第40話 心強い味方

 人の流れに逆らい走る。今日はもう走れないって言ってたけどそれどころではないもの。


「ボクのところから溢れたのかもしれない。だから、うん、行こう」


 ブレイドはそう言ってくれた。私達で浄化してしまおう。

 そしてさっさと飛んで逃げてしまえばいい。元婚約者や聖女が来る前に。

 瘴気の対応は早ければ早いほどいいものね。

 街の人達は森に近い人ほど逃げ出していく。だから出口ではもう誰もすれ違わなくなっていた。

 よかった。これなら誰にも見つからず浄化出来そう。


 ここから出てほんの少し歩くだけで森がある。

 ただ、逃げたと思っていたのに森の入口付近に何人も男性がいて他の人が出入りしないようにしていた。

 どうしよう。普通にこんにちはーって言って森に入る?

 ……通してくれないよね。

 私達は聖女です!って言って? ダメダメ。

 逃げて下さいって伝えるとか!?

 きっとあの感じだと知っていて封鎖してる人達なのだろう。街の自警団とかそんな感じの……。


「ボクが行く。これよろしく」

「え」


 服を手渡され私は急いでその服に顔を埋める。

 ブレイドの匂いがする。って、違う!

 竜になるとき服を預かっている。それだ。裸を見ないように私は顔を隠しただけ!

 背中に大きな威圧感がした。それは上空へと飛び上がる。

 顔をあげれば、赤い竜が数人の男性へと向かい威嚇をしていた。

 さすがに体格差からだろう。どうせこの先には瘴気しかないと逃げ出す者しかいなかった。


 無事私の姿は誰にも見られず森へと入る事が出来た。ブレイドはというと、竜の姿のままでは動き辛いと元に戻る事にしたみたいだけれど……。突然戻るのは反則だ。私は急いで服を手渡した。

 買い物の荷物は持って行かないほうがいいかしら。まだ瘴気の気配がないところに置いていく。

 もう誰もいないだろうと変装用の眼鏡を外しこれも一緒に置いていく。ずっとつけてると耳が痛くて気配に集中出来ない。

 外して気配を探る。なんとなくだけれど向かう場所はわかった。


「これだけ近くにくればあとはわかるみたい」

「こっちか?」


 ブレイドが私の顔が向いてる方を指す。


「うん、行こう」


 濃い気配の方向へと向かって行く。ぞわりとする気配が広がった。

 もう噴き出し口が見えないくらい瘴気が濃く広がっている。

 ここにきた時はこんな気配なんてこれっぽっちもなかったのに。

 聖女の到着を待っていたら間に合わないのは明白だった。

 もうこの国の聖女ではないけれど、この国には大切な思い出やどこかで繋がりがあった人達がいる。


「お願い」


 指輪もないただの私としての力がどれだけなのかわからない。だけど、きっと今なら出来る。

 横では、私の力が足りなかった時手伝うよと言ってくれる心強い味方ブレイドもいる。

 心配なんてない。一人で構えなくていい。それだけで心に余裕が出来た。


 瘴気の中に入り中心へと向かう。噴き出している場所についた。私は祈る。どうか、消えますようにと。

 瘴気はすぐに消えた。噴き出していた穴だけを残してきれいさっぱりと。


 ふぅと息を吐きブレイドに顔を向けると笑顔で出迎えてくれる。


「お疲れ様」


 たった一言。本当に一言なのにそれだけで嬉しくなる。


「よし、急いで荷物をもって帰らないと」

「そうだね。さっきの人達も戻ってくるかもしれない」


 歩きだそうとして、気がついた。とてもとても小さな声。


「た……す……て……」


 人がいた? 見られたかもしれないけれどその声があまりに弱々しい子どもの声だったから放っておけなかった。


「エマ、こっちだ」


 先に気がついて探しだしたのはブレイドだった。

 私は急いでそこへと行くと少年が倒れていた。体の半分以上が人ではない何かに変わっている。長い毛の獣のようだ。

 私達に気がついた少年は見つけてもらった安堵からか己の変貌への絶望からか目を閉じてしまう。


「ごめんね、ブレイド」

「謝る必要はない」


 私は頷いて、少年へと手をかざす。

 今日はもうお手伝い出来なくなるかもしれない。けれど救う手があって、救える人がいるのに見捨てるのは私には出来なかった。

 もとに戻りますように……。


 少年は人の姿に戻った。死にそうな青い顔も血の気が戻った。


「良かった。でも、どうしよう」


 こんなところに寝かしておく訳にはいかない。だけど、私達がここから姿を出したら……。


「ボクが行ってくる。すぐに戻るからエマは荷物のところで座っておくんだよ。もし倒れそうなら先に横になっておくんだ」


 倒れる? あぁ、そうか。これをしたあとお腹が……。

 ぐぅぅ。うん、鳴ってるね。でも、倒れるほどではないのはなんでだろう? もしかして、ダイエットルニア教官のしごきが私を強くした!?

 は、それとも甘いモノ!? あれね。きっと!!

 甘いモノを食べれば倒れない。すごい発見じゃない? いっぱい甘いモノを食べれば……。だめぇぇぇぇぇぇ!!

 ダメよ、絶対にダメだからね? 私!!


 ブレイドが少年を抱えて走っていくのを眺めながら、私は荷物のところまで歩いていく。

 一個だけなら。一個だけなら……。

 気がつけば私の分のお菓子の袋は空になっていた。空腹感はおさまったけれど、とてつもない敗北感があった。

 あ、明日から気をつければ……。


 ブレイドが戻ってくる。


「似た匂いの男、父親かな? がこちらに向かってきていた。男が向かってる方向に寝かせて背負って帰って行くのを確かめた。他の人もくるかもしれない。出発出来そう?」

「うん。大丈夫」

「一気に上空で竜になるから背中にしがみついておいて」


 あ、うん。

 服はただの布を腰に巻いただけ。この背中にくっつく?

 行きは竜の姿に乗るのに苦労した。人の姿だから手は届くけどすごく恥ずかしい。でも、急がないと。

 ぎゅっと彼の首に手を回す。行きより重くなんてなってないよね?


「行くよ」

「はい!!」


 大空に飛び上がる。すぐに大きな赤竜の背中になった。

 地面が遠ざかる。森と街の間に何人か男の人がいた。逃げたと思った人達だけどまた森へと戻ってきていたのは子どもを探すためだったのかもしれない。

 子どもを背負った人も見えた。きっとあの子だ。無事再会出来たのかな。


 どうか、あの街に瘴気がもう出ませんように。

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