものまで、乱雑に積まれている。


「だね……あれ?」


 同じく部屋を見渡していたリアンが、なにかに気づく。

 

「部屋暗いのに……なんかよく見えるね」


「さっきの魔法に、暗視の効果も付けてあるからな」


 不思議そうにしているリアンに、テルアがいつものしたり顔で答えた。

 

「ほんと、こういうことだけは……」


「時間がない、ほかの部屋へ行くぞ」


 愚痴っているリアンを急かし、テルアは物置らしき部屋を出た。

 

 

 

 館の中は思っていたよりきれいにしてある。

 おそらく町の人が手入れしているのだろう。

 

 部屋を出て、テルアのあとをつけていたリアンが、吹き抜けになった館内部を見回しながらたずねた。

 

「ところで、こんなとこに入ってどうすんの?」

 

「……は? おまえ、なにしについて来たんだよ……」


 軽く振り返ったテルアが、呆れた口調で聞き返す。

 

「え、や……だって、こんな楽しそうなこと、テルアひとりずるいじゃん……」


 リアンは、ばつが悪そうに言い淀むと、ぷくっ、と頬を膨らませた。

 その様子に、唖然としていたテルアであったが、

 

「まあ……おまえが楽しそうなら、それでいいよ……」


 呆れながらも、どこか安心したような声でつぶやいていた。

 

 

 

「ここかな……」


 あたりを警戒しながら、部屋のひとつに入っていく。

 そこは、書斎らしき部屋だった。

 

「やっぱり魔法書じゃん……」


 リアンがげんなりした顔で肩を落とす。

 

「そりゃ大魔導士って言うからには魔法書だろ……で、ユニアってやつの言ってた邪龍とか、遺跡とかの情報があるかもってので来たんだろ……」


「あー、なんかそういう繋がりあったわね……じゃ、手分けして探しましょ」


 急に冷めたように指示するリアンに、テルアはため息を漏らしながら、魔法書を漁り始めた。






「あ、ねえ! これじゃない!?」


 しばらくして、リアンがテルアに声をかけた。

 窓際にある、机の裏の隠しスペースのようなところから引きずり出したそれは、魔法書というより、日誌のような装丁をしている。

 

「……なんでそんなとっから本が出てくんだよ……?」


「隠し物っていったら、こういうのが定番じゃん!?」


 妙にテンションの上がっているリアンに、テルアが嘆息する。

 気を取り直して、リアンから本を受け取り、最初のページを開いた。

 

「……ふーん、そういうことね……。おっ、邪龍ってのについて書いてあるな!」


 目的のものが載っていることに、テルアもテンションを上げるが、

  

「……なんか難しいな」


 魔法書であればなんなく読めるテルアである。

 が、ただの日誌に近い形で、それも古い言葉で書かれていたため、テルアには理解しにくいものだった。

 

「……しょうがないなあ……やっぱり私がいないとだめなんだから」


 リアンがどこか愉しげに、テルアから本を取り上げながら言った。

 

「え、おまえ読めんの?」


 意外そうな顔をしたテルアに、リアンが自慢げに語り出す。

 

「私、これでも絵本は昔のも含めてたくさん読んでるし、ししょーから古語も教わってるから、結構いけるかもよ?」


 片手を腰に当て、胸を張り、誇らしげに言うリアン。

 

「へー……師匠って古語もできたんだ……」


「まあ、最初だけだけどね。ししょー教えるのヘタだし、ほとんど独学」


 一度はしっかりとカルミラのことを上げてから、ばっさりと落とし、日誌のような本を開く。

 

「えーっと、ああー……後半のほう少し破損してるから、そこは読めるとこだけね」


「わかった」


 テルアも本をのぞきながらうなずく。

 

 そして、リアンがテルアに翻訳するように読み始めた。

 

四天暦してんれき、一五〇年……今から三四〇年くらい前ね。”――シャリテの起こした闘争の余波がここにも迫っていた。邪龍・ケラヴノスが西方大陸北部を飲み込もうとしている――”」


「シャリテって……たしか前に師匠が言ってた、リアンの先祖だよな?」


「……うん。揉め事ってのを起こしたとかなんとか……」


 目を合わせたふたりが、六年前にカルミラから聞いた話と繫げながら確認する。

 思いがけない華色の手がかりに、緊張が増した。

 

「えっと……。”――疲弊した華色かしょくの隙を突くように、突如現れたケラヴノスは、瞬く間に空を闇に染めていった。華色は今、シャリテを止めるので精一杯だ。ケラヴノスに対抗できるだけの力を残しているのは、私しかいない――”」


 リアンが難しい顔をしながら解読していく。

 

「”――しかし私も年だ、完全に消滅させることはできない。よって、ケラヴノスを封印することにした。だが、いずれ封印術式にほころびが生じる。いつの日か、これが悪用されぬよう、ここに対処を記す――”」


 真剣な面持ちで集中しているふたり。

 リアンが次のページをめくったときだった。

 

「うえっ!? なにこれ……」


 そこには、古い魔法術式らしきものがびっしりと載っていた。

 

「おっ、ようやく俺の出番じゃん!」


 それを見たテルアが、ご機嫌な口ぶりでリアンから本を奪う。

 へー、ふーん、ほー、などと、ひとり楽しそうにぱらぱらとページをめくる。

 

 しかしすぐに読み終わると、

 

「あ、また難しい言葉に戻った……はい」


 急にスン、となり、ふたたびリアンに本を押し付けた。

 

