第38話 焼き菓子と記憶
「調味料に生活用品数点。人の姿に戻ると色々必要なものが増えていくよね。あとは何があったかな――」
頼まれていた物を思い出しながら買い物を済ませていく。ブレイドの国に残されていた資金があるかぎり買い物は出来るけれど全部なくなった後の事は考えていたりするのだろうか。毎日買い物に出るのも大変だと思うのだけれど。
とりあえず、皆が魔物になってほとんど使ってなかったから当分心配はないらしいけれど、私が次々と人に戻して行くと困る時が来るのかなぁ。
「これ美味しい!」
小さな焼き菓子店で見つけたお菓子を小袋から出して口にいれる。甘さはたぶん控えめ……なのだけど、最近果物とか味付けしないか薄味の食べものが続いたからすっごく甘く感じる。何これ、魔法!?
あ、頼まれていた物じゃないけどきちんとこれを買う許可はもらったよ? ブレイドが買っておいでって! ルニアとリリーの分もしっかり買ってるのよ。女の子の欲しいものの感覚はボクにはわからないからって。
けっして店の前でよだれをたらしたりしたわけじゃないからっ!!
歩き続けているとなんとなく見覚えがある景色が広がった。ここは追放の時通ったのかな? 街の真ん中を通る大きな道。まっすぐずっと先を見ればうっすらとお城が見える。私、あそこに住んでいたんだ。
ここで既視感を覚えた。小さな自分がお父さんに手を引かれてお城を眺めている。そこから左に曲がって少し歩けば――。
「エマ?」
ここだ。ここが私の本当の家。
門は閉じられ中に入る事は出来ない。でも、確かにこの場所で私は育った。
「ここがどうしたの?」
ブレイドが後からついてきてくれていた。買い物の途中なのに、私ったらぼーっとして……。
「ううん、何でも――」
「エマお嬢様っ!?」
年老いた女の人が私の名前を呼ぶ。どこか懐かしい声だと感じた。振り向くと白い髪がだいぶ多くなった薄茶色の髪の女がそこに立っている。
「あの……?」
私の顔を見て、老女は落胆した。そのまま、頭を下げて謝ってきた。
「すみません。人違いでした。知り合いに後ろ姿がとても似ていまして」
この人は、エマお嬢様と確かに言った。もしかして私の事を知っている人なの?
「どなたに似てるんですか?」
老女は私の顔をじっと見つめ首をふっている。私ではないとでも言いたげだ。
一歩一歩ゆっくりと老女は門に近付くと誰に聞かせるのかわからない呟きを始めた。
「エマお嬢様はあなた様と違って悲しい定めを負った瞳の色をしていました……。もともとこちらに住んでおられた夫婦の一人娘で、あなた様と同じ髪色の旦那様と奥様に愛されていました。わたしはこちらでエマお嬢様の面倒を見させていただいていた使用人です。あなた様はこちらの奥様に後ろ姿がとてもよく似ていて、ただ背が高かったのでもしかしてちょうど成長されていればこれくらいのお嬢様ではないかと……」
私の話だ。だけど、正体を言っていいものだろうか。今いるここは元婚約者の国。私を追放してしまうような国だ。何かの間違いでこの人が関係者だとわかりひどい目にあったりしてはいけない。
「夫婦やエマさんはどこかへお出かけなのですか?」
けれど、続きが気になって話を続けてしまう。
「はい。ずっと長い間。わたしはこの通り、足を悪くしてしまい……。エマお嬢様が大きくなられたのでたまに奥様のお手伝いをする程度になっていたのですが。ある日突然旦那様、奥様、エマお嬢様がこの屋敷からいなくなり、使用人たちもばらばらに。この街にいるのはわたしくらいでして」
老女は足に手を当てたあと私をもう一度見る。
「生きていらっしゃるのかどうかもわからないのにいつまでも待ち続けるのは良くないと奥様があなた様をここに寄越したのかもしれませんね。わたしももう年ですから毎日ここを通るのも難しくなってしまいましたし」
ずっと帰って来るのをまってくれていたんだ。私達家族を思ってくれる人がこの国に――。
少しだけ嬉しかった。私がしてきた浄化はこの人のためになっていたはずだ。全部無意味なんかじゃなかったんだ。
教えてあげたい。だけどお父さんお母さんがどうなっているのか私は知らない。エマはここにいるよ。けれどそれも知らせてあげられない。とても残念だけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます