第3章 守りたいもの

ひとときの平穏

第12話 新たな決意を胸に

 蒙利もうりとの戦を終え、烏和里おわりの国はひと時の平穏を取り戻していた。

 初陣を果し、武士たけしは己の無力を酷く痛感することになった。ギリギリの判断で蒙利の手の者を討ち果たすことには成功したが、一歩判断を間違えればバサラをうしなっていたかもしれない。

 武士たけしは軍師としての勉強に加え、毎朝バサラと木刀での稽古を積むことにした。頭だけで戦うのではなく、己の手で守りたいものを守る強さが欲しいと願うようになっていたのだ。


「今日もお願いするよ、バサラ」

「勿論。だけど、お前も変わったよな」


 稽古を始めてから一週間が過ぎ、武士たけしはようやく木刀を真面まともに自分の思い通りに扱えるようになっていた。最初、木刀を振ろうとすると自分の体が持って行かれていたが、かなりの進歩である。

 軽い準備運動がてら素振りをする武士たけしに対し、バサラは肩を竦めて笑った。それに対し、武士たけしは素振りを止めて首を傾げる。


「……そうかな」

「そうだよ。最初は、刀を握ることすら拒んでいたお前が、自ら刀を持ちたいって言い出したんだからな」

「確かに。この国に来た頃のおれからは想像も出来ないけど……あの初陣で経験したことが大き過ぎた」

「……」


 武士たけしの語る言葉を、バサラは真剣な顔をして聞いていた。幼馴染である武士たけしとの付き合いは長いが、彼が誰かを傷付けることで何かを守る選択をする場面に出会ったことはない。

 バサラがそんな感慨にふけっているとは知らず、武士たけしは自らの汗が染み込んだ木刀を天へと振り上げた。昇ったばかりの太陽が眩しい。


「おれは、この国で軍師になる。だけどその前に、己も守りたい人たちも守れる武士でありたい」

「なら、オレは武士たけしよりも強くなる。お前と競えるなら、どこまでだって行ける気がするんだ。だから、武士たけしが軍師として進むなら、オレは将軍を目指してやんよ」


 真っ直ぐに木刀の切っ先を武士たけしに向け、バサラは快活に笑う。親友がもっと先を目指すというのなら、負けられない。

 負けられないのは武士たけしも同じで、天へ突き立てていた木刀をバサラのものにあてる。ゴンッと鈍い音がした。


「将軍って言うけど、この世界には幕府はないのかな。あるなら、将軍にはなれないぞ? なっても侍大将とかか?」

「群雄割拠だって聞いたぞ。政府も幕府も朝廷もない。あるのは、獲物を今か今かと待ち構えて首を牙で貫く獣の巣窟だけだとさ」

「獣の巣窟……。その中で、おれたちは生き残らないといけない」

「ああ。マンガでもゲームでもない。死んだら本当に終わりだからな」

「――前振りが長くなり過ぎた。始めよう」

「だなっ」


 話していた時とはまた違う真剣な表情で、二人の少年は木刀を構える。互いにこの一週間で手の内は知り尽くしたが、それぞれ鍛錬に余念がないため、いつ先を越されるかわからない。


「行くぞ!」

「来いっ」


 カンッと木刀が打ち合う。それを合図に、二人は一定の距離を取った。

 相手の出方を窺い、いつ攻めるべきかと思考する。その間、わずかな時間しかない。


(先手必勝!)


 先に動いたのは、バサラだ。

 一陣の風が吹いたのを皮切りに、武士たけしへ向かって突進する。振り上げた木刀を相手の脳天へと打ち付けんと振り下ろす。

 しかし、武士たけしも簡単には負けない。単調といえば単調なバサラの動きを読み、木刀を弾く。そしてバランスを崩した直後に突きを繰り出した。


「うっ」

「だあっ」

「まだだっ」


 バサラも負けず、体勢を素早く立て直す。浮いた左足を地面に踏み締め、体重を支えると武士たけしの突きを受け止めた。重い一突きに息が詰まるが、弾き返す。


「うわっ」

「隙あり!」


 体重をかけた突きを弾かれ、武士たけしはたまらずたたらを踏んだ。そのままバサラに押し込まれ、尻もちをつく。持っていた木刀がカランッと音をたてて地面に転がった。

 転んだ武士たけしの首筋に、木刀が添えられる。勝負あり。


「……くそっ」

「まだ、続けて負けるわけにはいかないからな」

「これで、二勝五敗か」


 武士たけしは項垂れ、バサラはにやっと得意げに微笑む。

 先に体を作り始めたバサラに分があり、この一週間の対戦成績はバサラが五勝と価値を伸ばしていた。しかし、武士たけしによる隙を突いた攻めで二敗を喫している。

 体についた砂をはたいて立ち上がった武士たけしに、バサラは彼が取り落とした木刀を手渡した。


「でも、武士たけしの突きにはヒヤッとした。あれを実践で食らっていたら、ひとたまりもなかったな」

「だと良いけど。バサラはこれから、克一さんのところ?」

「ああ、武士の自主鍛錬を教えてもらってるんだ。全員で訓練することとかないから、教えてもらえて凄く助かる。……武士たけしは?」


 家臣団といえど、戦が無ければ皆自分の家に帰っている。足軽などは日雇いのため、館にいることはほぼない。信功の傍にいるのは、戦時の何分の一の家臣だけなのだ。

 バサラは克一や小四郎から流鏑馬やぶさめ犬追物いぬおうものなどの鍛錬を教わり、更に稽古をつけてもらっていた。


「実は、昨日梅さんにお使いを頼まれたんだ。光明さんのところに行く前に、それを済ませに城下に行ってくるよ」

「そっか。気をつけてな」

「ありがとう。バサラもな」

「ああ。じゃ、また後で」


 バサラを見送り、武士たけしは木刀を自室へ片付けた。そして梅に渡された小遣いとメモを持ち、館の門から外へと出る。

 門番二人とは既に知り合いになって久しく、武士たけしが梅の用事で出かけると伝えると笑って送り出してくれた。


「あのばあさんに逆らえる奴なんて、この館にはいないからな」

「そうなんですか?」

「ああ。お館様の母上の親戚筋の方らしく、お館様が叱られているのを偶然見たことすらあるぞ」

「へえ……。おれも叱られないよう、きちんと用事を済ませて来ます」

「ああ。いってらっしゃい」

「気をつけてな」

「行ってきます」


 親子のような歳の差の門番二人に見送られ、武士たけしは城下町へと踏み出した。

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