第41話 猫の使い魔

 リアンは、目の前に掲げられた猫の使い魔らしきものを見て、きょとんとしていた。

 

 普通の猫よりは全体的に丸っこく、マスコットじみた印象を受ける。

 毛は水色をしており、体はユニアの頭にぴったり乗るほど小さい。

 もとからなのか、むすっとした顔をしている。

 

「……えーっと、使い魔よね?」


 念のため確認する。

 

「え? 使い魔? なんなんそれ」


 リアンの問いに、今度はユニアが、きょとん、と首を傾げた。

 雰囲気からして、使い魔を知らないらしい。

 

「んとね、その猫さんは使い魔っていって、誰かの魔法でつくられた、遠隔操作で動く動物さんみたいな感じかな? 知り合いの人の使い魔?」


 リアンがユニアにも理解できそうな例えで説明していた。

 

「動物みたい……? こいつは一週間くらい前に拾ったん」


「ひ、拾った……?」


 口をあんぐりと開け、信じられないといった表情で漏らした。

 知らない人物の使い魔を近くに置くなど、リアンたちにとっては自殺行為に近い。

 今までよく無事だったと感心するレベルだ。

 

「あのね、その子は危ないから――」


 そう言って使い魔を捨てるように言おうとしたときだった。

 

「待った……ここは人目につく。あっちに座ろう」


 テルアが後ろからリアンの肩をつかみ、顎で食堂のほうへ促した。

 さっきまでの落ち込んだ顔ではなく、なぜか真剣な顔をしている。


「え? 待ち時間はもうちょっとあるからいいけど……」


 リアンは、急に真面目になったテルアに困惑しながらも、使い魔を一瞥して了承する。

 雰囲気の変わったテルアに連れられ、リアンたちは食堂のほうへと向かった。

 

 





 ギルドの食堂スペース。

 リアンたちはその隅のテーブルを陣取っていた。

 もちろん、テルアが簡単な結界のようなものをつくっている。

 

 まわりが見やすいよう、壁側にリアンとテルアが座り、向かい側にユニアが座った。

 そして、ユニア側のテーブルの上には、使い魔がちょこんと座っている。

 

 注文を終えると、使い魔を見据えながら、テルアが切り出した。

 

「おまえ、喋れるよな?」


「「え?」」


 リアンとユニアが同時に驚きの声を上げる。

 それに対して、使い魔はむすっとした表情のまま、テルアと目を合わせていた。

 

 使い魔は、ちょっとした小物の輸送や、遠距離での会話、敵の索敵などに使われるのが一般的だ。

 喋る、というのは遠距離での会話にあたるが、難しい魔法であるため、使える者は限られる。

  

「どういうこと? ひょっとして、ソラみたいな感じ?」


「いや、ソラとは違う」


 ややうろたえながら聞くリアンに、テルアはあっさりと否定した。

 

「おまえ……喋れるんか!? すげ――!」


 ユニアがテーブルの上から使い魔を掴んで叫ぶ。

 すると、使い魔は一度ユニアをじっと見てから、テルアに視線を移し、

 

「なぜわかった。おまえ、何者だ?」


 喋った。

 少年のような声だった。

 

「おおっ、ほんとに喋ったん!」


「……」


 はしゃぐユニア。

 リアンは少し緊張した面持ちで、テルアの出方をうかがう。

 

「先にこっちの質問に答えろ。こいつ……ユニアについてなにをするつもりだった?」


 テルアが使い魔を睨みながら言った。

 使い魔は、テルアとリアンを品定めするように見ると、


「そこの女が華色かしょくか?」


 突然の言葉に、リアンが構える。

 

「――まて」


 攻撃態勢に入ったリアンを止めるように、テルアが手で遮った。

 

「え、テルア!?」


「こいつはなにもできないし、術者に情報が行くこともない。心配しなくていい」


 慌てたリアンとは対照的に、テルアは落ち着いていた。

 

「でも……」


「まかせとけって」


 焦るリアンをなだめるように、テルアが頼もしげな笑みを向ける。

 葛藤するように、テルアと使い魔の顔を交互に見つめていたリアンが、を上げるように嘆息した。

 

「はいはい……わかったわよ……」


 そう言って椅子の背にもたれ、腕を組む。

 半分ヤケになりながら、静観する構えをした。

 

 そんなリアンに苦笑したテルアは、表情を戻し、使い魔に視線を移す。

 

