第45話 四人の夜

 最初はしぶしぶといった様子のユニアだったが、やっているうちにやる気が出てきたようで、一時間もしないうちに大方片付いていた。

 複数人でやる作業が、思ったより楽しかったらしい。

 

 そして現在、ユニアの家の一番大きな部屋で、来る途中に買ってきた夕食を広げているところだ。

 

「なあなあ! 作戦は? 明日の作戦は!?」


 ユニアが身を乗り出しながら聞く。

 

「……がんばれ、以上だ」


 浮かれたユニアの顔をちらりと見たテルアは、調子に乗らせないよう、そっけなく答えた。

 不満そうに頬を膨らませるユニア。


「またそれなん……テルちんいっつも魔法使ってなにか隠してるん……」


「……! おまえ、そういうのわかるのか?」


 ユニアの意外な洞察に、テルアが若干の焦りと興味でたずねる。

 

「なんとなくなん。魔力とかはわからないん」


 相変わらず気の抜けた表情をしているユニアを、テルアが訝しげに見つめた。

 

 これでもユニアは、華装機かそうきという武器をつくる家系の、華色かしょくのひとりだ。

 なにか特殊な力を持っていたとしても、おかしくはない。

 実際、父親はすでに敵に目をつけられ、捉えられているのだ。

 ユニアのこと、ケラヴノスのこと、そして、あの調査団――テルアは頭の中で考えを巡らせていた。

 

 ――少し保険をかけておくか。

  

 

 

「……なあ、テルちんって魔法得意なん?」


 なにやら難しい顔をしているテルアに、ユニアが不意を突くように聞いた。

 その特に他意はない問いに、テルアが半分無意識に返す。

 

「え? まあ……そこそこにはできるんじゃねえかな」


「本に載ってるやつ、全部できる?」


「できる」


 テルアの言葉に、ぱあ、と笑顔になったユニアは、大急ぎで別の部屋に駆け出す。

 

「――ちょっと待っててなん!」


「お、おい――」


 テルアの声も聞かずに飛び出したユニアは、ドタドタバタバタと音を上げると、すぐになにかを抱えて戻ってきた。

 

「じゃじゃーん! 魔法の本なん!」


「…………」


 ユニアが喜々として掲げた本を見て、テルアが露骨に嫌な顔をする。

 それは、今日の昼にも見た、”新魔法体系 流星”だった。

 

とうちんが帰ってこなくなるちょっと前に、買ってきてくれたん。華色を見つけたら、次はアルテって人を探せって、父ちん言ってたん」

 

「へー、大人気じゃん、アルテ様」


 少し離れたテーブルから、リアンのおちょくる声が飛んでくる。

 テルアは舌打ちをしながら、リアンを睨みつけた。

 リアンのほうは、ユニアの家にあった資料に目を通しているらしい。

 

「ったく……。で、なんでおまえの親父さんが俺……じゃないアルテってやつを探そうとすんだよ?」


 テルアが少し言い間違えそうになりながら、気まずそうな目を、ユニアに向ける。

 

「さあ? でも父ちんすごいうれしそうだったん」


「ふーん……」


 それがどういうことなのか、テルアはユニアの父親に話を聞いてみたくなった。

 

 自分の体質のことを、なにか知っているのかもしれない。

 敵に目をつけられるということは、それだけのなにかがあるはずなのだ。

 カルミラから多くは聞けなかったが、ユニアの父親からであれば、なにか聞けるかもしれない。

 

「うち、これやりたいん」


 テルアがそんな思索に耽っていると、ユニアが新魔法体系を開いて指をさした。

 

 例の空白のページである。

 

「……なんでこう、どいつもこいつも……」


 テルアがうんざりしていると、ユニアがさらに、

 

「ここには”どーすれぎあ”っていう、さいきょー魔法が載ってるはずなん。父ちんが言ってたん」


「”デュオスレギア”な」


「どうやるん?」


 めんどくさそうな顔をしているテルアに、ユニアがやけに真剣に聞いてくる。

 テルアは、しばらくユニアの顔を見つめて考えると、

 

