第46話 あの未来を突き飛ばせ
滝行の翌日、
午前、
光明は普段、書庫兼執務室で書類の整理や財務を司っている。その仕事量は膨大であり、戦をしている時の方が楽だ、とは本人談。
「光明さん、これは何処に」
「それはこちらに。その後、こっちを手伝ってくれ」
「はい」
光明が手際良く仕事を片付けていく姿を横目に、
鉛筆やシャープペンシルで文字を書くことに慣れていた
しかし今、すらすらと崩し字を書く自分がいる。何が起こるかわからないな、と内心苦笑した。
「
「はい」
一冊まとめ終わった
「これは?」
受け取った冊子の表紙を見ると、そこには『烏和里戦之書』と達筆で書かれている。何処かで見たことがある文字だなと思いつつ
「私が以前まとめた戦の記録だ。何かの役には立つだろう」
「え……下さるんですか?」
「ああ。お前は圧倒的に経験が足りない。読むことで補えるとは思わないが、足しにはなるだろう」
「あ、ありがとうございます。大切にします」
「……ふん」
あくまで淡々とした態度を崩さない光明だが、
その後、
「バサラは、姫の用事が何か知ってるのか?」
「いや? お前と一緒にいた時に梅さんから聞いただけだ。その後は小四郎さんたちにしごかれてたし、何も知らね」
「確かに所々青あざだらけだな、お前。……小四郎さん、あんな大怪我してたのにすさまじい」
「大怪我したからこそだろ。武佐志の大将の首を取ったんだ。もっと上をって張り切っているよ」
武佐志の主、武富士玄定を斃した小四郎は、しばらくの間傷を癒すために鍛錬を禁じられていた。その期間は傷が塞がった後も続き、数日前にようやく許しを得たのだ。
禁止機関のストレスを発散するためか、小四郎は今まで以上に鍛錬に打ち込み、克一に案じられている。
「和姫、来たよ。おれ、
「バサラだ。入っても良いか?」
「――はい」
普段よりも硬い声が、二人に入室の許可を与える。
室内にいたのは和姫だけだ。薄暗い中、二人の少年の顔を見て微笑んだ。
「御足労頂いて、ごめんなさい。どうしても、お二人に話さなければならないことがありまして」
「足労だなんて、思ったことは一度もないよ。おれたちは、姫と話せるのが本当に嬉しいから」
「そうそう。で、何かあったのか?」
早速聞こう、とバサラが胡坐をかく。武士もその隣に座り、和姫を見詰めた。
和姫はといえば、何かを躊躇うように視線を彷徨わせる。そこに揺れる感情を見た気がして、
しかし和姫が彷徨わせていた目を
「実は、お二人に隠していたことがあるんです」
「隠していたこと?」
「……はい。滝で視た先の景色について、兼平様以外には明かしていないものがあったのです」
和姫は言葉を止め、息を吸う。カラカラに乾いた口の中を潤すために目の前の白湯を飲んだが、何の解決にもならない。
「わたくしは、蒙利と木織田の戦の他にもう一つ視たのです。正しくは、戦の中の一場面と言いましょうか。それは、わたくしにとって信じられないもので、どうしても、言葉にすることすら怖かったのです」
幾ら話したくないからといって、引き伸ばしても仕方がない。それは十二分にわかっていたが、どうしても心が制止する。しかし和姫は、ようやく決意を固めた。
「……視たのは、
「おれの?」
「はい。
「おれが、殺されるってことか?」
「
「……わたくしは、到底受け入れられません。あんな未来が、本当になるなんて思いたくはありませんっ」
「……おれもそうだ。だから、変えれば良いってことだよな」
「へ?」
「何故、そんな」
目を瞬かせる和姫の目元を袖で拭い、
「ごめん、和姫。何となくわかってたんだ。和姫が、何かおれたちに言わずにいることがあるんじゃないかって」
「そうそう。きっと言いにくいことだろうなとは思ってたんだ。だから何となく、オレらに関わることなんだろうってあたりをつけてはいたんだけど」
「想定の中だと、一番聞きたくなかったことの一つだったな」
和姫の問いに対し、バサラが応じる。
「だって、この先の話だろう? 幾らでもそれを避けるために出来ることってあるんじゃねえかな?」
「それは、そうかもしれません。ですが」
「はい、嫌なことは考えない。その未来にいかないように、これからを変えれば良いだけだろ?」
「む……?」
バサラが和姫の鼻先を指で押し、黙らせる。
瞬きを繰り返す和姫に、
「おれは死なないよ、和姫。死なないために、やるべきことをする。だから、何も案じなくて良いんだ」
「オレもいるしなー。絶対殺させやしないよ、和姫。オレが相手を先にぶった切ってやるから大丈夫」
「それはそれで大丈夫じゃない気がするんだか……?」
「そうか?」
「そうだよ。それに、おれだってずっとバサラに護られてるわけにはいかないだろ」
「お、言ったな? じゃ、明日からもっと鍛錬しようぜ」
「望むところだ!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた少年たちを唖然と見詰めていた和姫は、ふと笑いが堪え切れなくなった。そしていつの間にか、話をする前に感じていた悲しみや不安が消し去られていることに気付く。
(本当に、この二人には敵いません。来てくれたのが、彼らでよかった)
肩を震わせ笑う和姫に気付き、
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