第14話 また?

 その時自分でも驚くほどはやく動けたの。二人から離れなきゃいけないって。でも、意味なんてなかった。

 そのすごくはやいヤツは、私を鷲掴みにすると横方向に進路を変えて飛んだ。すごいはやさだ。

 うえぇ、な、なにか色々でそうっ。食べたお肉だけは守らなきゃ……。

 そして、ある程度距離が離れたのだろうか。いきなりポイと地面に転がされた。

 すぐに顔をあげる。目の前にいる竜は黒くなかった。少し細長い体は青く、まるできらめく水のような竜だった。


「私を食べたら、お腹壊してやるんだからっっ」


 私、何を言っているんだろう。そもそも竜って話せるの?

 その辺に転がっている石を掴む。武器になんてならないってわかってる。だけど何もしないでやられる私じゃないんだから。

 そんな様子を見ていた青竜は何事もなかったかのように口を開けてこちらに向かってきた。


「あぁぁぁぁぁ、ごめんなさい。やっぱり食べないでぇぇぇぇぇ!!」


 ピタリと口が止まる。

 え、また!?

 目の前に竜の口がある。今なら歯の数だって数えられそう。


「クサッ!! 何だこれ。うっわ。くそマズそう」


 …………ぷちっ。

 私の中で何かが切れた。


「誰があぶら臭くて不味いってぇぇぇぇぇ」


 持ってた石に私の全力をこめて鼻っ柱を打った。


「聖女の一撃(ver石)っっ」

「な゛っ。んなこといってな――」


 いい位置に当たったようで竜の顔が後ろに下がっていった。

 勝った。私は石をかかげ勝利のポーズをする。

 竜相手に勝ったもなにもないのだけど、その時はそうポーズしてしまったの。


「いってー!!」


 だって、ブレイドの時みたいにこの青竜ももんどりうってるんだもの。

 それから、それから……あっ…………。


 青色のつややかな長い髪、空を映す透き通った湖面のような瞳……の裸の男があらわれた。


 倒しますか?

 →YES

 →NO


 って、またかーーーー!!!!

 今日は投げつけるものがない。ものがないのよっ!!

 温泉とお肉で体がぽかぽか温まっていた私はマントをシルのところに置いてきていた。


「あぁぁぁぁ、隠しなさいよ。前っ」

「ん、おぉー」


 おぉーじゃなくて、もう何ポーズしてるのよ。

 こ、今回は倒れたりしないんだから。決して見慣れたとかではなくっ。お肉食べたあとだからお腹すいてないからだからっ。


「すっげ。竜化強制解除とか、アンタなにもん?」


 見た目に似合わないすごく軽薄そうな話し方をする男だった。だって、口を開かなければどこかの王子様でも通用しそうなんだもの。


「あなたこそ、何者よ」


 青い竜だっていうのはわかってる。わかってるけど、一応聞いてみる。


「ふぅん、赤い瞳。同じ感じがしたんだけどなぁ。オレがわかんないということは……っと」


 視線が私から外れる。私も青い男と同じ方向を見ると体の一部、背中の翼だけを竜化したブレイドが飛んでくるのが見えた。


「ブレイドっ」


 同じ食べられるなら、彼に食べられたい。それで少しはお礼になるよね……。私は必死に彼に手をのばす。


「あー、面倒くさいのがきてもたか。またもう一回くるわ」


 青い男が後ろでそう言ったのが聞こえた。

 ちょうどブレイドの手と私の手が繋がった時だった。


「エマはボクが先に見つけたんだからな」


 あ、えーっと、やっぱりどっちにも食べられたくないです。


「今日は諦めといたるわー」


 青い男が竜化しようと……した? 男の姿が消えそこには青い体の……、あれ?


「んー、あれ? なんでやぁ?」


 むこうも戸惑っていた。だって、目の前にいるのは先ほどの大きな竜ではなくて、抱き抱えられるぬいぐるみほどの大きさの丸い竜だったから。

 えーっと? なんだか、可愛い。これも私のあれのせいだったりします?


「しかも飛べないやと!! ええぃ、こうなったら人型でってあぁーーーー!?」


 青い丸い竜が叫び続ける。


「竜化がとけねぇぇぇぇだとぉぉぉぉ!?」


 ブレイドと私は顔を合わせる。

 笑っていい場面なのかわからないけれど自然に笑みがこぼれてしまった。


「エマ、立てるか?」

「うん」


 優しく手を引かれて立ち上がる。ドキドキする。元婚約者に指輪をもらった時よりもずっと強いドキドキ。こんな気持ちになるなんて私、この人のこと好きになってしまったのかな。


「どこか噛みつかれたりしてないか?」

「ぷっ、あははははは」


 聞くところ、そこなの? 食べられてないかの心配かぁ。

 私は思わず笑ってしまった。さっきまでの緊張が一気にとけた。


「あのね、ブレイド。私、食べられるなら他のは嫌だな。その時はちゃんと食べてね」


 だからだろう。ぽろっとこんな事を言ってしまうなんて。


「もちろん。言っただろ。どんな姿だろうとボクはエマを食べてやるってさ」


 それは、喜んでいいのか。悲しめばいいのか。

 どんな姿でもかぁ。私はでも、どうせなら自分が一番きれいだと思える姿で彼の瞳に映りたい。


「あ、でも食べられそうな時だから、えーっと、だからね……」


 やっぱり食べられたくない。だって、食べられてしまったらこうやって横にいることができないから。

 やっぱり私、ダイエット頑張るわ!! えーっと、食べられないように?


「おい、お前、聞いてんのか? さっきのヤツもう一回オレにしろよっ!! 今すぐだ!!」


 私が一生懸命悩んでいる最中、丸い竜がずっと何か叫んでいた。

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