「……魔法ってなんだと思う?」


「え? 魔法? んー……魔法!」


 ユニアの答えに、テルアは一瞬目を見開いて、やさしげな笑みを浮かべると、

 

「うん、おまえには無理だ。あきらめろ」


 ばっさりと言い切った。

 

「ええー!? いやなん。どーすれぎあ覚えてあいつらぶっ飛ばすん!」


「いや、おまえには母ちゃんがつくってくれた華装機があるだろ」


「でも、華装機だけじゃ父ちん守れないかもしれないん……。少しでも強くなりたいん。…………さいきょー魔法使ってみたいん」


「後半のほう本音漏れてねえか……」


 そう言ったテルアであったが、

 

「……だって、父ちんが……」

 

 やけにこだわるユニアを見て、ふと昔のリアンを思い出す。

 

 リアンもやたらと絵本の魔法にこだわっていた。

 もともとしっかりした魔法であったが、彩焔刀さいえんとう舞凪なぎは昔からずっと使っている。

 そして、絵本に書かれた最後の魔法は、あの一回だけだったが――

 

 

 

 ユニアが上目にチラチラとうかがってくる。

 困ったときの仕草までそっくりなことに、はあ、と大きくため息をしたテルアは、

 

「わかったよ……。そのかわり、絶対あきらめるなよ?」


「おお、さすがテルちん! やっぱりロマンがわかるやつなん!」


 ユニアは歓喜の声を上げ、テルアに魔法を教えてもらっていた。







 そんなテルアとユニアの様子を、リアンは穏やかな笑みで眺めていた。

 

 カルミラとソラと別れてから、こういう騒がしいのは久しぶりだ。

 テルアとふたりだけというのが不満なわけではなかったが、賑やかな空気への憧れのようなものがあるのかもしれない。

 

 ユニアを見ていると、妹がいたらこんな感じなのだろうか、と考えてしまう。

 

 テルアとユニアの騒ぎ声を聞きながら、資料に目を通すのは、家族の団欒だんらんのようで心地よく感じる。


 そんなことを考えていると――視界の端に動くものを感じ、ゆっくりと視線を移した。

 ストンッ、とリアンのいるテーブルの上にやってきたのは、レノウだった。

 

 

 

「おかえり、どこ行ってたの?」


 リアンの問いに、レノウは何も言わず、ただリアンの顔を見つめた。

 その行為に、リアンは疑問符を浮かべるように、軽く首を傾げる。

 ややあって、ああ、と声を漏らすと、おもむろにテルアたちのほうを向きながら、小声でレノウに語りかけた。

 

「……小声でぼかしながらなら大丈夫、テルアが認識阻害の結界を張ってる」


「……おまえらはなんでもありか」


 リアンの説明に、どこか呆れたようにも見える言い方で返したレノウ。

 そのまま小声で続ける。

 

「明日は敵のアジトに突っ込むというのに、ずいぶんと楽しげだな」


「昼も似たようなこと言ってたね。不満?」


 険しい表情のレノウに、リアンが横目にたずねた。

 

「べつに……ただ、よくそんなに賑やかでいられるなと……。おまえも華色なら、つらい思いのひとつやふたつ、してきただろう」


 その言葉にリアンは、そんなことか、と笑みをまじえてテルアを見つめる。

 

「私たちはね、探し物があって旅を始めたわけなんだけど……もうひとつ、別の目的があるの」


 レノウが静かにリアンのほうへ目を向ける。

 

「たしかにつらい思いはいっぱいしてきた。何度も泣いてきた。でも……だからこそ、この旅をね、うんと楽しいものにするって決めたの。テルアといっしょにね。それで、ししょ……カルミラ様と、そして――お母さんにね」


 そこまで言って、リアンはレノウの顔をのぞき込むようにして、

 

「私たち、こーんなにいっぱい楽しいことしてきたよ、幸せもたっくさんあったんだよ、って……伝えたいの!」


 にっ、と無邪気な笑顔で言った。

 

