第5話 姫君の力

 和姫かずひめの流れるような所作に、武士たけしとバサラは思わず見惚れた。そして我に返ると、慌てて正座をして頭を下げる。

 そんな二人を見詰め、和姫は可笑しそうにくすくすと笑った。


「そんなに畏まらないで下さい。あなた方のいた世界では、同年代の者に畏まったりしないでしょう?」

「おれたちのいた世界って……やっぱり、あなたが?」


 武士たけしの問いに、和姫は頷く。


「ええ。あなた方をこの国に呼んだのはわたくしです」

「何でか、訊いても?」

「お話します。ですが、その前に」


 バサラの言葉にも頷いた和姫は、武士たけしとバサラの後ろで成り行きを見守っていた父に目を向けた。

 自分が見られていると気付いた信功が、目を瞬かせる。


「どうかしたのか、和姫?」

「父上。少し、このお二人とわたくしだけにして頂けませんか? 父上にも、後ほどきちんとお話し致します故」

「……わかった。わしは戦の後処理をしておこう。終わったら、うめに言いなさい」

「はい、父上」


 和姫の意思を尊重し、信功は姫の部屋を離れた。

 足音が遠ざかると、和姫は部屋の外に控えていた老女に「梅、呼ぶまで開けないで」と命じる。それを聞いたのか、老女は姿を見せずに音もなく襖を閉めた。

 武士たけしが老女のことを尋ねると、和姫は自分の世話役なのだと微笑んだ。


「ですから、わたくしが梅を呼ぶまでは誰一人としてこの部屋に入ることはありません。……では、わたくしの力の話から致しましょうか」

「力。おれたちをここに呼んだ?」

「そうです。わたくしは、この力を『夢見ゆめみの力』と呼んでいます」

「夢見って、どんなことが出来るんですか? あ、いや、出来るんだ?」

「ふふっ。ありがとうございます、言葉遣いを変えて下さって」


 バサラが慌てて口調を変えたことに、和姫は嬉しそうに礼を言った。そして、未だに緊張の色が抜けない武士たけしに柔らかく微笑む。


「貴方も、もう少し肩の力を抜いて下さい」

「なら、姫も」

「わたくしは、この話し方が性に合っていますから。大丈夫ですよ」

「……わかった」

「ありがとうございます」


 本当に嬉しそうな和姫の笑顔に、武士たけしは無意識に赤面する。自分の顔が熱いのを誤魔化そうと、武士たけしは話題を無理矢理戻した。

 隣でバサラがニヤついていることには気付かない。


「そ、それはそれとして。姫の力について教えてくれないかな?」

「わかりました。夢見の力は、わたくしが眠っている時にしか使えません。ですが力を使えば、他人の夢に入り込むことが出来るようになるのです」

「夢に? 他人の夢に入って、何をするんだよ?」


 早速和姫にタメ口をきくことに慣れたバサラが首を傾げる。武士たけしも同じように感じ、和姫に「どうなのかな?」と尋ねてみた。

 すると和姫は、軽く首を横に振る。


「何かする、ということはほとんどありません。干渉し過ぎては、起きてから相手にも自分にも不調が出るとわかっていますし。……いつもは覗き見るだけです。それだけでも、ちょっとした催し物のようで、虚弱なわたくしには楽しいのですよ。ですが、あなた方の場合は違います」


 そう断りを入れ、和姫は表情を改めた。


「わたくしは、時折夢を渡る他にも先のことを夢に見ることがあります。その夢の中で、烏和里の国が亡びる未来を視たのです」

「この国が、亡びる?」

「マジでか」


 武士たけしが息を呑み、バサラは目を見開く。

 信功たちが凱旋した際、城下町の人々は彼らを笑顔で迎え入れていた。戦で疲弊した武士たちをねぎらい、誇りだと胸を張る姿を目にした。光明の話によれば税の負担は軽くはないのだろうが、それでも力強く生きている人たちだ。

 そして烏和里の国に生きる者の中には、二人の目の前に座る少女や彼女の父、家臣たちも含まれる。彼らが死ぬという未来を見たと言う姫君は、唖然とする少年たちに頭を下げた。


「夢を通じて異界へと渡り、異界にいた、全く縁もゆかりもないあなた方を招いたことは、謝らせて下さい。ですが、わたくしは夢に視たのです。あなた方二人が、この国を……ひいてはこの戦国の世を終わらせると」

「へぇ、オレたちが救世主ってわけだ。すげぇじゃん、オレら」


 素直に喜ぶバサラに対し、武士たけしは顔をしかめた。少し口調を強め、隣のバサラに問う。


「バサラ、おれたちが人を殺すってことだぞ? 殺人は罪だ、と教えられて生きてきたおれたちが」

「……この世界で自分の命を守るためには、そうするしかないんだろ。じゃなきゃ、戦場で殺されて終わりだ。オレは、まだ死にたくない」

「──っ」


 今までに見たことのない、バサラの真剣な表情。武士たけしは一時的に呼吸を忘れた。


「覚悟を決めなきゃいけない。この世界で生きるのか、死ぬのか。もとの世界へ戻るためにも、和姫の願いを叶えるためにも……生きていなきゃどうにもならないだろ」

「……生きるために、バサラはやいばを向けるのか? おれたちには敵とも思えない相手に向かって」

「敵、じゃないと思う。生きるために、必要な刃なら振るうんだ」

「おれはまだ、バサラみたいに強くはなれない。覚悟も……すぐに決められない」


 ぎゅっと拳を握り締め、武士たけしは呻く。自分たちの境遇の急激な変化に、対応しきれない。そこまで自分は器用ではない、と武士たけしは自己評価した。

 そんな親友を、俯き震える武士たけしを、バサラは責めない。戦い方一つではない。バサラと武士たけしの戦い方は違うかもしれない、それだけの話だ。


武士たけしには武士たけしの戦い方がある。それと同じで、オレにもオレにしか出来ない戦い方があるんだよ、きっと」

「……何か、お前が大きく見えるよ。バサラ」


 苦笑した武士たけしにバサラは屈託のない笑みを見せる。たったそれだけのことであるにもかかわらず、武士たけしは何故か泣きたくなった。

 武士たけしの気持ちを知る由もないバサラは、くるりと和姫の方を向いた。


「――というわけで、姫様。オレたちはどうすれば良い?」

「この国は、危機に瀕しています。戦いが恨みを生み、戦を呼ぶのです。……わたくしは、夢で視た父上の死を、わたくし自身の死をひっくり返したい。あなた方二人が自ら選ぶ道筋がいずれ交わる時、何かが見えるはずです」

「何だ、それ?」

「まるで、要領を得ない。おれたちが選んだ道が交わって、何が起こるんだ?」

「夢とは、明快な答えをくれるものではありません。わたくしにも、何が待ち受けているのかわからないのです。ただ……」


 ふっと和姫は二人の少年を見て微笑んだ。


「あなた方二人が、この国にとって必要不可欠な方々であることだけは確かです」


 この館に留まり、模索してはくれないかと和姫は望む。和姫にすら見えていない、烏和里の国の新たな道を。

 和姫の言葉に、バサラは大きく頷き、武士たけしは遠慮がちに頷いた。

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