最終話 月の光のみぞ知る

 その夜、武士たけしは和姫のもとを訪れた。冬の月を一緒に見ませんかというお誘いを受けたのだ。


(バサラにも声はかけたけど、何でか断られたんだよな)


 和姫と二人きりというのは、流石に恥ずかしい。だからこそバサラを誘ったのだが、体よく断られてしまった。曰く、どこぞの馬に蹴られたくないという。

 いつものように襖越しに声をかけると、中から「どうぞ」と涼やかな声が聞こえた。緊張しつつ武士たけしが襖を開けると、そこには抹茶と茶菓子を支度した厚着の和姫の姿がある。


「いらっしゃいませ、武士たけし

「お邪魔します」

「どうぞ、こちらへ。この襖を開けていると、美しい月が臨めるのです」


 つと空を指差す和姫の指の先を辿り、武士たけしは思わず「おぉ」と声を漏らした。彼らが見詰める先に、冬の澄んだ空気に浮かぶ満月が見える。

 武士たけしに抹茶と茶菓子の饅頭を渡し、和姫は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は破壊力が大きく、武士たけしは思わず目を逸らして月を見上げた。

 ないはずの透明感すら感じる白い光を放つ月に、武士たけしは釘付けになった。


「本当だ。……綺麗だな」

「この月を、武士たけしと共に見られたら、と思っていたんです。……それが叶えられてよかった」

「……」

「……」


 互いに押し黙ったまま、ただ月を見上げる。

 武士たけしは手にした抹茶を一口だけ飲んだが、それ以上は喉を通らなかった。原因はわかっている。和姫が傍らにいるからに間違いない。


(触れても、良いんだろうか)


 意識してしまうと、バクバクと忙しなく動く心臓の音を聞いてしまう。武士たけしは和姫に気付かれないよう、そっと彼女の横顔を盗み見た。

 すると時を同じくして、和姫も武士たけしに目を向ける。


「……!」

「……っ」


 さっと目を逸らすが、つかず離れずの距離を保つ。少し手を伸ばせば互いに触れることが出来るが、二人はそれをする勇気がない。

 そんなじれじれとした時間が続き、武士たけしがおもむろに口を開く。このままではただ月見をするだけで終わる、と危機感を覚えたのだ。


「……か、和姫」

「は、はい」

「おれ、この国に来られてよかった。戦うのは好きになれないけど、世界を変えようなんて大それたこと、今までの世界じゃ思い付きもしなかった」

「そうおっしゃって頂けて、よかったです。……戦うことを強いたことは、本当に申し訳なく思っていましたから」

「和姫は、大切な人たちを護りたかっただけだろ? それはおれもバサラも、よくわかってる。ここに、和姫の想いがあるから」


 そう言って直垂の裏側から取り出すのは、赤い組み紐を通した青色の勾玉。組み紐には武士たけし自身の血が染みついてしまったが、それでも鮮やかな赤色は色あせていない。

 武士たけしは大切に勾玉を手のひらに乗せ、月の光に透かして見る。半透明な勾玉を見詰め、ようやく決意が固まる。


「……おれ、和姫が好きだ。だから、絶対に天下統一を成し遂げる」

「はい。……えっ」


 和姫は思わず訊き返し、体の向きを変えて真っ直ぐに武士たけしを見詰めた。顔を真っ赤に染め、目を丸くする。


「あの、たけ……」

「返事は急がないで良い、から。おれも……今は余裕がな」

「わたくしも、好きです。あなたのことを思うだけで、胸が痛くなりますから」

「――っ、本当に?」


 赤面し、武士たけしは和姫に負けないくらい目を丸くした。思わぬ言葉を聞き、訊き返すことしか出来ない。

 硬直する武士たけしに対し、和姫は小さく頷く。そして、控えめに微笑んだ。


「でなければ、月を見に誘いなどしません」

「……そうなんだ。よかった、おれの片想いじゃなかったんだ」

「はい。そう、なんですよ」


 くすりと笑った和姫の手に、武士たけしは自分の手を重ねた。びくっと反応する彼女が可愛らしくて、武士たけしは「はーっ」と息を吐き出しながら額を和姫の肩に預けた。

 真っ赤になって慌てたのは和姫の方だ。


「あのっ、武士たけし。こ、これは……」

「少しだけ、このままでいさせて。ちょっと、ほっとした」

「……はい」

「ありがとう」


 武士たけしはそう呟くと、しばしの間目を閉じる。


 その後五年以上の歳月をかけ、木織田と杉神の同盟が豊葦原を統一することになる。

 武士たけしとバサラは信功らと共に幾つかの戦を乗り越え、やがて天下を一つにまとめることになるのだが、それはまた別の話だ。


 夜空に輝く白い光だけが、静かに寄り添う二人の姿を見守っていた。


 了

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婆娑羅を夢見る武士の戦記・真~性格真逆の幼馴染二人組が、戦国に似た異世界で天下統一目指します!?~ 長月そら葉 @so25r-a

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