「ということで、さっきの質問に答えろ」


 テルアがそう言うと、ユニアが黙って使い魔をテーブルに置いた。

 なぜか期待に溢れた目をしているユニア。

 

 使い魔は姿勢よく座ると、ゆっくりと口を開いた。


「……この少女が華色を探しているようだったから監視していた、それだけだ。危害を加えるつもりはないし、おまえの言った通り、今の僕にそんな力はない」

 

「なぜ華色のことを知っている?」


 淡々と語った使い魔に、テルアも表情を変えずに問う。


「……それは言えない。が、おまえたちが本当に華色だというなら協力はする。ケラヴノスの件があるからな」


「ずいぶん物知りなようで」


「この少女が勝手に話してくれたからな」


 テルアと使い魔が、同時にユニアへ目線をやった。


「え? うち?」


「……俺らのことも聞かされたってわけか……」


 しくじった、というふうにため息をつくテルア。


「……どうするの?」


 黙って聞いていたリアンが、わずかに怒気を込めて聞く。


「まあ、実害はないと思う。悪意のある感じはしないし。とりあえずは協力者ってことで本題のほうを進めよう。人手は欲しかったしな」


 テルアが緊張の解けた顔で言った。

 

「はあ……ったく、次から次へと……」


 どうやらもう協力者認定してしまったらしいテルアに、リアンが頭を抱える。

 使い魔は魔法で出来ている。

 そして、魔法のことでもっとも信頼を置いているテルアがそう言っているのであれば、リアンに拒否する理由はなかった。

 テーブルに腕を置き、脱力して答える。

 

「りょーかい、そういうことにしときましょ」

 

「……えらく信用してくれるんだな」


 使い魔が意外そうに述べた。

 

「俺はそういうのがなんとなくわかる体質だからな。それに、俺らのことを知ってわざわざ出てきてくれたってことは、少なくとも敵に情報渡すつもりじゃないんだろ?」


 得意げな顔で言ったテルアに、使い魔は、フン、と顔を背けた。

 

「おお……なんか、わけありの者同士の会話って感じなん! うちもわけありの者を知るわけありの……わけありのー……なんかあれなん!」


 黙っていたユニアが、頬を上気させ、拳を握っている。

 妙におとなしくしていたのは、そういうことらしい。

 テルアと使い魔は、一番の当事者であるはずのユニアに、呆れた視線を向けていた。

 

「――で、あなた名前は? 情報を喋る気がないなら、せめて名前くらいは教えてよ? あ、その体でもボードゲームできる? ちょうど四人揃うんだけど」


 テーブルに肘をつき、肩手で頬杖をしながら、リアンが浮かれ気味にたずねる。

 こちらも、もう吹っ切れてしまったらしい。

 

「あっ、名前なん! 名前つけてなかったん!」

 

「……いや、相棒って言ってたよね……?」


 逡巡していた使い魔は、リアンたちの顔を一通りうかがうと、軽くため息をしてから答えた。 

 

「――レノウだ。とりあえずは、ケラヴノス復活の阻止に協力させてもらう」


「おおー、レノちん!」


 そう言ってふたたびレノウを両手で掴むユニア。

 

 そのタイミングで、ちょうど注文した料理もやってきた。

 リアンたちは昼食をとりながら、新たな協力者となったレノウと、改めて情報の整理をしていた。

 

 

 




「じゃあ、親父さんとは最近会ってないんだな」


 テルアはそう言いながらスプーンを置いた。

 

 ユニアによると、父親とはここ一か月くらい会っていないらしい。

 今はひとりで暮らしているという。

 お金も底を突き、途方に暮れていたとのこと。

 

 レノウが語ったのは、ほとんどユニアの話と被っていたが、ひとつだけ違ったものがあった。

 この町にいる魔法大辞典の制作者のひとりが、この件に関わっているというものだ。

 どこで得た情報なのか気になったが、ひとまず深入りはせず信じることにする。

 

 リアンとテルアは、昨日館に潜り込んだことは伏せつつ、自分たちの経歴も曖昧にしながら、今まで得た情報を共有していた。

 

 ケラヴノスに関してはテルアが担当するということ。

 怪しい二人がいること。

 ユニアの父親の救出が問題ということ。

 できれば協力者がほしいことなどだ。

 

「ってことで、まずはユニアちゃんのお父さんを探す方向でいきましょ。あと調査団ってのと」


 リアンも食事を終え、背にもたれる。

 

