第44話 疑念

「と、突入作戦……? 敵さんの居場所、わかったんですか……?」


 リアンが緊張した面持ちでたずねる。

 さきほどこちらの事情を説明したとき、調査団の把握していることも教えてもらったが、それは今自分たちが持っている情報とたいして変わらなかった。

 むしろ、なぜ遺跡がこのあたりにあるとわかったのか、そんなに都合よく見つかるものなのか、と疑念を抱く。

 

「うちの副団長が発見してね。ケラヴノスのことも彼女が調べてくれた」


 ミナスがそう言ったところで、ひとりの人物が前に出てきた。

 

「――副団長のリーゼルトです。よろしくね」


 フードをかきあげ、顔を出したのは、少し妖艶さが漂う女だった。

 そのまま人のよさそうな笑みをつくり、リアンの前に手を差し出す。


「あ……よろしくおねがいします」


 慌てて挨拶を返し、握手をした。

 

「――きれいな魔力ね」


「え?」


 リーゼルトの言葉に、リアンが気の抜けた声を上げる。

 

「彼女は魔力感知や魔力を探る能力に長けていてね。今回の任務でもいろいろと助けてもらっている」


 ミナスが微笑みまじりで言うと、リーゼルトが照れたような表情を浮かべた。

 

「それほどではありませんよ。私は少しでもみなさんの役に立ちたいだけです――」


 そう言いながら、今度はテルアの前に立ったリーゼルト。

 

「よろしくね」


 男を惑わすかのような笑みを浮かべ、手を差し出した。


「……どうも」


 無愛想に返事をすると、慎重に握手に応じたテルア。

 リーゼルトの顔から、握った手に視線を移したテルアはしかし、どこか冷たい目をしていた。

 

「それじゃあ、明日の突入作戦に、きみたちにも参加してもらいたいのだが、いいかね?」


 ミナスが、ぱん、と手を叩き、リアンたちにたずねる。

 冷たい目のまま、ミナスを一瞥したテルアは、

 

「ああ、そういうことなら俺たちも手伝うぜ」


 切り替えたように、いつもの顔で答えていた。

 

「――なあなあ! うち、まだ握手やってないん!」


「あら、ごめんなさいね」


 手を上げてアピールするユニアに対して、リーゼルトが子供をあやすように、しゃがんで手を差し出した。

 目線がユニアより下になったリーゼルトと、手を握る。

 

「ふふっ、よろしくね。お嬢ちゃん」

 

「……なんか違うん。もっとフッ、て感じの強者の雰囲気漂うやつやりたいん……」


「……どこで覚えたのよ、そんなの……」


 リアンが呆れた表情でつぶやく。

 

 その後、挨拶を済ませたリアンたちは、明日の突入作戦について話し合いを始めていた。

 

 





 どうやら思いのほか時間がたっていたらしい。

 明日の打ち合わせが終わるころには、空は夕焼けに染まっていた。

 

 リアンたちは調査団と別れ、今は町に向かっている。

 結局、魔物は調査団の人たちが討伐してしまっていて、遭遇することはなかった。

 おかげでギルドからの報酬は見込めない。

 

「んー……テルアー、どう思う?」


 リアンがややぼかしながらたずねる。

 もちろん、調査団との話し合いについてである。

 テルアの様子から察してはいたが、正直かなり怪しいと思う。

 

 実際に遺跡の近くらしいところに来てみてわかったが、遺跡を隠している結界は別次元にレベルが高い。

 これはおそらく、ウブリとやらの結界魔法をそのまま使っているのせいだろう。

 それが、少し探る能力が高い程度の人間に見つけられるなど、どうしても考えられなかった。

 

 とはいえ、これ以上考えてもらちがあかない。

 こういう魔法が絡んだときは、テルアに丸投げしたほうがいいと、リアンの中で相場は決まっているのだ。

 

 と、返事が返ってこないことを不審に思ったリアンが、テルアのほうを振り返る。

 

「テルア?」

 

「――ん? ああ、そうだなあ……今日はみんなで泊まって、明日に備えるか!」


 そう言ったテルアの目は、はっきりと警戒の色を含んでいた。

 

「お泊り!? やるんやるん! あ、じゃあうちに来たらいいん!」


 お泊りという単語に反応したユニアが、目を輝かせてはしゃぐ。

 

「ユニアの家か……んじゃ、そうするか?」


 テルアが少し考え、リアンに目で意見を問う。

 

「……うん。いいんじゃない? ”段取りはテルアにまかせる”」


 同意しつつ、今後の行動についてまかせることを伝える。

 修行中、カルミラを倒すために、よくこうやって直接話さずに意思疎通していたことがあったが、それがいきる二日間だった。

 

「よし、それじゃ――宿屋で荷物回収して、ユニアの家にお邪魔するか」


 テルアの決定に、リアンとユニアが楽しげに声を上げる。

 レノウはただ、真剣な顔でそれらを見つめていた。

 

 

 


 そうして町に戻ったころには、日は沈んでいた。

 

 予定通り宿屋で荷物をまとめる。

 宿屋は七日分とっていたが、ユニアの家に転がり込むことにしたのでキャンセルした。

 少し損ではあるが、ギルドからの報酬がない今、ちょっとでも節約したいのである。

 

 途中で夕食を買い、ユニアの家に向かう。

 

 中心地から離れた閑静な住宅地。その中の一軒家だった。

 

「じゃーん! ここがうちの家なん! どうぞんなん」


 ドアを開け、ドタドタと家に駆け込んでいくユニア。

 

「へえ……結構立派な家じゃん」


 テルアがそう声を漏らしながら、目で先に入れと促す。

 

