第30話 取り戻すための合流と出発

 館を出て二日が経ち、武士たけしとバサラはようやく信功たちがいるであろう平野が見える場所までやって来た。馬を休ませながら、それ以外は全て野や山を駆けるために時間を使ってきた結果だ。

 馬を止め、川で水を飲ませてやる。その間にほっと一息ついた二人は、これから向かう方向を眺めた。


「あの辺りか」

「ああ、あと少しだ。信功様に会って、武富士の陣に忍び込むぞ」

「……うん」


 ぎゅっと着物の合わせを握り締め、武士たけしが頷く。その鬼気迫る表情を浮かべる顔に、バサラは突然デコピンを食らわせた。


「痛いっ!?」

「そんなシケた顔、和姫に見せるつもりか?」

「バサラ……」

「――ったく。世界の終わりみたいな顔するな。オレたちは、世界を終わらせないためにここにいるんだから」

「ごめん、ありがとう」


 眉間のしわを指で伸ばし、武士たけしは少し和らいだ表情で微笑んで見せる。それでも彼本来の笑みには程遠いが、心情的にこれ以上は無理そうだった。

 深呼吸を繰り返していると、水を飲み終わった馬が武士たけしの頬を鼻先で押す。「もう良いのか」と尋ねれば、軽く鳴いて応じた。

 その様子を見て、バサラがクスッと笑う。


「馬も元気出せってよ」

「ああ。ありがとな、涼風すずかぜ


 涼風とは、武士たけしが乗って来た馬の名だ。ちなみに、バサラを乗せてきた馬はあらしという名を持っている。

 武士たけしの礼を聞き、涼風が「ひひんっ」と鳴いた。


「行こうぜ、武士たけし。武富士の奴が周りにいるかもしれないから、それには気を付けながら行こう」

「わかった。涼風、行くぞ」

「嵐、頼む」


 武士たけしとバサラは同時に馬にまたがると、残りの旅路を一気に駆け抜けた。森を抜け、村を横切り、途中見付けた敵方の斥候らしき兵を一人気絶させ、木織田の本陣を目指す。

 しばらく馬を歩かせていると、見慣れた木織田の家紋がはためいている。木織田の家紋は、織田家の木瓜紋もっこうもんの五つの花びらのような模様が無い。日本史を知る武士たけしたちにとっては書きかけのような紋様だが、この世界では正しいという。

 二人が本陣に近付くと、見張りをしていた兵が槍を突き付けてきた。


「お前たち、何者だ?」

「すみません。おれは武士たけし、こっちはバサラです。お館様にお目通り願えませんでしょうか?」


 武士たけしが落ち着いて応対すると、相手も「なんだ、お前たちか」と槍を下ろした。そして二人をその場に待たせ、自身は本陣へと入っていく。二人が乗って来た馬も、見張りの青年が別の兵に任せて馬屋へと連れて行った。

 待たされたのは、ほんの数分間。戻って来た見張りに案内され、武士たけしとバサラは信功と光明に会うことが出来た。


「おおっ、来たか!」

「まさか、本当に来るとはな」


 いだ信功が武士たけしの肩を掴み、光明が肩を竦める。彼らの反応に目を白黒させた武士たけしとバサラだが、二人共顔を見合わせて苦笑するしかない。


「お館様、すみません。館に居ろと言われましたが、のっぴきならない事態が起こりましたので、バサラと二人で来てしまいました」

「ああ、わかっている。二日前、武富士の使いからも聞いた。……我が娘、和がかどわかされたと言うのだろう?」

「……その、通りです。おれたちがついていたのに、申し訳ありません」


 しゅんと肩を落とす武士たけしに、信功は首を横に振る。


「いや、お前たちが気に病むことはない。これは、我らの失策。しかし娘を取り戻し、この戦に勝てば良いのだ」

「お館様……」

「信功様、ありがとうございます」

「さあ、二人共こっちに来い。光明と共に今後の戦術について話していたところだ」

「「はい」」


 二人が信功と共に奥へと進むと、光明が現状を説明し始めた。


「今、私たちの陣と武富士の陣は向かい合っている。しかしどちらも動き出さず、膠着こうちゃく状態で一日が過ぎたところだ」

「膠着状態ってことは、動きが無いってことですか?」

「そうだ、バサラ。五郎太殿たちがそれぞれの位置についてはいるが、敵が動かないために身動きも出来ない。こちらから仕掛けるべきか、待つべきかという瀬戸際だな」

「……なら、おれたちが均衡を破ります」

武士たけし?」


 バサラが目を見開くと、武士たけしが淡々と言葉を続ける。


「おれとバサラで武富士の陣へ入り込み、和姫を助け出します。そして、一か所に火を放つ。そうすれば向こうは混乱に陥り、こちらに有利な戦いが可能です」

(あ、違う。こいつ落ち着いてるんじゃない。滅茶苦茶怒ってる)


 一見荒唐無稽な作戦を叩き出した武士たけしの目は、完全にわっている。好意を寄せる少女がかどわかされ、彼女をいち早く救い出すための戦術を編み出した。怒りに任せて叫んだり暴れたりしない分、武士たけしの怒りはわかりにくい。

 バサラは怒りを抑えつけて戦術を構築する親友を眺め、彼が話し終わると同時に肩を組んだ。


「わっ! ば、バサラ!?」

「行こうぜ、武士たけし。……信功様、光明さん、行かせて下さい。必ず、二人で和姫を助け出して帰って来ますよ」

「……良いだろう。お前たちの作戦に乗る。思い切り引っ掻き回してやれ」

「はいっ」

「は、はい!」

「良いだろう、光明?」


 信功が振り返って見ると、光明は珍しく嬉しそうに微笑んでいた。


「良いでしょう」


 クスッと笑った光明は、すぐにいつもの冷静な表情に戻る。そして、意気込む武士たけしとバサラに釘を刺した。


「ただし、必ず三人で帰って来い。火をかけるのも、敵陣の松明を使えばすぐだろう。その時、敵に見付かればすぐに逃げること。良いな?」

「「はい」」

「よし、頼むぞ」


 信功が最後に二人の背中を押した。

 武士たけしとバサラは周辺地図である程度の地形を見て頭に入れると、その日の夕刻に出発した。目指すは、夜の武富士本陣である。

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