第40話 迫る影と淡い期待
リアンとテルアは息を潜め、二階の物陰から侵入者をうかがっていた。
突然の鉢合わせに、鼓動が早くなる。
「……小声なら大丈夫だ、防音の効果もかけた」
テルアが、入ってきた魔導士らしき老人とフードの人物を見て言った。
こういうときのテルアは、無駄に手際がいい。
「……いったん様子を見ましょう」
慎重に言ったリアンに、テルアも目を合わせると、コクリ、と黙ってうなずいた。
「計画は順調かね?」
館の壁に掛けられた絵画を見上げながら、魔導士らしき老人が声を上げる。
「ええ、問題ないわ。ケラヴノスの肉体の復元は、あと少しで終わる……」
その問いに、フードを被った人物が、絡みつくような女の声で答えた。
「ふふ……もうすぐだ、もうすぐあの肉体が私のものとなる……」
「本当に大丈夫なのかしら? あのケラヴノスの肉体を乗っ取るだなんて」
不敵に笑いながら言う魔導士らしき老人に、フードの女が怪訝な声でたずねる。
「すでに術式は完成している。このウブリの魔導書によってな」
そう言いながら、魔導士らしき老人は、一冊の本を取り出した。
「……っ! テルア、ひょっとしてあれが別書ってやつじゃないの!?」
静かに様子をうかがっていたリアンが、動揺して小声を上げる。
「……あれは……」
しかしテルアは、うろたえる様子はなく、ただじっとウブリの魔導書とやらを見つめていた。
その落ち着きぶりに、リアンはやや焦りながらも、ふたたび侵入者たちに視線を移す。
「へえ……。まあ、私としては町が滅んでくれれば、なんでもいいのだけれど」
フードを被った女がそう言うと、魔導士らしき老人が絵画に手を掲げた。
詠唱のようなものをつぶやくと、絵画の上に魔法陣が浮かび、ブゥン、と響く音を上げる。
すると、絵画と壁の一部が消え去り、隠し通路が現れた。
「心配はいらんよ。このときのために、七賢者どもを方々に散らばせ、生意気なレインバートを南西の果てへと向かわせたのだからな。もはや私の邪魔をできる者など、誰もいない!」
両手を広げ、高らかに言った魔導士らしき老人は、ゆっくりと通路へ足を進める。
「ならいいけれど」
そっけなく答えたフードの女も、後に続くように、隠し通路の中へ消えていった。
「テルア、どうする!? あとをつける!?」
リアンが慌てて立ち上がる。
「……いや、今日はここまでにしよう」
しかし、テルアはそれだけ言うと、冷静にあのふたりが消えていった隠し通路を眺めていた。
「……そうね。さすがにこれ以上は危険よね……」
悔しさの滲んだ表情で拳を握るリアン。
このまま後を追うには、さすがに情報が少ない。
「でも、さっきのが例の別書ってやつじゃないの……?」
その問いに、テルアは少し考え、リアンを見つめる。
「……なに?」
「……いや、なんでもない。帰るぞ」
そう言ってテルアは、足早に入ってきた部屋のほうへ向かっていった。
「あ、待ってよ。もう――」
◇
外は朝日がうっすらと見えそうになっている。
ふたりは宿屋に帰ると、今日の話の整理をしていた。
「あの二人、なんだったんだろう……?」
「話の流れから、ユニアってやつの言ってた邪龍を復活させようとしてるやつら、だよな……」
互いにベッドに腰を掛け、向かい合っている。
「問題は、あの別書が向こうの手にあるってことよね……」
「それについては問題ないと思う」
リアンが難しい顔をしていると、テルアがあっさりした声で言った。
「え? どういうこと?」
「んー……説明しだすと長いけど……聞く?」
怒られることを怯えているかのように、おそるおそるたずねるテルア。
しばらくそれを見つめていたリアンが、半目に睨みながら問う。
「……まかせて大丈夫なの?」
「……ああ、ケラヴノスについては問題ない」
それだけ確認すると、リアンは肩をすくめて息を吐き、
「わかったわ、そっちはテルアにまかせる」
しっしっ、と軽く手のひらを振りながら答えた。
「……いいのか?」
テルアがやや上目にたずねると、
「ウーニラスに襲われたときも、ししょーを助けたときも、ずっとテルアにまかせて、なんとかなってきたんだもん。そこんとこは信じてる」
リアンが妙にやさしげな口調で告げる。
意表を突かれたような顔をしたテルアは、一瞬の間を置いて苦笑すると、
「ああ、まかせとけ」
と言って、毎度の企み顔で答えた。
その表情を見て、リアンも安心したように笑みを浮かべる。
「――そうなると、問題はユニアちゃんのお父さんかあ……」
「だな……武器をつくってるってなら、一人とは限らねえ。複数の人質がいる可能性がある」
魔法のことが絡んだおかげで、テルアも話についていけている。
リアンが腕を組み、天井を仰ぎながら考えを巡らせた。
「大勢の人質の可能性……私たちだけじゃ手が足りないかもね……調査団ってのと協力がほしいかも。可能ならギルドからも。……どちらにしても明日、聞き込みね」
「だな……」
やはり情報収集という結論に達する。
怪しい二人に関しての相談が終わったところで、若干の沈黙があったのち、リアンがベッドに倒れながら聞いた。
「
「ウブリってやつの本に書いてあったやつか……、シャリテともうひとりのやつが手を出すとかっていう……」
「おかあさんはそれを知ってて、私にスターチスを探してって言ったのかな……」
リアンが独り言のように言った。