 その顔に、目を見開き、ほんの一瞬硬直したレノウ。

 すぐに目線を逸らして小さく息を吐くと、目を細め、弱々しくつぶやいた。

 

「おまえたちは、そうやって前に進んできたんだな……」


 思いつめるような顔をしたレノウに、リアンがやさしげな笑みを浮かべて聞く。

 

「レノウ君はいないの? 大切な人」


 その問いに、レノウはしばらく黙考していたが、なにやらバカをやっているテルアとユニアを見て、ゆっくりと語り始めた。

 

「――妹がいる。優秀な妹だ。ただ、僕が不甲斐ないばかりに、すべてを押し付けてしまった……。あいつを救ってやるまで、僕は死ぬわけにはいかないんだ……」


 真剣に語るレノウの口調からは、底知れない悔しさが滲んでいた。

 

「そっか……」


 それだけ言ったリアンは、同じくテルアとユニアを見つめながら、

 

「言ってくれれば、いつでも力になるよ。私たち、そのために強くなったんだから」


 リアンの言葉に、レノウは微動だにせず、少し間を置いてから答えていた。


「気が向いたらな……」






「――なあ! ボードゲームやろうぜ、ちょうど四人いるし」


 リアンとレノウがそんなやり取りを終えようとしていたころ、テルアが荷物を漁りながら言った。

 

「リアちん! レノちん! やろうやろう!?」


 テルアの口車に乗せられたらしいユニアは、魔法のことなど忘れ、ゲームに心を奪われている。

 

「おっ、じゃあ明日の作戦前に、いっちょやりますか!」


 リアンもノリノリで立ち上がっていく。

 

「――僕はいい、おまえたちでやっていろ」


 しかし、レノウはそう言って背中を向けた。


「……楽しいよ?」


 リアンが声をかけるも、レノウは振り向かずに部屋の外へと向かう。

 

 それなら仕方ないか、とレノウの背中を、リアンとテルアが黙って眺めているときだった。

 

「……レノちん、負けるの怖いん?」


 ピタッ、とレノウが開いたドアの前で停止した。

 

「「?」」

 

 リアンとテルアが、ユニアとレノウを交互に見て、顔を見合わせる。

 どうも効いているらしいレノウの様子に、ふたりは悪戯な笑みを浮かべた。

 

「そんなわけねえだろ、あいつは真面目だから――」


 テルアが、かばうような言葉を吐いたので、レノウはふたたび足を動かし始め――

 

「やったことがねーってバレんの恥ずかしいんだよ」

 

 ようとしたが、止めた。

 

「――あぁ?」


 レノウがドスの効いた声で振り返る。

 

「ちょっとテルア、レノウ君にもやることがあるんだから――」


 リアンがテルアをたしなめるように言う。

 フン、と鼻を鳴らし、レノウが今度こそ部屋を出ようと――

 

「ちゃんと逃げる言い訳させてあげなきゃ。気遣いも大事だよ?」


 したがやはり足を止めた。

 

「…………おまえら、どうしようもなく性格がひん曲ってるようだな……」


 ヒクヒクと顔を引きつらせ、敵意剥き出しの目を向けるレノウ。

 

「うん! よく言われる気がする」


 嫌味にも、しれっと笑顔で返すリアン。

 

「……なあレノちん……やろ?」


 しかし、最後にとどめを刺したのはユニアだった。

 ユニアのすがるような目に、レノウはしばらく見つめ合っていたが――

 

「一回だけだぞ……」


 大きくため息をして表情を崩すと、あきらめたように言った。

 

「――レノちん! さすがうちの相棒なん!」


 言いながらレノウを掴んで掲げるユニア。

 

「最初からそう言えばいいんだよ――」


 レノウが承諾したのを見て、テルアが手際よくボードゲームを広げる。

 

「じゃあ十回戦一セットね?」


「おい、僕は一回だけだと――」


「男に二言はねえよな? それともやっぱ逃げんの?」


「――吠え面かくなよ?」


「おおっ、レノちん本気なん!」


 そんなこんなで、結局やる気になったレノウとボードゲームを始め、それが終わるころには明け方近くになっていた。

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