第59話 新たな日々

 蒙利との戦が終わり、一ヶ月が経過した。その間に様々な変化が起こり、また季節も冬へと変じている。

 信功は杉神との同盟関係を表にし、蒙利を下したことで事実上豊葦原をまとめる役割を担うこととなった。最初はそれに慣れず四苦八苦していたが、文は光明が、武は克一が手伝うことで軌道に乗っていく。

 更に蒙利秋照の遺児となった秋成と照泰はといえば、木織田のもとに止め置かれることになった。蒙利が支配していた西国には五郎太と小四郎たちが赴き、蒙利の支配がなくなったことで好き勝手すると考えられる領主たちを抑える役割を担う。

 秋成と照泰は人質という名目で烏和里に来たが、その実は客人と同じ扱いだった。照泰の体が弱いという事情もあり、落ち着いた場所で過ごすのが良いだろうという信功の計らいである。

 最初、蒙利の遺児ということで首を刎ねることを進言する者もいた。しかし信功は、秋成たちに木織田と争う意思のないことと若いことを理由にその進言を退ける。

 いつか牙をむかれる。そう案じる声もあったが、信功は笑うだけだ。


「もしもこの先、蒙利が牙をむくとしても、それはわしもあの子たちも死んでから後のことだろう。その時、既に戦を起こす必要がなくなっていれば、それで良い」


 聞く人が聞けば楽観的過ぎると眉間にしわを寄せる理論だが、信功はそんな未来を信じて疑っていなかった。


「秋成、それはこっちだ」

「む……わかった」


 秋成は光明のもとで仕事を覚えることになり、兄弟子である武士たけしが教えている。

 和綴じの本を棚に戻した秋成は、くるりと振り返ると肩を竦めた。その視線の先には、ようやく自由に動けるようになってきた武士たけしが肩を壁に預けて胡坐をかいている。


「教えてくれるのは有り難いけど、武士たけしは怪我を治すのが先じゃないのかい?」

「動かないと、体が鈍るし。暇なのも良くないだろ。おれは手伝えないけど、いずれ領地に戻るんだから、頑張れよ。応援してる」

「そうだな」


 西国が落ち着いたら、再び蒙利に所領を戻すと信功は約束した。だからこそ、秋成は光明からまつりごとを、克一から武術を学んでいる。

 秋成の夢は、父を越える武将になることだ。まだまだ道のりは遠いが、確実に一歩ずつ前に進んでいる。


「これでよし、かな」

「終わった? じゃあそろそろ、あっちに行こうか」

「ああ」


 この後に約束がある。武士たけしが秋成の手を借りて立ち上がると、蔵に籠っていた光明が顔を見せた。ぐるりと部屋の中を見回し、軽く頷く。


「終わったか。秋成、私が渡した兵法と政の書は読んだか?」

「光明さん。読んだのですが、わからないところがあって……今度教えて頂けますか?」

「いつでも来い」


 敵対していた家の長子を預かる。信功がそう宣言した時に真っ先に反対した光明だったが、今では武士たけし同様に秋成を可愛がるようになっていた。本人は一切言わないが、秋成を一人の領主として育てようという気概が見えると信功は言う。

 光明に礼を述べた秋成と共に、武士たけしは館の外にある鍛錬場へと向かった。

 鍛錬場には克一とバサラ、そしてよろめきながら木刀を構える照泰の姿がある。武士たけしと秋成の姿を一番に発見したバサラが、大きく手を振った。


武士たけし、秋成!」

「バサラ! ごめん、遅くなった」

「これくらい、気にするなよ。そんなことより、照泰。兄上に見せるんだろ?」

「はいっ。兄上、見ていて下さい!」


 そう言うが早いか、照泰は木刀を振り上げ、気合の入った「やあっ」という声と共に振り下ろす。それを片手で克一が受け止め、弾いてもう一度受け止めた。

 何度かそれを繰り返し、照泰の息が上がってきたところで克一が「止め」と言って終わらせる。


「どう、ですか? 兄上」

「うん、腕を上げたな。照泰」

「ありがとうございます!」


 実兄に褒められ、照泰は表情を明るくした。

 照泰もまた、兄と同様に木織田の武将に武と政を習っている。体の弱さを憂いていた彼は、光明に学ぶと共に克一にも体の動かし方を学ぶようになっていた。それが良い方向に働いたのか、もともとの素直で明るい性格のためか、教わることをどんどんと吸収している。

 そんな弟に負けまいと、最近は秋成も光明の手伝いの後で顔を出しているのだ。


「さあ、どこからでもかかって来い」

「はい、行きます!」


 早速克一と秋成の手合わせが始まり、適度な距離を置いて照泰や兄を応援している。そんな仕合を見守りながら、武士たけしは木の幹に肩を預けた。まだ背中の傷が完全に塞がったわけではないため、背中を何かに押し付けるのは痛い。


「まだ痛むか?」

「バサラ。まあ、ね」


 傍に腰を下ろしたバサラに苦笑して見せ、武士たけしは秋成たちに目を向ける。


「しっかし、少し前まではこんなことになるなんて思わなかったな……」

「まだ一年経ってないんだぞ、ここに来てから」

「うわっ、怖」

「まあ、その間にあったことが怒涛過ぎたよな」


 遠い目をしたバサラは、同様の顔をする武士たけしの横顔を眺めていた。

 一年前、自分たちはただの高校生だった。にもかかわらず、今や木織田軍で戦に出る武士にまでなっている。二人にとってそれは青天の霹靂であるが、刀を握った重さも人を斬り殺した実感も本物だ。


「……たぶん、天下統一を本当に成し遂げるには時間が要るよな」

「だと思う。西はいつ反旗を翻すかわからないし、東も兼平さんがいるとはいえ、実は一枚岩じゃないかもって話だろ」

「出来れば、もう人を斬りたくはないんだけどな」


 呟く武士たけしが見るのは、敵同士になるとは知らずに知り合った秋成と彼の弟、そして戦い方を教えてくれた克一。戦が無ければ実現しなかった組合せではあるが、それでも戦は嫌いだと彼は笑った。


「まだ姫との約束は果たし終えていないから……。もう少し、やってみようぜ」

「おう。やり遂げようぜ、武士たけし


 コンッと拳同士を突き合わせる。それだけで伝わる気がして、二人は少年らしく笑い合った。

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