第35話 崩壊の足音(聖女ナターシャ視点)

 ◆


 扉が開く。そこに立つのはわたくしの未来の結婚相手。


「ラヴェル殿下――」


 良かった。来てくれたのですね。わたくしの休んでいる部屋まで足を運んでくれるということは失望されたりしてはいないと思ってもいいのでしょうか。


「ナターシャ、どうしたんだい?」


 出会った日と同じ美しいラヴェルの笑顔。


 ◆


 この方と出会ったのは三年前。この国【ハヘラータ】の隣国【マクプン】が瘴気に包まれて少しした日でした。

 隣国が瘴気に飲まれたから次は隣接するこの国か、向こうの国かと騒がれていました。わたくし達に申請を出してくる国が次々と出るなかこの国だけ何も言ってきませんでした。


「私はかの黄金の国に決まりましたわ」

「あら、わたしだって――」


 赤い目を持つ女達が派遣場所へと赴く話をしています。そんな中、わたくしにはまだ話がきていません。

 それなりに力も強いはず。成績だって悪くない。だからわたくしは良いところへと呼ばれると信じていました。

 このままでは待っているのは居残り組のレッテル。

 役立たずは血を濃く残す為だけの管理結婚をさせられて、望まぬ子を育て一生を終えます。そんなつまらない人生なんてお断りです。


「【ハヘラータ】に数名連れて確認に行きましょう」


 申請のない国に不満を持った聖女の一人が声を上げました。

 そしてそれは認められ、わたくしはそのメンバーに立候補しました。最初は入ることができなかったけれど、選ばれたメンバーのうち体が弱い子に少し嫌がらせ……頼み込み交代してもらいました。

 私はその子と同じかそれよりも強い力なのに、弱い聖女達と同じ管理結婚をしなくてはならないなんて我慢が出来ないからでした。


 ◆


 それなりに栄えた国。それがついた時の印象。街で時おり見かける怪しげな路地。下までは豊かではないという事がわかる景色。

 ただ、上はかなりの豊かさが見て取れます。身に纏う物が美しく洗練されていて、宝石や金銀で着飾る人々。


「歓迎します。赤い瞳の聖女様達」


 要請をしないからといって私達と敵対するのはないでしょう。なぜなら、瘴気は皆平等の問題で聖女に頼めなくなるのは国の生死に関わるからです。だから、今歓迎の宴を開いてもらえるのです。

 わたくし達は列席者に負けず劣らずの衣装を着込み、目の色を強調させるように目元に視線を集めるメイクをし、小さな宝石の粒をあしらいました。


「ありがとうございます。美しく豊かな国ですね」


 メンバーで一番発言力のあるユーフィーが先頭をきりました。その間、残ったメンバーは辺りを確認します。そして、見つけたのです。あの人を――。

 透き通る光のように輝く金色の髪と氷のように冷たそうな蒼翠色の瞳。凛々しい目元には小さなホクロがあり、どこか憂いがある素敵な男性。

 王の隣に座る者。この国の未来。

 全員で向かえば覚えてもらう事は出来ないでしょう。何かよい手はないでしょうか。


 その時、わたくしは普段より感覚が鋭敏でした。この国にきてからまったく感じとれなかった瘴気の気配があったのです。しかも、とても近い場所で。

 気配まで感じ取れる事は皆に内緒にしていました。いよいよ管理結婚させられるという時の最後の切り札になるかもしれないと。


 私はそっと会場から抜け出しました。本当に目と鼻の先。城の中の一室から気配がしました。

 その中にヴェールを被った女が入っていきます。あぁ、なんと間の悪い女でしょう。そこはもう……。


 …………何故?


 消えていく瘴気の気配にわたくしは混乱します。この国に聖女は誰もいないはずなのに……。今目の前で起きた奇跡は聖女のそれで……。


 気がつけばわたくしはあの美しい王子の前へと連れていかれました。

 会場ではなく、王子とわたくし、ここへと連れてきた者だけの空間。


「どうしました? 赤い瞳の聖女」


 これはチャンスではないでしょうか。この国の秘密。赤い瞳の女は産まれればわたくし達のいるあそこに報告する義務があるのです。報告しなければ今後一切該当国への助力はしないという決まりがあるからです。

 野良女。血族を離れ、たまに現れる赤い目の女。ほとんどは力を持たないはずですが。稀に力を持つ者が現れるそうです。

 もちろんすべて把握は出来ていないだろう事は知っていましたがまさかこんなところで見る事になるとは――。

 目の前にいるのは赤い瞳の娘を報告していない未来の国王。


「あの、困り事はないですか? 例えばそこの部屋で瘴気が……」


 殺される心配などありません。聖女のいる場所ローズアイわたくし一人でも欠けて返せば何をするかわかりません。


 この国はわたくしを断る事が出来ないということは……。


「素晴らしい瞳の持ち主だね」

「え……」

「私も困っていたんだ。きっとあなたはそんな私に救いを持って現れた天使に違いない」


 美しい人が笑顔になるだけで心がざわつくなんて……。氷のように冷たい瞳に吸い込まれ戻れなくなりそう。わたくしは少しずつ彼に歩み寄ります。拒絶されず、腕の中に入ることができました。そう、これこそ、私の未来。

 まずは、あの野良女をどうにか追い出しましょう。この国の、わたくしの未来の為、ローズアイに気付かれる前までに始末を……。


 ◆


「殿下、連絡はつきましたでしょうか?」


 わたくし一人で抱えられる問題であれば良かったのに。この国の瘴気はすでに一人で抱えるには無理があるレベルでした。

 だから、サポートが必要です。一人ではわたくしより強い者でないとダメかもしれません。けれど二人ならば弱い聖女を選び頂点を譲らずに事を進める事が出来るでしょう。


 あの野良女、瞳の色がそれほど濃くなかった・・・・・・のに何故あの状態を浄化してこれたのか。相当の苦労をしていたのかもしれません。それこそ死にものぐるいで――。

 いいえ、そんなはずはない。

 美しくなく、怠惰で、食う寝るばかりの女であるとラヴェルは言っていました。きっと代わる前はこれ程瘴気が出ていなかったのでしょう。ラヴェルの言う通りならわたくしは何の心配もなく野良女となり代われると思ったのです。わたくしの方が強くて、美しくラヴェルの横に立つに相応しいはずだと。

 あぁ、弱い野良女ならあのまま始末させず我慢していれば良かったのでしょうか。

 けれど、野良女の存在が知られた時この国が終わる。それは同時に私の未来も――。


「あぁ、大丈夫心配ない」


 ホッと胸を撫で下ろし次の言葉を紡ごうとした時です。瘴気の気配がぞわりと背を走っていきました。

 今日はすでに三回。四回目……。もう無理です……。


「聖女様っ!! 瘴気が!!」


 連絡がきました。わたくしは助けを求めるようにラヴェルに手を伸ばし体を寄せます。ですが、彼から返ってきたのは――。


「――――ナターシャ、時間みたいだ。頑張ってきてくれ」


 わたくしは頷く事しか出来ません。

 このままでは死ぬかもしれない……。瘴気によって? それともラヴェルに――?

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