「あんた……ほんとに読んだの? っていうか、なにが書いてあったの?」


「んー、封印の術式とか遺跡と館の構造とか……聞く?」


 リアンが変な生き物を見るような目で聞くと、テルアが妙にニヤけた表情で聞き返す。

 その顔だけで察したリアンは、あとでいい、とだけ言って続きを読み出した。

 

「えーと、こっからちょっと破損がひどいね。”――私はもう長くない。我が弟子、シャリテと……は強くなりすぎた。そして、あまりにも……を知らなさすぎた? いつかあの子たちが、……を願っている――”」


「ん? シャリテともうひとり弟子がいるってこと? なんかよくわかんねえな……」


「読めなくなってるとこ多いからね。仕方ないよ」


 そう言って、リアンが最後のページをめくる。

 

「”――あのふたりはおそらく、曼殊沙華まんじゅしゃげにも手を出す。そうなったら我々だけの問題ではなくなる。それを止めることができるのは――”」


 そこでリアンが固まった。

 本を持つ手が震えている。

 

「……どうした、リアン?」


 テルアが心配そうに声をかける。

 リアンは一度目を閉じ、深呼吸をすると、落ち着きを取り戻したように言った。

 

「……ごめん、読むね?」


 神妙な面持ちで、テルアも黙ってうなずく。

 

「”――それを止めることができるのは、桃色のスターチスだけだ。いつか、その力を持った華色が現れることを願い、別書にて、我が力を託す。――忘却ぼうきゃく御星みほし、ウブリ・エルトワール――”」


「桃色のスターチス……!」


 テルアが目を見開いて声を上げた。

 

「スターチス、ほんとにあるんだ……!」


 リアンも興奮気味に叫ぶ。

 頬を上気させ、ふたりで顔を見合わせた。

 

 次に繋がるような手がかりではなかったが、存在を裏付けるような記述に、歓喜するふたり。

 

「――で、別書ってのはどこにあるんだ?」


 もう待てない、といった表情でテルアが聞く。

 

「んー、ちょっと待ってね」


 そう言ってリアンが、ふたたび机を漁り出す。

 テルアも本棚のほうを探し始めた。



 

 

 

 

 しかし、しばらく探したが、その別書とやらは見つからなかった。

 

「うーん……ないね……」


「こっちも全部ハズレだな……」


 リアンはあちこちのそれっぽい隠し場所を当たり、テルアはすべての本に目を通していたが、空振りに終わった。

 

「まあ、そうそう上手くはいかねえよな……三四〇年も前のものだし」


「そうだね……」


 やや落胆の色を浮かべていたリアンが、窓から外を見てハッとする。

 

「やばっ、そろそろ夜明けくるよ!?」


「もうそんな時間か……」


 どうやら別書を探すのに思いのほか時間を使っていたらしい。

 急いで戻る支度を始める。

 

 準備のできたテルアが、日誌のような本をリアンに渡した。

 

「これ、もとの場所にしまっておいて」


「え? 持って帰らないの?」


 テルアの意外な言葉に、リアンが目を丸くする。

 

「こういうのは持ち出すと消滅する術式が組まれていたり、追跡とか別魔法の起動とか、いろいろとやっかいなものがくっついてるもんなんだよ」


「へー……さっすが魔法書マニア」


「マニア言うな」


 リアンが感心しながら本をもとの場所に戻す。

 

「っていうかさ――」


 と、振り向きざまに声を上げ、ずんずんとテルアの前に来た。

 すると、まくし立てるように、

 

「こういうイベントってさ、中盤終盤に起きるものじゃないの!? 私たちまだ町に来て一日目なんだけど!? 町の情報すら聞いてないんですけど!?」


「……は? ……なに言ってんだ、おまえ?」


 急に喚きだしたリアンに、テルアが意味がわからず聞き返す。

 

「町の人たちと力を合わせて、いっぱい情報を集めて、みんなで知恵を絞って……その末にたどり着くのがここじゃないの!? もっとこう、順序とか……いろいろあるじゃん!?」


 表情をつくり、抑揚をつけ、身振り手振りで訴えかけるリアン。


「おまえ、絵本の見すぎだろ……。敵も待ってくれねえんだから、先に手を打つ。なにもさせない。安全第一、これが現実だ」


「うぅー……そうかもしれないけどさあ……そうなんだけどさあ……」


 テルアの身も蓋もない言葉に、唸りながら、しゅんとするリアン。

 

「さっきまで喜んでたろ……」


「はぁ……。まあ、今に始まったことじゃないんだけど……。よし、帰ろ!」


 どうやらもとに戻ったらしいリアンは、ドアのほうへと歩いていった。

 そんなリアンを見て、テルアは深々と息を吐くと、

 

「…………」

 

 さきほど隠した本のほうを、じっと見つめていた。

 

 

 

 そうして書斎をあとにし、吹き抜けの空間に出たときである。

 なにかに気づいて立ち止まったリアンが、小声で言った。


「――テルア、人の気配」


「……!」


 ふたりのあいだに緊張が走る。

 潜入するために感知を抑えていたため、察知するのが遅れたらしい。

 すぐに視線だけで意志の疎通を行い、侵入者の確認をすることを決める。

 

 ギィ、と年季の入った音がしたのは、一階正面の入り口からだった。

 リアンとテルアは素早く身を隠し、入ってくる人物をうかがう。

 

 侵入者は足音を館内に響かせ、中央にある絵画の前で足を止める。

 月の明かりのもと、姿を現したのは――魔導士らしき老人と、フードを被った人物だった。

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