第43話 調査団

 少し遅い出発だったが、日はまだ高く昇っている。

 はぐれないよう、ユニアを真ん中に置いて歩きながら、リアンたちは目的地である南西の森に入っていた。

 

 魔物が増えているという森なのだが、リアンたちに緊張感はうかがえない。

 あれからもずっと、他愛のない会話を続けていた。

 

「おいユニア、あんまり離れるなよ。今迷子になられるとめんどうだからな」


「うちをなんだと思ってるん……そんな子供みたいなことしないん」


 子供を扱うようなテルアの言い方に、ユニアが不満げな口調で返す。

 

「頼むぞ、ほんとに……」


 テルアはそうつぶやき、視線を少し上に移した。


「えーっと……レノウだっけ。おまえ、なんかいろいろ知ってそうだけど、何歳いくつなの?」


 切り替えたように、テルアが両手を頭の後ろで組み、親しげにたずねる。

 相変わらずユニアの頭上に乗せられているレノウは、テルアの顔を見据えながら黙考した。

 

「……別にいいじゃん、情報吐けって言ってんじゃねえんだから」


 テルアがめんどくさそうな顔で言うと、レノウは軽く息を吐いた。

 

「……十四だ」


「え? 俺らと同じかよ」


「ずいぶんしっかりしてるわね……どこかいいとこの学生さん?」


 テルアが意外そうに答え、リアンが感心すると、ユニアが、びしっと手を掲げた。

 

「はいはいはい! うちは十三なん!」


「「「え?」」」


 ユニアの放った言葉に、ほかの三人が同時に驚きの声を漏らした。

 

「それで……? もっと下かと思ってた……」


「まじかよ……」


 リアンとテルアがユニアを見下ろしながらつぶやく。

 

 ユニアの背は、リアンとテルアより頭ひとつ分くらい小さい。あるいはもっとか。

 華装機かそうきを変形させると、ユニアの背丈とほとんど変わらなくなる。

 なんなら華装機のほうがいかつい分、そっちのほうが大きく見えるくらいだ。


 なにより落ち着きのなさが、そうとは見えなかった。

 

「大丈夫、すぐにでっかくなるん。だからたくさん食べるん」


「……食べるのはいいけど、お金はちゃんと払ってね……」


 ぐっと意気込むユニアに、リアンが半目で忠告していた。

 

 

 

 しばらく森を歩いていたが、なかなか魔物に出会わない。

 不審に思ったテルアが、リアンにたずねた。

 

「反応もなし?」


「うん、なし。……非干渉型こっちは苦手だから抜けがあるかもしれないけど」


 リアンが難しい顔をして答える。

 

 テルアいわく、魔力感知には、干渉型と非干渉型がある。

 リアンが得意とする干渉型は、広範囲、高速、正確、というのが長所だ。

 反面、相手に察知されやすい、というのがデメリットになる。

 

 対して非干渉型は、相手に察知されにくいというのがメリットだ。

 しかし、相手に動きがないと感知できない、というのがネックになってくる。

 

「んー……相手が見えなきゃ俺もわかんねえからなあ……」


 テルアも難しい顔をして腕を組む。

 

 テルアの感知は、干渉型、非干渉型のどちらでもない珍しいタイプだ。

 相手がどこにいるか把握する必要があるが、相手に察知されず、動きがなくても探ることができる。

 ただし、強い相手に、というのは、まだカルミラやリアンにしか試しておらず、敵に対して使うのは慎重になっていた。

 深く魔力を探るというのは、それだけ危険を伴う行為らしい。

 実際、テルア自身もそういう探ってくる能力に対しては異常なほど敏感だった。

 

「やっぱりなにかあるのかなあ……」


 リアンがあたりを見回しながらつぶやく。

 

 テルアが言うには、このあたりに遺跡があるはずなのだ。

 それも、邪龍とやらが封印されているほどの大きな。

 

 だが、それらしきものは見当たらなかった。

 見えるのはひたすらに森と山だ。

 

