第13話 城下での出会い

 武士たけしが所謂城下町へと下りると、朝早いからこそ市場では威勢の良い声が響き渡っていた。早朝に仕入れられたらしい魚の美味さを説く男の声が聞こえ、更に大きな声で品物を買う何処かの店の者の声もする。


「相変わらず、活気があるな」


 市場の傍を通り過ぎながら、思わず武士たけしは呟く。市場では魚だけでなく、菜っ葉などの野菜や果物を売る店が軒を連ねている。しかし梅に頼まれたのはそれらではなく、彼女の馴染みの男がやっている小さな布生地を売る店だった。

 その店は家々が連なる路地の端にある。


「いらっしゃい」

「おはようございます、おじさん」

「ああ、武士たけしくんか。梅ばあさんからのお使いか?」

「ええ、そうです」


 藍色で染められた暖簾をくぐり、何度目かのお使いで顔馴染みとなった店主と言葉を交わす。店主も慣れたもので、注文を使えるとすぐに梅が欲しがっている生地を幾つも用意してくれた。

 生地は大きく分けて紅花で染めたという真っ赤なものと、薄紅色に染められたものだ。

 和姫の着物を作るための生地を所望する梅が、何故か武士たけしに白羽の矢を立てたのは昨日の夕刻だった。その理由を武士たけしは尋ねたが、梅は無言で微笑むばかり。仕方なく梅の命令に従い、武士たけし自身がどの生地が良いかを決めることになっていた。


(おれに女の子の服の生地を決めさせるなんて、梅さんは何を考えているんだか)


 そんなことを考えながら、武士たけしは二種類の布地を選んで会計を済ませた。布地は館の針子たちが着物に仕立ててくれるはずだ。

 風呂敷に包まれた布地はある程度の重さがあり、武士たけしは早々に館へ戻ろうときた道を戻る。しかしその途中、信じられないものを目にして足を止めた。


「……人?」


 道の真ん中に、自分より少し年上の青年がうつ伏せに横たわっていた。通行する人々は彼を避けるように遠回りをして道を歩いて行く。誰一人、彼に声をかける者はいない。

 そんな中、武士たけしは真っ直ぐに青年に向かって歩いて行った。彼の傍に膝をつき、口元に手の甲をあてる。呼吸が感じられ、ほっと胸を撫で下ろした。


「あの、大丈夫ですか?」

「う……」


 見た目からして全く大丈夫ではないが、これ以外の適当な問いかけが思いつかないのが申し訳ない。

 武士たけしがそんなことを思いながら青年の肩を揺すると、彼は眉間にしわを寄せて呻き声を上げた。どうやら、意識はあるらしい。


「あの、おれの声が聞こえますか?」

「う……。あ、ああ」


 青年は両腕に力を入れてわずかに身を起こすと、武士たけしの顔をぼんやりを見詰めた。それを見て、武士たけしはゆっくりとした口調で問いかける。


「よかった。あの、怪我をしたんですか? 何処か痛いですか? それとも」

「……腹、減った」

「――え?」


 バタンと音をたてて、青年が気を失う。

 武士たけしは思わず問い返したが、青年からそれ以上の返答は得られない。まさか行き倒れに出会うとは、と唖然とした武士たけしだが、原因さえわかればすることは一つ。


「よっ……と」


 身元不明の青年を背負った武士たけしは、よろよろとした足取りで近くの飯屋に入った。そこは武士たけしやバサラが城下に下りた時によく立ち寄る飯屋で、山盛りの麦飯と焼き魚等の定食に近い食事を出してくれる。現代日本で食べ慣れた味に近いこともあり、二人共お気に入りなのだ。


「いらっしゃい!」

「お一人……ではなさそうですね?」

「あ、二人でお願いします」


 威勢の良い声に引きずられ、武士たけしは少し声を張った。

 何度か挨拶したことのある店の青年は、武士たけしが同年代の青年を背負っていることに驚いた顔を見せる。しかし客商売に慣れているためか、声に出すことなく武士たけしを個室に案内してくれた。


「ほら、起きて下さい」

「ん……。何か、良い匂い?」

「飯と味噌汁、あと煮魚と菜物です」

「飯……っ」


 がばっと起き上がった青年は、箸を取るやいなや「いただきますっ」と高速で箸を動かし始めた。それからは、みるみるうちに皿の上から料理がなくなっていく。

 武士たけしは唖然とその様子を見ていたが、自分のものも食べられそうな勢いを察して我に返った。彼の前にはおにぎりが二つと味噌汁があるだけだったが、温かい茶を飲んですぐにおにぎりに手を付けた。


「……ふぅ」


 しばらく無言で食事をしていた二人だったが、青年が一息ついたことで武士たけしも手を止めた。丁度、味噌汁を飲み終わったところでもあったのだ。

 改めてじっと青年を見た武士たけしは、彼の容姿端麗さに舌を巻く。バサラも整った容姿をしているが、青年は中性的な美しさをも兼ね備えていた。只今は、がっつく同年代の青年にしか見えないが。


「あの、落ち着かれましたか……?」

「ああ。すまない、迷惑をかけてしま……いました」

「いいえ。元気になられたならよかったです」


 すまなそうに頭を下げる青年に、武士たけしは苦笑を交えて軽く手を振った。


「おれも腹減ってましたし、この店に入れたので。ですから、気にしないで下さい」

「本当に助かった。礼を言う」


 青年は武士たけしにもう一度頭を下げ、顔を上げてから懐を探った。そこから取り出したのは、使い古された小さな巾着袋だ。


「幾らだ? 自分で食べた分は払わせてくれ」

「え? えっと、じゃあ……」


 武士たけしが値段を言うと、青年は巾着袋から銭を出して机に置く。それを目で数えた武士たけしは、量が多いことに気付いた。


「多いですよ。幾らか返します」

「それは、お主への迷惑料とでも思ってくれ」

「でも」

「良いから。……初めて一人で別の国まで来たが、家人を誰か連れて来るべきだったな」

「え?」

「いや、何でもない」


 青年は軽く首を横に振ると、席を立った。


「お主は命の恩人だな。……わたしの名は、秋成あきなり。名を訊いても?」

「あ、おれは武士たけしです。秋成さん、もう行かれるんですか?」

「ああ。待ち合わせをしているのでね。そこへの地図はあるから、迷うことはない。武士たけし殿、また縁があれば会えるだろう。――本当に、ありがとう」

「いえ。お気を付けて」


 颯爽と去って行く秋成と名乗る青年を見送り、武士たけしは彼が何処かの国の良い家の息子なのだろうと見当を付けた。初めて烏和里に来て、道に迷ったに違いない、と。


(また、何処かで会えると良いな)


 呑気にそう考えて、武士たけしは代金を払って店を出た。その足で館へと戻り、梅に布地を手渡す。

 梅は武士たけしが選んだ布地を「良いものですね」と褒め、早速針子を呼んでいた。一両日中には、新たな着物が和姫に届けられることだろう。

 武士たけしは秋成との出逢いを鍛錬から戻ったバサラに話しつつ、課題として届けられていた光明の書物に目を通していた。


 まさか、意外な場所で秋成と再会するとは思いもせずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る