「おっけーなん! んっ――」


 ユニアはまだ食べていた。

 どうやら昨日のあれから何も食べていなかったらしい。

 

「……お気楽なもんだな」


 一同を眺めていたレノウが、皮肉っぽくつぶやいた。

 

「そう? 辛気臭いのより、こっちのほうが楽しいでしょ?」


 リアンが言葉の嫌味など伝わっていないかのように、レノウに向かって微笑む。

 それでも不満げなレノウに、リアンが、


「……私たちはね、とある人に、今の旅を――」


「――番の板をお持ちの方、どうぞー」


 なにか言いかけたところで、窓口から呼ばれた。

 

「あ、順番きた。ほら、テルア行くよ」


 テルアに声を掛けながら立ち上がる。

 

「ちょっとかかるかもだから、ゆっくり食べてて」


 ユニアとレノウにそう言い残し、リアンとテルアは窓口に向かった。

 

 

 

 窓口では簡単な書類に記入して、施設の利用法などを聞かされた。

 役割柄なのか、部外者にもやさしいところらしい。

 カルミラからもらった証書がここでも役にたった。

 

 基本的な流れは、張り出された掲示板から受けたい仕事を選び、窓口で確認、問題なければ受けられるというものだ。

 それぞれの仕事にはランクが設定されており、自分のランクより上の仕事は受けられないらしい。

 

「そうそう、こういうの! こういうのを待ってたんだよ!!」


 話を聞いていたテルアが、今日一番のテンションで叫ぶ。

 窓口のお姉さんが急に大声を上げたテルアに、驚いて固まった。

 

「あー……これはほっといて進めちゃってください」


 リアンが半目にテルアを見ながら、窓口のお姉さんに続きを促す。

 

 ふたりは証書によると、マナフェールの初等学院を出ていることになっているらしい。

 そのおかげで最初はCランクからスタートということだ。

 

 ランクはSからAと下がっていき、Dまであるらしい。

 Cというランクに、テルアが不満を言うかと思ったリアンだったが、

 

「おっけー、Cランクね。どうやったらランク上がんの?」


 むしろノリノリだった。

 

「ちょっと……私たちの目的はランクを上げることじゃないんだけど?」


「旅の資金は多いにこしたことはないし、ランクが高いことでやれることも増える。情報だって手に入りやすくなるかもしれないだろ? 信用とかも上がって偉い人から話聞けるかもしれないし、いざってときにランクが低くて困るかもしれないだろ」


「…………」


 本当にこういうときだけは舌が回る。

 実際はその気になれば、ランクなど関係なくできることばかりに、リアンは内心舌打ちした。

 ランクが上がって目立つほうが、リスクが高いことくらいわかっているだろうに、と。

 

 その後、一定の実績を上げればランクアップすることを聞き、諸契約の最終確認に進む。

 思っていたより簡単に終わった。

 

 

 

 無事Cランクで登録を済ませたふたりは、掲示板に張り出された紙を眺めていた。

 

 掲示板も何個かあり、今眺めているのは、腕に自信のある人向けの、魔物討伐や傭兵などの仕事だ。

 

「あっ」


 そんな中で、テルアが一枚の紙を手に取った。

 

「これにするか……」


 それは、町から南西の森に増えた魔物を討伐するというものである。

 

「別にいいけど……なんで?」


 疑問に思ったリアンが、理由をたずねる。

 

「……例の遺跡の近くだ」


 テルアが静かに言ったことに、リアンが顔をこわばらせる。

 

「仕事で行くってほうが怪しまれないだろ?」


「……そうね」


 指定ランクもC以上なので問題ない。

 資金調達しながら調査できるなら一石二鳥だ。

 ふたりはその仕事を受けるように、事を進めた。

 






 窓口での手続きが終わり、ユニアとレノウのところに戻る。

 さきほどの仕事の件を伝えると、ユニアはやる気に。

 レノウも、妥当なところだろうと了承した。

 

 今日もユニアの代金を払わせられ、寂しくなっていく財布を眺めながら、外に出たときだった。

 

 少し先に、大きな人だかりができている。

 

「なんだありゃ……」


 眉をしかめてぼやたテルアに、リアンが一瞬遅れて叫んだ。

 

「テルア! あれ、昨日の――」


 人だかりの中心。

 人々に手を振りながら、応えていたのは――

 昨日の深夜、ウブリの館にいた、魔導士の老人だった。

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