第4話 不思議な姫君

 現代っ子の武士たけしとバサラにとっては、長い馬上の旅となった。しかし、信功たちにとっては日常らしく、軽快に馬が夜道を駆けて行く。


「見えてきたぞ、あれが烏和里おわりの中心部だ」

「烏和里の国……」


 光明みつあきが指差し、武士たけしに教えてくれる。彼の指の示す先を見れば、巨大な城が遠くに見え、城下町と呼ばれる町人と武士の町が広がっていた。

 これまで進んできた道には田畑が広がり、時折作業する人々の姿を見てきた。朝焼けを待つ長閑な風景とは打って変わり、城下町は日の光を浴びて既に賑わいを見せている。


「うむ。町は変わらないようだな」

信功のぶかつ様がいない間、誰かが館を守ってるのか?」

「そうだ。光明同様わしに仕えてくれている男にな、一任してある」

「へえぇ」


 バサラの感心した声が前から聞こえてくる。彼は出会って間もないにもかかわらず、信功を名前で呼び言葉遣いを緩めるほど親しくなったらしい。

 そんな人懐っこさを持つ幼馴染を見て、武士たけしは苦笑した。自分にはない、その素直さが羨ましい。


「どうかしたのか?」

「いえ……。ただ、バサラは何処にいてもバサラなんだと思っただけですよ」

「……そうか」


 武士たけしが小さな笑い声を上げ、光明は首を傾げた。しかし武士たけしの曖昧な理由を聞き、何か思うところがあったのか引き下がる。

 それから館に到着するまで、武士たけしと光明は会話らしい会話をしない。それでも武士たけしは、光明が自分と似ている所があると感じ、少しだけ嬉しくなった。

 彼らの前では、こちらも何処か似た者同士のバサラと信功が馬上で喋っている。それは馬を下りるまで続いていた。


「お帰りなさいませ、お館様」

「お帰りなさいませ」

「ああ、留守をすまないな」

「とんでもございません」


 留守を守っていた家臣や侍女等、様々な人たちが信功たちを迎える。彼らは一様に安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げていた。

