第40話 越智後の竜
杉神兼平から最初の文が来て数週間後、
そこへ、
「……けし。たけし。武士?」
「わっ!? ……何だ、バサラか」
「何だ、バサラか……じゃねえだろ。ここ数日、元気ないじゃん?」
「別に、そんなことない」
ぷいっとそっぽを向いた親友をそれ以上いじめるのはかわいそうかもしれない。バサラは彼が凹んでいる理由を知りつつも、傷口に塩を練り込もうとしている自分を冷静に見ていた。
しかし、告げないわけにはいかない。バサラは軽く肩を竦めると、
「明日らしいな、杉神様が来るの」
「……ああ」
「姫は師匠だって言ってただろ? そんなに落ち込むことないだろうに」
「落ち込んでるわけじゃない。ただ、これから西側騒がしくなるだろうって思ってただけだ。蒙利がまた動き出したら、こちらも迎え撃たないといけないから」
「そういうことにしといてやるよ。本を読む手、完全に止まってたぞ」
「――っ」
カッと顔を赤らめた
手のひらに乗るサイズの小さなものだ。紙に包まれたそれを受け取り、
「何だ、これ?」
「開けてみろよ」
「……? これ、饅頭?」
目を
「それ、和姫がくれたんだ。オレと
「和姫が……」
先程までの顔とは打って変わり、
その表情の変わりようが可愛く見えて、バサラは腹を抱えて笑ってしまった。
「あっはっはっ」
「笑い過ぎだろ」
「だってお前……ウケる……わかりやす過ぎる」
「……戻る。ここにいたら、おれまで変な奴だと思われかねない」
「あ、失礼だなそれは!」
途端すんっとした顔になり、
そんなことがあったのが、昨日のこと。
翌日、
「……
「へ? 嫌とかそういうわけじゃ」
「それにしては、眉間にしわが寄っている。気になるだろうが、心配せずとも呼ばれるはずだ」
「呼ばれる?」
「ああ。あの方は和姫様に会いに来るのだろう? ならば、十中八九お前たち二人が呼ばれる。案じなくても良い」
「あ、はい」
何処かズレた指摘に頷き、
光明は
そうして時が過ぎ、場所を変えて剣術の鍛錬をしていた
「そういや、小四郎さんたちはもう床上げしたってな」
「ああ。今朝、克一さんのところに挨拶に来てた。克一さん、男泣きしてて大変だったな……。小四郎さんたちが慌ててたけど」
「それ、立場逆じゃないのか?」
「――いた。
「「――っ!?」」
木刀をあて合いながら喋っていた二人は、突然声をかけられそちらの方向を振り向く。廊下からこちらを見下ろしていたのは、和姫おつきの梅だった。
「梅さん、どうかなさったんですか?」
「姫様がお二人を探しておられます。杉神様もおられますので、姫様のお部屋に行って頂けますか?」
「すぐ行きます」
梅の言葉に被さる勢いで
立ち去る梅を見送り、バサラは苦笑を漏らす。
(ありゃ、梅さんに
「バサラ? 行くぞ」
「ああ」
バサラがそんなことを思っているとはいざ知らず、
「失礼します。和姫?」
「
「失礼……。あなたは」
「初めまして。きみたちが、和姫殿が呼び出した
「は……はい」
「宜しくお願いします、杉神様」
和姫と向かい合って座っていたのは、女性かと見紛う程美しい人だった。細面で整った顔立ちに、妖艶な魅力さえ漂う切れ長の目が印象的だ。女装していても違和感はないだろう。
動揺した様子の二人に対し、和姫は微笑みながら兼平を紹介した。
「綺麗な方ですよね。杉神様は女人でありながら、一国をまとめ上げる力を持った武将なのですよ。それでいて、わたくしの夢見の師でもあります」
「……女人?」
「え、女の人!?」
「そうだよ」
明らかに狼狽える二人の少年の反応を面白がりながら、兼平は「改めて」と姿勢を正した。
「私は杉神兼平。豊葦原でも数少ない、女の領主なんだ」
「「ええっ!?」」
二度目の叫びを聞き、兼平は楽しそうに微笑んだ。
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