第14話 桜の小袖
光明による兵法やこの国の地理の講義を終えて自室へと戻り、
ドライヤーの存在しない世界では、手ぬぐいで髪を乾かすことしか出来ない。そのためまだ濡れている髪をガシガシと掻き、バサラは
「
「そんなわけない……と思いたい。ここ数日は光明さんの供で館を離れることもあったから、ちゃんと顔合わせてないんだ。和姫のことは、バサラの方が詳しいんじゃないか?」
「オレ?」
目を瞬かせたバサラは、思わずといった体で「クッ」と吹き出した。箸を置いてそのままゲラゲラ笑い出したバサラに、
「あの、バサラ?」
「ひぃっ……あー苦しい。お前、本当に気付いてないのか?」
「何がだよ」
見当もつかない。
「だったら……ククッ……これから会うんだから直接訊いてみろよ」
「笑い過ぎだ。……はぁ、わかったよ。後を頼む」
「了解」
まだ目の端に涙を溜めているバサラに片付け全てを押し付け、
「承知しました。では、姫様にお伝えしておきますね」
「お願いします」
「……」
「あの……?」
なかなかその場を去ろうとせずにじっと自分の顔を見詰める梅に、
「申し訳ありません。私の後でいらして下さい」
「はい……」
結局梅が
しかし何となく気が逸り、
(何で、こんなに緊張しているんだ? 和姫と会うのは、これで何度目かわからなくなる程会っているのに)
今更だ。
「姫、
「あっ、ど、どうぞ」
「失礼します」
梅に聞いていただろうに、和姫の返事は何処か焦りが感じられる。やはり自分が何かやってしまったかと顔を青くした
「こんばんは、和姫。呼ばれたと聞いたんだけど、何で……っ!?」
「あっと……。これを、あなたに見て欲しかったのです。
頬を淡く染めてはにかみ座る和姫が身に付けていたのは、武士が城下町で買い求めた布地で作られた小袖だった。
季節外れの桜の紋様をあしらった薄紅色の小袖と、それに対するような鮮やかな紅色の帯。どちらも控えめな美しさを持つ和姫を、無自覚に思い描きながら
思いがけず披露され、
「あの、
「えっ? あ、ごめんっ。……見惚れて、言葉が出て来なかった」
「え……」
「こういうこと言うの、バサラの方が上手いんだけど」
そう前置きをして、
「よく、似合ってる。やっぱり、和姫は桜の模様が合うと思ったんだ。幾つも布地は見せてもらったけど、これ以上に思いつかなくて」
「じゃあ、本当にこれは貴方が……?」
「ああ。梅さんに頼まれて。……凄く綺麗だ、和姫」
「あっ……えっと……」
まさかという狼狽の気持ちと共に和姫の中から湧き上がったのは、戸惑い以上の喜びだった。自分でも驚くほど、布地を
そして今、面と向かって
「――嬉しい。わたくし、桜の花が好きなのです。淡く儚く、しかし凛として立つ桜の姿がわたくしを元気付けてくれます」
「……おれも、桜は好きだ。春になる度、桜を見るとあったかい気持ちになる。きっと、桜と和姫は似ているんだな」
「わたくしと?」
「うん。どっちも、人を包み込んでくれるみたいな温かい雰囲気を持ってるから」
「……ありがとう、ございます」
どくどくと血が逆流したのかと思う程激しい鼓動を感じ、
それからしばしたわいもないことを話し、
「あっ」
その時になってようやく、
「まあ、いいか」
いずれ、わかる時が来るかもしれない。
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