烏和里の男

第3話 お館様との出逢い

 戦が勝利に終わった後、武士たけしとバサラは陣営の奥へと通された。二人が戦から遠ざけられた後、一時間足らずで決着がついたのだ。

 木織田きおだ信功のぶかつと名乗った壮年の男は、見事な黒い甲冑を着こなしている。がしゃがしゃという甲冑の音を聞きながら、武士たけしとバサラは背後から冷たい視線を感じながら陣営の中を歩いていた。

 陣営の中では、先程まで戦場にいた兵たちが体を休めている場所があった。複数のグループに分かれ、それぞれが酒宴を開いている。

 その酒宴の一つで、武将らしきひげ面の男が信功の姿を見付けてさかずきを掲げた。


「お館様、こちらで共に酌み交わしませんか?」

五郎太ごろうた。とても魅力的な誘いだが、また今度にしておこう」

「それは残念」


 残念と言いつつも、五郎太と呼ばれた男はガハハと快活に笑って杯を振った。彼の周りの武士たちも、赤い顔をして笑っている。


「お前たち、こちらだ」


 信功が武士たちを導いたのは、陣営の奥にある幕に囲われた一角だった。ちょっとした宴会を開けそうな広さの真ん中に、大きな木の机が一つ置かれている。その上には一枚の地図が広げられ、陣の配置が書き留められていた。

 信功はその空間の奥へと進み、布と木材で組み合わされた簡素な椅子へと腰かける。


「先程は助かった。我が油断の招いた事態だが、改めて礼を言う」

「そんなっ。顔を上げてください」


 何度も頭を下げられては敵わない、と言わんばかりにバサラが手をバタつかせる。

 それに対し、信功は「いやいや」と首を横に振る。


「いや、あの身のこなしは只者ではない。お前と、そこのお前。名は何という? 何処から来た? 何処の武将に仕えている?」


 是非、我が家臣団に入らんか? 信功にそう誘われ、武士たけしとバサラは思わず顔を見合わせた。思わぬ申し出に、バサラの思考が止まりかける。


「あの、武士たけし。これってどういうことだ? 楽しそうだけど……オレたち、元の世界に戻れないのか!?」

「落ち着いて、バサラ。……あの、木織田さん」

「どうかしたか?」


 いっそ無邪気に首を傾げる信功に、武士たけしは戸惑いつつもどう答えるべきか悩んでいた。自分たちがこの世界の人間ではないという紛れもない事実を伝えるか否か、判断に迷っていたのだ。

 しかし、武士たけしは腹を括った。もしかしたら彼ならば、信じてくれるかもしれない。そんな勘が働いた。


「……たぶん、荒唐無稽だと思われるでしょう。それでもおれたちがこれから話すことを、笑い話だと思わずに聞いて頂けますか?」

「おい、武士たけしっ」


 何を言わんとしているのかを察して慌てるバサラを制し、武士たけしは信功の反応を探る。

 信功はぽかんとした様子だったが、すぐに不敵に微笑んで見せた。じっと探る目つきで見詰めてくる武士たけしに、そっと無骨な手を差し伸べる。


「良いだろう。話してみよ」

「はい。ありがとうございます」


 信功の許可を得て、武士たけしはこの地へ辿り着いた経緯を細やかに語った。とはいえ、語れることといえば、多くない。

 部屋で寝ていて気付いたらこの世界で倒れていたのだと言う武士たけしに、信功と側近の男は驚いた様子を見せた。更に夢に現れた娘に導かれたのだと語れば、信功は驚いた様子のままで更に身を乗り出す。


「その娘とは、どのような者だった?」

「えっと……黒髪がとても長くて、美しい着物を来ていました。そして少し、儚げな印象の強い女の子で……。あ、でした」

「成る程。和姫かずひめか」

「かずひめ?」


 首を傾げる武士たけしに、信功は「そうだ」と頷く。


「我が娘、和姫。母親のこともあってか、あの娘には特殊な力があるのだが……本人に語らせた方が良かろう」


 一通り武士たけしの話を聞いた後で一人うんうんと頷くと、信功は急に立ち上がった。


「我らが国へ、烏和里おわりへ戻るぞ! 光明みつあき、皆に支度をせよと伝えよ」

「承知致しました」


 信功の斜め後ろに静かに控えていた男は、深々と礼をするとその場を立ち去った。

 陣営に来る前から武士たけしたちを観察し、睨みを聞かせていた男の名は光明というらしい。神経質そうだが、武士たけしは何となく彼が気になった。


「あの、木織田さ……」

「木織田では、他人行儀過ぎる。一族の者は皆木織田であるからな。皆、わしのことを『お館様』と呼ぶ。勿論、名の方で読んでもらっても構わんぞ」

「で、ではお館様」

「何だ?」

「あの光明さんというのは、どういった方なのですか?」

「光明か」


 武士たけしに問われ、信功は光明が去って行った方角を振り返り、にやっと笑った。


「わしの側近であり、最も信頼する者だ。あいつに任せておけば、万事何とかなる」

「そうなんですね」

「オレにとっての武士たけしみたいなもんだな!」


 思った通り、信功と光明の信頼関係は固いらしい。それに納得して頷いていた武士たけしの後ろから、バサラが嬉々として口を挟んだ。

 思わぬ攻撃に合い、武士たけしはカッと顔を赤くした。


「バサラ、今そういうこと言わないでくれる?」

「何でだよ? 本当のことじゃん」

「いや、そうかもしれないしそう思ってくれるのは嬉しいんだけど……」


 人前で言わないで欲しい。武士たけしのか細い願いはバサラに理解されず、きょとんとされるだけだ。そして、二人の掛け合いを見ていた信功が楽しげに笑うだけだった。


 やがて、陣営の中が騒がしくなった。信功によれば、光明の号令で武将たちが帰り支度を始めたとのこと。騒がしいが、男たちの動きは素早いものだった。


「お館様」

「来たか、光明」

「皆、整いましてございます」


 甲冑を着た光明は信功の前に進み出ると、全員の支度が済んだと報告した。

 光明の言葉に「うむ」と返答をした信功は、別の武士によって連れて来られた馬に飛び乗る。そして、バサラに手を伸ばした。


「バサラとやら、お前はこちらに来い。武士、お前は光明だ」

「うわっ。オレ、馬に乗るの初めてです!」

「おれも……。光明さん、宜しくお願いします」

「お館様の命令だ。しっかりと捉まっていろ」


 仕方ない、と嘆息した光明に手伝ってもらい、武士たけしも馬に乗る。初めての乗馬がまさか戦国時代に似た世界での経験となるとは、人生分からないと武士たけしは心の中で苦笑した。


「さあ、行こうか」

「よっしゃあ!」


 既にこの世界に適応しつつあるバサラに呆れながら、武士たけしは光明の前に座って揺られていた。

 空を見上げれば、いつの間にか日が沈んでいる。白い光を放つ満月に見下されながら、木織田軍は凱旋を果たすのだった。

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