 仕える人々は皆、信功を慕っているのだろう。それは武士たけしとバサラを見る目にも表れ、二人はおっかなびっくりで挙動不審であるにもかかわらず、笑みで見送った。


「……なあ、オレたちとんでもない所に来ちゃったんじゃないか?」

「今更か? でも、もう引き返せない」

「だな」


 信功と光明に挟まれ、武士たけしとバサラはヒソヒソと話し合う。しかし結論が出るわけでもなく、二人は身を寄せ合った。

 やがて四人は館の奥へと進み、すれ違う人の数も極端に減った。男よりも女の数が多いくらいか。

 光明によれば、館の奥は主の私的な空間だという。家臣の中でも一部の者しか、この区画に入ることは許されない。

 その話をした時、光明の顔は心なしか誇らしげだった。彼もその一部の者の一人なのだろう。

 しばらく廊下を歩いた所で、奥からバタバタと騒がしく駆けて来る男の姿が目に入った。


「お館様ー!」

「おおっ、克一かついちか。館を守ってくれたこと、礼を言うぞ」

「勿体無きお言葉でございます!」

「……騒々しいな、克一」

「お前は変わらず無愛想だな、光明。少しくらい笑え」

「笑う領分は、お前に任せてある」

「そうか? はははっ」


 克一と呼ばれた男は、四十路頃と見えた。信功と同年代なのかもしれない。

 大口を開けて笑った克一は、呆然と自分を見上げる二人の少年に気付き、首を傾げる。大柄な彼の顔に、きょとんとした表情が浮かぶ。


「して、お館様。彼らは?」

戦場いくさばにて、我が身を救ってくれた恩人たちだ。和姫にかかわる者たちかも知れんでな、館に連れてきた」

「そうでしたか」


 克一は合点がいったという顔で何度か頷くと、少年たちの前に腰を下ろした。百八十センチはありそうな巨漢が、驚く二人にニッと笑いかける。


「我が名は克一。怪我により戦場に出ることは叶わんが、館を守る役割を仰せつかっておる。お主らの名は?」

「オレは武藤バサラ」

「おれは東郷武士たけしです。克一さん、宜しくお願いします」

「します!」


 武士たけしが深々と頭を下げると、ばさらが慌ててそれに続く。

 克一は二人の顔を交互に見て、それから名前を口の中で復唱した。そして、武士たけしとばさらを連れてきた信功に「姫様はお部屋です」と告げる。


「わかった。克一、光明、この二人の部屋と食事の用意を頼む。食事はわしと一緒だ」

「承知致した!」

「承知致しました」


 克一と光明がその場を立ち去ると、急に廊下が静かになる。

 三人の会話を聞くしかなかった武士たけしは、ふと思い返して目を見張った。


「え。お館様、おれたちここに泊まらせて頂いて良いんですか?」

「良いもなにも。お前たち、ここ以外に行くところがあるのか?」

「……ありません」

「なら、問題なかろう」

「だってさ! よかったな、武士たけし!」

「でも、ご迷惑では?」


 嬉々として泊まろうとするバサラとは反対に、武士たけしは厚意を受けて良いのかと迷う。逡巡する武士たけしに、信功は肩を竦めて見せた。


「お前は、本当に若い頃の光明と似ている。遠慮しなくて良い。それに、我が娘が何処かから呼び寄せたのだろうから、うちで面倒を見るのは当たり前だ」

「光明さんと、おれが?」

「そうだ。機会があれば、あやつに訊いてみよ」


 さあ、行くぞ。それ以上の反論を許さず、信功は颯爽と廊下を歩き出す。


「ほら行こうぜ、武士たけし。これからのことを考えるにしたって、まずは『姫様』って人に会ってみないとどうにもならないだろ?」

「痛っ! ああ、そうだな」


 バサラに背中を叩かれ、武士たけしは小さな悲鳴を上げる。背中がじんじんと痛んだが、それはバサラからの鼓舞だ。

 信功とばさらに置いて行かれそうになり、武士は慌てて二人を追った。


 館の更に奥、小さな庭を横目に進む。庭には巨木が生い茂り、木の傍には小川が流れている。

 幾つかの部屋を通り過ぎ、信功たちは老女が戸の前に待機する部屋の傍へとやって来た。


「ご苦労。和姫はいるか?」

「お館様、お帰りなさいませ。ええ、こちらに」

「承知した」


 老女が下がり、信功は戸の外から話しかける。


「和、わしだ。気分はどうだ?」

「……父上? 戻られたのですね。どうぞお入り下さい」

「うむ」


 和姫の許可を得、信功は襖を開けた。そして武士たけしとバサラには少し待つよう目で合図すると、部屋の中へと消える。

 武士たけしたちが中の会話に耳を澄ませると、父の帰りを喜ぶ和姫の弾んだ声が聞こえてきた。


「どんな人なんだろうな、和姫って人は?」

「さあ……。でもきっと、おれたちが会うべき人なんだろうね」


 声を聞くだけで、武士たけしの心臓がどくんと跳ねる。

 か細くも優しい声色の姫は、父が武士たけしとばさらのことを言うと、すぐに会いたいと言うのが聞こえた。

 すぐさま、信功が襖の外に顔を出す。


「二人共、入れ」


 信功に手招かれ、武士たけし、バサラの順に部屋へと入る。


「失礼致します。──っ」


 部屋に入った途端、武士たけしは息を呑んだ。

 夕暮れに沈みかけた部屋には、行灯あんどんに似た照明器具が置かれて部屋をぼんやりと照らす。その光の中に、一人の少女が座っていた。

 布団から上半身を起こし青い顔をしているため儚げな印象が強いが、真っ直ぐに伸びた背中が彼女の心の強さを物語る。更に武士たけしを惹き付けたのが、彼女の持つ双眼。アクアマリンの様に淡い水色をしていた。

 水色の目が武士たけしを見詰め、僅かに細められた。それだけで、どくんと武士たけしの心臓が早鐘を打つ。

 無意識に足を止めていた武士たけしは、後ろから肩を叩かれて我に返った。


「おい、武士たけし?」

「あっ……ご、ごめん」

「いや。初めまして、お姫様」

「あ、初めまして」

「初めまして、ではありませんよ。ようこそ、異世界から来られた方々」


 にこりと微笑んだ姫君が、武士たけしとバサラを傍へ招き入れた。


「わたくしは、かずと申します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る