第116話 不思議な女の子

 がぶりと音はしないが、それくらいいい感じにラヴェルの腕に噛み付いた。ブレイドがくれるお肉で鍛えた顎だ。青竜にだって効くこの噛み付き。もちろん、ただの人間のラヴェルにだって効いた。


「いっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ぶんっと腕を振り回され、私は口を離す。だけど少し遅かった。あまりの勢いでそのまま木がある場所へとふっとばされる。

 ぶつかったら痛いだろうな。

 そんな考えがよぎったけれど、ぶつかったらすぐ走り出さなきゃと考え直す。

 背中が何かにぶつかる。思ったより衝撃はなかった。走らなきゃ。と、思ったのにぶつかった木は枝を前に出し抱きしめてきた。木がなんで!?

 後ろを見るとすぐ答えは出た。


「ブレイドっ」


 ぶつかったのは木じゃなくて、ブレイドだった。


「またお前か」


 ブレイドは怒った声でラヴェルへと話しかけた。


「その声、赤い竜か」

「エマに何かしようとすれば叩き潰すと言っておいたのにな」


 ラヴェルは腕を押さえながらニヤリと笑った。


「城ごと潰すか。いいぞ、ハヘラータの城を潰してくれて! 私はもうあそこに未練はない」


 あはははと笑い出すと、身を翻し走り出した。


「むしろ、潰してくれると助かる。エマ、今言ったことはすべて本当だ。今度こそやり直そう。迎えに行く!!」

「待てっ!!」


 待てと言ったけれど、ブレイドは追いかけてはいかなかった。ラヴェルもまた待つことなどなく走り去った。

 ブレイドが動かなかったのは、まだ動けるほど回復していないせいだろう。呼吸がはやく、汗もこめかみを流れていた。


「ブレイド、大丈夫?」

「うん、ごめん。怖い目に合わせて。エマも大丈夫?」

「私は全然、うん、大丈夫だから」


 そう言っても、足と手が軽くだが震えていた。私は止まるようにとペシペシ手を叩いた。


「ごめん、すぐ飛んで行きたいんだけど……」

「まだ、きつい?」

「少し場所を変えよう。そこでもう少しだけ」


 バサリと羽を出し、ブレイドは私を抱き上げる。

 少し飛んで移動して、またブレイドは座り込んでしまった。

 今まで見た事がないほど辛そうだった。


「やっぱり、探してきたほうが」

「駄目だ。またさっきみたいになったら」

「でも……」


 今まで何も考えず浄化してきた瘴気が、今ほど欲しいと思った事はない。

 もしかして、鍵の王がハヘラータの竜魔道具装置を全部の国に広げなかったのは、竜の為だった?

 瘴気は竜にとって命みたいなものだったのかな。


「そうだ。お父さんの本!」


 お父さんに渡された三冊の本。お父さんがあの装置のことなんかを書いていると言っていた。それに、竜魔石についてなんかも。

 もしかしたら、竜魔石から魔力を移したりする方法はないかと思いついて本を開いた。

 一番上にあった本は無事着いてから開いて欲しいと言われていたのを忘れて――。

 本を開くと中から光が溢れた。


「え、え? 何これ!?」

「エマ!」


 フラフラになりながらもブレイドが私を引っ張り腕の中に隠してくれた。

 本の上に小さな人影が見える。


「……えっと、どういう事?」


 小さな女の子がゆっくりと着地すると、きょろきょろとあたりを見回したあと、こちらへと手を伸ばしてきた。

 赤い瞳、青味のある銀色の髪のその子は私の服を掴もうとしてきた。


「お前は誰だ?」


 ブレイドが私を後ろに隠し、女の子の手が届かないようにする。女の子はポカンとしたあと、急に涙目になり、泣き出した。

 それを見て、私は急いで彼女を抱きしめる。


「大丈夫、ごめんね。いきなりこんなとこにきて、びっくりしちゃったよね」


 誰かはわからない。だけど、私は彼女を知っている気がする。


「……リア……」


 小さな女の子の手が私に届くとぽつりと彼女が呟いた。


「リア? あなたの名前?」


 女の子は首を左に傾けた。名前がわからないのだろうか。女の子は3つくらいに見える。


「エマ、大丈夫なのか。その子、赤い瞳だ。もしかしたらあの国の……、――――っ!!」


 急にブレイドが膝をつく。何か痛みがあるのか、流れる汗が増えていた。


「ブレイド!」


 手を伸ばし彼を支えていると、女の子は近付いてきて彼のおでこに自分のおでこを当てた。まるで頭突きみたいな勢いでしていたので、びっくりしてしまう。


「何をしてるの!?」


 女の子を持ち上げてブレイドから引き離す。彼女はなんだか顔が不満げだった。だけど、やっていい事と悪い事がある。小さいからって、具合の悪いブレイドに頭突きをするなんて許しちゃ駄目だ。とりあえず怒るのは後。ブレイドにダメージがないか確かめないと。


「ブレイド、大丈夫?」

「あ、あぁ――――」


 額に手を当てたブレイドは顔を持ち上げてこちらを見た。

 彼の顔からは辛そうにしていた表情が消えていた。

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