第60話 食べられたい人は?

 レトーはラヴェルをまっすぐ見据える。


「なぜここにいる……」

「それは陛下もでしょう? ここで何をされていたのですか? もう引退される身で、一人塔の上におられたはずですが……。まったく、まだ陛下に力を貸す人間が残っているのですね」


 婚約破棄の時に聞いた冷たい声。引退? 塔に閉じ込めた? この国を自分の物にするため?

 そんな事をしなくてもラヴェルは国を継ぐ事が決まっているのに、何故?

 レトーは、もしかして私の事でラヴェルを信用しなくなってしまったのだろうか。さきほどの話のなかでもそんな感じは確かにあったけれど。


「何も言ってくれないのですね。なら他の者にも確認しましょう」


 ラヴェルは私達を順番に見回す。そして、ルニアへと問いかけた。


「ルニア、数日ぶりだね。騎士団から抜けて行方不明だった君がここで何をしていた? ここに君がいるということは近くにエマがいるんだろう? どこに隠している?」

「…………」


 ルニアは王と同じく口を閉じたままだった。エマ? えっと、ここにいるのだけれど今は言わないほうがいいのよね。それにしても、この距離で本人がいるのに気が付かないなんて、どういう事。本当に私の事見てなかったのね。怒りで殴りたい衝動(パンチ力なんてないけど)にかられるけれど、剣の切っ先があごのすぐそこにあって口をあけるだけで当たりそうで私は口を閉じ続けた。

 スピアーは余裕なのかあくびをしていた。まあ、彼はいざとなれば飛んで逃げれるものね……。なんとかしてほしくてもこの状況では、ぶすりと串刺しされてしまいそうだし……。


「エマは死んだ! お前が婚約破棄しただろ! それでっ」

「嘘は良くないな、国に忠誠を誓う騎士団、元団長」


 ルニアの目の前に剣を突き立てられる。一瞬、頭に突き刺さったように見えて私は叫びそうになった。


「ルニ――」


 声で正体がバレる? 私は言葉を飲み込んだけれど、ラヴェルの興味が移ったようでこちらに歩み寄ってきた。

 顎を掴まれ顔を無理やりラヴェルに向けられる。


「陛下、いや前王は恐ろしい男だ。国が滅亡するというのに二人も聖女を隠し持つとは……」

「待て、その方は……」


 レトーは話そうとして口をつぐむ。王にしか語り継げない約束だからだろう。


「その美しさなら、私のもとで働かないか? ちょうど聖女をさがしていたんだ。色は薄いかもしれないが浄化は出来るだろう? 森の瘴気を消した赤茶色の髪の聖女というのは君の事だろう。私の婚約者になれば将来は王妃に……」


 どの口がそんな事を言うのだろう。私だと気がついてさえいないあなたが――。

 この話に乗れば私はもとの生活になって、太って、また婚約破棄される。わかりきっているのに、嫌だと答えられないのはルニアの目の前の剣のせいだ。断ればきっと、殺される。この状態ではどうしようもないのだ。


「私は……」


 頷けば、この後に待つのはラヴェルに人生を食い尽くされる未来。

 違う、この人ではない。私を食べるのは、私がこれからずっと一緒に戦っていこうって思うのは、もうこの人ではないのだ。


「……はもう食べられる人を……決めて……」

「は? 食べられるが何だって?」


 ブルブルと震えながら私は必死に言葉にする。


「私はもう食べられる人を決めています!!」


 叫ぶと同時に私のまわりを風が走り抜けた。

 それは私達だけを避け王子と王子の味方だけを薙ぎ払う暴風だった。


「エマ!!!!」


 金色の目の赤い竜が私の前に姿を見せた。次の瞬間私とルニアを鷲掴みしそれは上空へと舞い上がる。


「ブレイドっ!!」

「ごめん、間違いではなかった? 勝手にあいつらを薙ぎ払ってしまったけれど」

「間違ってない! いいタイミングだな。ブレイド。でも、何でここに!? わたしたち、何も言ってなかっただろ」


 そう、私達がここにいることは彼に伝えていなかった。なのにどうしてブレイドがここにいるんだろう。


「エマがいなかったから……」


 ボソリと言った後、ブレイドは反転して空中で止まった。

 私の顔が赤くなってる気がする。今、気がつくとしたらルニアだけだろうけれどかなり熱い。


「あの男がエマの元婚約者か?」

「え、あ、そう。なんにもなかった元婚約者!」

「そうか……」


 ブレイドからすぅーっと大きく息を吸う音がした。

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