 

 

 そうしてきょろきょろとしていると、リアンがあることに気がついた。

 

「……あれ? ユニアちゃんは?」


「は? あいつ……離れるなって言ったのに……」


 テルアが嘆息しながら表情を歪ませる。

 

「ん……?」


 そうしてテルアが下を見たとき、なにかに気づいてしゃがんだ。

 

「どうしたの?」


 リアンが声をかけると、テルアが小さな石のような物を拾って見せてきた。

 

「魔石……?」


「みたいだな……まだ新しい」


 テルアの言葉に、リアンが警戒の色を浮かべる。

 

 魔石が生成されるパターンはいくつがあるが、そのひとつが、魔物を討伐したときにつくられる物だ。

 動物が魔力を多く含む物を食べたり、高濃度の魔力にさらされたりすると、魔物化することがある。

 時間がそれほどたっていない場合や、魔力が小さい場合は、昔テルアがやったように、もとの動物に戻すことが可能だ。

 

 しかし、もとに戻せないほど魔力による浸食が進んでいる場合、完全に魔物と化し、死ぬときに魔石を残して、ちりとなって消える。

 

 まだ生成されて時間がたっていない魔石があるということは、ついさっきまで、ここに魔物がいて、討伐されたということを意味しているのだ。

 

 すぐに警戒態勢に入るふたり。

 

「――テルア」


 リアンが小声で呼びかけ、視線を左右に振る。

 その動作に、テルアもすぐに気づき、あたりの感知に入った。

 

 こちらが警戒し始めたことを、向こうも気づいたらしい。

 そのあとすぐ、まわりを人影が囲んだ。

 

 リアンとテルアは、一瞬だけ視線を合わせると、あらかじめ考えていた行動にでた。

 

「だ、だれ!?」


 リアンがわざとらしい声を上げる。

  

 リアンとテルアは背中を合わせ、刺激しないよう、相手の出方をうかがう。

 

「十人ってところだ。たぶん例の――」


 テルアが小声で言ったところで、ひとりのリーダーらしき人物が姿を現した。

 

 隠密用の魔道ローブを羽織っている。

 それがマナフェール王国で使われている物だということはすぐにわかった。

 リアンの感知が遅れたのはこれのせいだろう。

 

「君たち、ここでなにをしている?」


 リーダーらしき人物が言った。

 フードで顔は見えないが、声から女だとわかる。

 疑い深い声だが、どこかやさしさを含むものだった。

 

「あ、えっと、私たちギルドで魔物討伐の仕事を受けてきていて……」


 リアンがおどおどしながら理由を説明する。

 こういうときのために仕事を受けたのが功を奏した。

 

「ギルド……?」


 だが、どうやらそれだけではまだ疑いは晴れないらしい。

 リアンが迷いながらそっと横に視線を送ると、テルアが黙ってうなずいて返す。

 その返答に、リアンが怯えた様子を出しながら切り出した。

 

「あ、あの……私たちこういうものでして……」


 そのまま、カルミラからもらった証書を取り出す。

 

「……! 君たち、カルミラ様の孤児院出身なのか!」


「あ、はい!」


 急に声色がやわらくなったことに、リアンも安堵の表情を浮かべる。

 そして一度、まわりを囲んでいる人物たちをわざとらしく見回したあと、

 

「あの……みなさん、調査団の方ですか……?」


 少しカマをかけるようにたずねた。

 フードの奥から、鋭い視線を感じる。

 

「……よくわかったね」


 疑り深い視線をぶつけてくるも、証書のおかげか、あっさりと認めた。

 

「ししょ……カルミラ様から聞いていたので」


「なるほど、君たちが……そういうことですか」


 そう言うとリーダーらしき人物が、フードをかきあげて言った。

 

「――私はマナフェール王国調査団のミナスだ。今回の任務で団長を務めている」


「リアンです。ってさっきの見たらわかりますよね。こっちはテルア、同じ孤児院出身です」


 証書通りに答えると、テルアもぎこちなくお辞儀する。

 