「……考えすぎは心を病むもとだぞ。今のところ、確定してる情報はほとんどない」
どこか気遣うように言うテルア。
「うん……。さて、宿屋の朝食まではもう少し時間あるし、それまで寝とこっか」
「だな。さすがに少しねみいわ……」
あくびをしながら、テルアもベッドに横になる。
今度こそ、本当に一日が終わろうとしていた。
そうして静かになった部屋で、少したったときである。
「……ねえ、テルア。ウブリって人、
「さあ……俺も意味まではわかんねえ」
互いに背を向け、ベッドに横になったまま話すふたり。
「ひょっとしたら私たちって、なにか関係あるのかな?」
「どうだろうな。そこらもあまり考えすぎるなよ」
「うん、わかってる。……ただ、そうだったらいいなあ、って」
最後は少しうれしそうに言ったリアンは、そのあとすぐ眠りについていた。
◇
翌日、リアンとテルアは宿屋での朝食を済ませると、早めに街に繰り出していた。
相変わらず街中は賑わっている。
ふたりは昨日に引き続き、いろいろな食べ物を漁ったりしながら、店の人から話を聞いて回っていた。
このロントリアの町は、大昔に邪龍を封印した魔導士が、遺跡を守るために居着いたのが始まりらしい。
魔導士はその後、弟子の育成をしていたが、地理的にも利便性が高く、しだいに商人や旅人が多く集まるようになっていったという。
カルミラから聞いていた話や、館に潜入して知った話とだいたい一致している。
ほかもある程度予想のついていたものだったが、ひとつだけ気になることがあった。
エルフの要人が来る、あるいはもう来ているというランテスタの首都についてである。
最近、首都からの物流が減っている、もしくは止まっているというのだ。
今のところ大きな影響は出ていないが、一部の食材や加工品などが品切れになっているという。
「どう思う、テルア?」
リアンが出店で買ったリンゴをかじりながら聞く。
「道中で土砂崩れでも起きたとか、そんだけの話かもしれねえしな……」
店を見回しながらテルアが答える。
「ふぉうだねぇ……昼はユニアちゃんと食べる?」
「いいけど、俺ら結構食ったぞ……? よく食えるな……」
「だって果物は別腹なんだもん」
すでに今日何個目かわからないリンゴをたいらげたリアンを、テルアは少し引きつった顔で眺めていた。
そんなこんなで、約束の時間の昼過ぎ、ギルドにやってきたふたり。
昨日、建物は遠目に確認していたが、実際に目の前に立ってみると、思いのほか大きく、ちゃんとした建物だった。
「へー……ギルドってもっとボロくて、荒くれ者がわんさかいるところかと思ってた……」
テルアがギルドを見上げながら、意外そうな感想を漏らす。
「どっから手に入れた情報よ……ここはあんたが想像してるようなこと以外にも、普通の仕事とかも紹介してる、ちゃんとした町の施設よ――」
リアンがカルミラから聞いたことを伝えていた。
ギルドの役割、歴史、意義などである。
実情を聞いて、しゅんとしたテルアが、扉の前で未練がましく聞く。
「この扉を開けたら、でっかい酒を持った冒険者が睨んでくるとか――」
「ない。きっと親切な受付のお姉さんに案内されるでしょうね」
「”おめえみてえなガキが冒険者だあ?”って煽ってくる、ハゲとモヒカンと、舌にピアスつけてナイフなめてる寝不足でクマがひどいガリガリのチンピラ三人組は?」
「絶滅しました。更生して健康になって、いまごろおいしいリンゴをつくる農家さんにでもなってるわね」
リアンの無情な言葉に、テルアがこの世の終わりかのような顔をして、大きなため息をつく。
「ほら、行くよ」
そんなテルアを置いて、リアンはギルドの中に入っていった。
「へえ……結構広いね」
リアンがギルド内を見渡しながらつぶやく。
受付の窓口らしき場所が十個ほど。
順番待ちの椅子やテーブルのほかに、ちょっとした食堂もあった。
「――今日はどうされました?」
ぼうっと眺めていると、本当に受付のお姉さんに話しかけられた。
「あ、えと……簡単な仕事もらいたいんですけど……」
「仕事ですね。あちらの窓口へどうぞ」
そう言って窓口に案内され、番号のついた板を渡された。
少し時間がかかるので待っていろとのことだ。
周囲を見渡し、まだ入り口の近くに突っ立っているテルアのところへ向かう。
「――まだ落ち込んでんの?」
げんなりしているテルアに話しかけた。
「……俺、生まれてくるの遅すぎたのかな……」
「……なに言ってんのあんた……絵本の見すぎはどっちよ」
なにやらバカなことを言っているテルアに、昨日の分を言い返す。
思っていたギルドと違うことが、よほど残念だったらしい。
そんなテルアに、リアンが呆れた眼差しを向けているときだった。
「あっ! おったん!」
食堂のほうから無駄に元気な声が聞こえた。
何度も人にぶつかりながら、リアンとテルアの前にやってきたのは、昨日約束したユニアだ。
が、今日はその頭の上になにやら乗っけていた。
「おはよ、ユニアちゃん。……ってそれは?」
リアンがユニアの頭の上に乗っているものを指さして聞く。
「こいつがうちの相棒なん!」
そう言って頭から降ろし、両手で掴んで掲げて見せたのは、猫のような使い魔だった。
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