第64話 近くて遠い

「それが今のエマちゃんやでー」

「わ、スピアー! 帰ってきたの?」


 ちょうど全部食べ終わってしまった時にスピアーは戻ってきた。食堂の椅子に座る私の膝の上にぺしょっとのってきた。もちろん小さくて丸い竜の姿だ。


「帰ってくるわ。そりゃー。あそこにエマちゃんおらんし」


 スピアーは、くぁーとあくびをする。なぜ私のところに帰ってきたいのか、いまいち理由がわからないけれど……。

 とりあえず、移動を手伝ってくれたからお礼をしておかないとだよね。

 ほんの少しの間だけ、ここにいることを許可しておこう。


「スピアー、今の私ってどういうこと?」

「んー。それはなぁー。呪いがなくなった、かな? エマちゃんにかけられてた太れって呪いはもうあらへん。だから、今のエマちゃんがほんまのエマちゃんや。そこから太るも痩せるもエマちゃん次第っちゅーことで、オレに細くしろー言われても、もう無理やでー」

「……そうなの!?」

「そうなんや」


 ルニアが面白そうな話だなとニヤニヤしながら聞いていた。

 これはつまりあれだよね?

 ルニアのダイエット作戦、ちょっとハードモード確定。


「あぁ……」


 私は肩をがくりと落とした。でも、いきなり太ったり痩せたりをしなくてすむようになったなら、良かったのかな。

 それにしても、どうやって呪いがなくなったんだろう。


「ねぇ、スピアー? ……って、寝てるし」


 聞こうと思ったのに、スピアーはすよすよと寝息をたてていた。起こすのも可哀想だし、起きるまで待つかなぁとそっと頭を撫でてあげた。


 ◇


「結局聞けなかった」


 スピアーってば、起きたと思えばさっさと飛んでどこかに行ってしまった。ルニアはだいぶ前に部屋に戻ったし――。先に彼女の部屋に行くとダイエットだーって言われそうだから、まずはブレイドに謝っておこう。そう思って、部屋の前にきてみたのだけど……。

 あの日の失態を思い出して少し気恥ずかしい。思い切ってノックをした。返事はなかった。


「いないのかな」


 そうだよね。忙しい人だからきっと外で――。

 ルニアのところに向かおうとブレイドの部屋に背を向けると、いきなりぐいと引っ張られた。次の瞬間、いないと思っていた彼の部屋の中に私はいた。


「ブレイド?」


 泣いていたのかな。ブレイドの目が赤い。


「約束守ったから。――守ったんだ。だけど、置いていかないで欲しかった……」


 また泣き出しそうなブレイドに私は戸惑う。彼はゆっくりと私の体を引き寄せた。顔に赤い髪が触れて、くすぐったい。

 これだけ近くにいるのに、すごく遠く感じるのはなぜだろう。


「ごめんね」


 恐る恐る腕を伸ばし彼を抱きしめる。大きい体が小さく思えた。

 彼もまた置いていかれたトラウマがあるのだろうか。

 全部の責任を負わされ、国に置いていかれた。


「ありがとう。頑張ってくれて。もう、置いていかないから」


 答えはこれで良かったのだろうか。私は心配になる。だって、食べられたくないならいつかはあなたと――。

 お互いに抱き合う力が強くなる。私は初めて自分の意思で彼へと口付けをした。

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