「……おじゃましまーす!」


 リアンが明るい声で入っていくと、テルアが後ろに続き、薄い結界のようなものをつくった。

 ドアを閉め、少し歩いたところで、

 

「……認識阻害の結界を張った。ぼかしてなら多少は話せる」


 テルアが後ろから静かに語りかけてきた。

 

 その言葉に、やはり監視されていたのだとわかる。

 尾行に気づいたことを、相手に察知されないよう振る舞っていたのだ。

 それでも、テルアがここまですることに、リアンも少し焦りを覚えていた。

 

「……どうすればいい?」


 ゆっくりと家の中に入っていきながら、テルアにたずねる。

 

「……明日、一回”仕分けする”。あとは合図送るから、そっからは全力でいいぞ」


 テルアは低い声でそれだけ言うと、にっと悪戯な笑みを浮かべた。

 すでに算段がついているらしい。

 

「……ったく」


 はあ、と息を吐き、テルアの笑みに、少しほっとするリアン。

 どんなに危険なときでも、どんなに不安なときでも、この顔を見ると、なぜか安心できた。

 いつもバカなことやってるくせに、こういうときだけ――

 

 なら、あとは自分が全力で応えるだけだ。

 

「――私も相当がまんしてるんだから、ちゃんと暴れる場所残しといてよ?」


 テルアと同じように、悪戯な笑みで返す。

 リアンのその顔に、テルアが少し遅れて、苦笑した。

 

「おう、頼むぜ」




 そんなやり取りをしながら、家の中に入っていくリアンとテルア。

 父親と離れているせいか、部屋はかなり散らかっていた。

 もっとも、それに関してはユニアの性格からも想像通りだったが。

 

 そのユニアの姿がないと思い、探していると、とある部屋で見つけた。

 

「あっ、ユニアちゃ……」


 声をかけようとして、目の前の光景に思わず息を止めた。

 額縁に入れられていた似顔絵らしきものに、手を合わせて祈っている。

 後ろから見える似顔絵は、女の顔のように見えた。

 

 そういうことだろうとは思っていた。

 母親が作ってくれたという華装機かそうきを大事そうに持ちながらも、話すのは父親のことばかり。

 花の魔力がないとはいえ、ユニアもまた華色かしょくの生き残りである。

 家族が全員無事、という可能性が薄いことくらい、覚悟はしていた。

 

 しばらく後ろで見守っていると、ユニアが気づいて振り向く。

 

「――わっ、ふたりともいつからおったん!?」


「……ごめんね。私たちもお祈りさせてもらってた」


 リアンは少し気まずそうに笑うと、飾られている似顔絵に視線を移してたずねる。

 

「……お母さん?」


「――うん、うちのかあちん。ずっと前に華色が襲われたとき……うちを産んですぐに死んじゃったって、とうちんから聞いたん」


 そう答えるユニアの目は、まっすぐ似顔絵を捉えていた。

 

「でも、悲しくはないん。うちにはこれがあるから――」


 背負っていた華装機を下ろして手に取ると、ぐっと握りしめる。

 

「母ちんのつくってくれた華装機で、父ちん守るん」


 いつになく、真面目な表情で言ったユニア。

 その目には、確かな意志の強さがあった。

 

 ああ見えてきっと、ユニアもたくさん泣いてきたのだろう。

 その目を、リアンはよく知っていた。

 

 寂しさを抱えて、たったひとつの拠り所にすがって、愚直にがんばってきた目。

 そして、大切な人を守るために、強くなってきた目だ。

 

「――そっか、ユニアちゃんも……。ごめんね、私のせいで――」


 ――コツンッ。


 そう言いかけたとき、テルアの軽く握った拳が、リアンの頭に触れた。


「ほら、また始まってんぞ。それ」


 リアンがハッとしたようにテルアとユニアを見る。

 

「悪いのは華色を襲った連中だろ? そのことですぐ自分を責めだす癖、まだ直ってねえよな」


「そうなん。リアちんは悪くないん」


 ふたりして、咎めるように言った。

 

「あはは……ごめんごめん」


 ばつが悪そうに答えたリアンは、気合いを入れ直すように自分の頬を叩くと、


「うん、明日はユニアちゃんのお父さん助けるんだもんね! 私たちも力を貸すよ!」


「ありがとなん! じゃあ、ごはんにす――るべっ!?」


 元気よく言ったユニアだったが、駆け出した瞬間、落ちていたゴミ袋につまずいて転んだ。

 

「ちょっ、大丈夫? ユニアちゃん……」


 リアンが慌ててユニアを起こす。

 その様子を見ていたテルアが、家の中を見渡しながら言った。


「……なあ、飯の前にこれ……片付けねえか?」

 

「……そうね、三人でやればすぐだしね」


 そう交わし、家主に聞くまでもなく、片付けを開始したリアンとテルア。


「え? ごはんは? 限られた者だけでやる真のシークレット作戦会議は?」 


「片付けが先。ほら、変なこと言ってないでユニアちゃんも手伝って」

 

 意味深なことばかりするふたりが、ただの掃除屋さんになってしまったことに、ユニアが絶望したようにつぶやく。


「……こんなの、うちの知ってる作戦決行前夜じゃないん……」


「いいかユニア、これが現実だ」


 そう言ってテルアが渡したのは、転がっていた掃除道具だった。

 目の前に迫った掃除げんじつに、ユニアが夢も希望も失ったような顔で、飾っている似顔絵を見つめる。

 

「母ちん……うち、がんばるん……」


 そんなわけで、明日の作戦を前に、三人は家の片付けから始めるのであった。

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