「リアンにテルアか……して、カルミラ様はなんと?」


 ミナスは、テルアのほうを一瞥すると軽く会釈し、再度リアンに問う。

 すると、待ってました、というふうにリアンが、


「えっと……、『ロントリアで魔法大辞典の改変に関わった魔導士を調査している者たちがいるんだが……苦戦しているかもしれないから、おまえたち行って手伝ってこい』――と!」


 でっち上げた話を、渾身の笑顔で言い放った。

 実際には、絶対に邪魔をするなと言われていたのだが。

 

 さすがのテルアも、唖然とした表情を隠せない。

 

「……カルミラ様が……」


 顎に手を当て、考え込むミナス。

 

 さすがにそれはまずいだろう、とでも言いたげな顔をするテルア。

 一国の調査団に、初等学院だかなんだかを出たばかりの子供ふたりを手伝わせるなど――そもそもカルミラはここ数年、マナフェール王国にいなかったのだ。辻褄が合わない。そんな与太話を、調査団の団長が信じるわけ――

 

「よし、事情はわかった。君たちにも手伝ってもらうことにしよう! 人手は多いにこしたことはないからな」


 信じた。


「ありがとうございます! がんばりますね!」 


 ぱあ、と明るい笑顔を浮かべて答えるリアン。

 

「いやいや、待て待て……こっちから言うのもなんなんだけど、俺ら結構怪しいと思うんだけど……ほんとにいいのか?」


 逆にテルアのほうが訝しげにたずねた。


「ふむ……たしかに君たちは怪しいところが多い……。だが――」


 テルアの疑り深い目に、ミナスは神妙な顔をすると、


「私は昔、カルミラ様の部下として働いていたことがあってね。君たちからはカルミラ様のもとで働いていた者特有の、匂いのようなものを感じるのだ」


 そう自信満々で言ったミナスだったが、まわりの部下たちからは、ため息が漏れていた。

 

「え、匂い!?」


 リアンが慌てながら自分の体を嗅ぐ。

 

「心配するな、私の勘のようなものだ――」


 ミナスが笑いながら、そう言ったところだった。

 

「――はなせ! うちは怪しい者じゃないん!」


 二日目にして、もう聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「団長、近くで怪しい少女を――」


 部下らしき人物がサッと現れ、ユニアの首根っこを掴んだまま、ミナスに告げる。


「またか、今日はやけに――」


「あ、すみません……その子、私たちのつれです……」


 リアンは気まずそうに言うと、問題ない範囲で、これまでの事情を話していた。







「そういうことだったか……」


 ミナスが納得したように答える。

 

 リアンは、華色かしょくのことは伏せつつ、カルミラから命を受けここに来た、それでユニアと出会い――というていで経緯を説明した。

 

「お父さんと離ればなれに……さぞつらかったろう」


 ミナスがユニアを見つめて言う。

 

「……? とうちんは助けるん。だから大丈夫」


 ユニアのほうはよくわかってない様子だ。

 

「ところで君の頭の上にいるそれは使い魔か? どこかで見たことがあるような……」


 ミナスが目を凝らしてレノウに近づく。

 レノウはどこか青ざめた様子で、ただ顔を逸らしていた。

 

「こいつはうちの相棒なん。こいつと父ちん助けるん」


 ユニアが、まるで自分のおもちゃを守るように抱きかかえる。

 

「ああ、ごめんごめん。お父さんのことなら心配ない。明日にはすべて終わるはずだ」


 そんなユニアに、ミナスは力強く断言した。


「明日……?」


 リアンの不安げに問いに、向き直ったミナスが真剣な口調で告げる。


「ああ、今日の調査で、遺跡への入り口らしきところを見つけた。明日、突入作戦を行う」


 その言葉に、リアンが顔をこわばらせる。

 思いがけない展開に、テルアは、静かに目を細めていた。


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