第56話 未来夢の行方

「――ふん」


 秋照は鼻を鳴らし、刀を引き抜く。

 支えを失った武士たけしの体は、力なくその場に崩れ落ちた。気を失っているらしい彼のもとからは、徐々に赤い液体が広がり、地面に吸われて消えていく。雑草が赤く染まり、朝露のように滴った。

 秋照はそれを興味なさげに眺めていたが、一つ息をつくと見守っていた部下たちに命じるために振り返る。彼にとって、一人の敵の死など、気に留めるものではない。


「さあ、後を片付け……っ」

「貴様ぁっ!」

「小僧がっ」


 ガンッと勢い良く刃同士がぶつかる。激しく火花が散り、一度、二度と数え切れない回数のつば競り合いが行われ、少年の技量に流石の秋照も舌を巻いた。


(こいつは……強い)


 何度も刃を交わし、秋照は己が背に汗をかいていることを自覚した。それ程までに、バサラの刀さばきは群を抜いているのだ。

 しかし、バサラにとってそんな評価は何の意味もない。数歩下がって距離を取り、ちらりと倒れ伏したままの親友を見る。ぴくりとも動かない武士たけしの姿が、バサラを更に駆り立てた。


武士たけしに、武士たけしに何をした!?」

「戦の常。俺の進む道を塞ぐ者は、誰であろうと殺す。それだけ……だっ」

「くっ」


 振り払われ、バサラは地面に転がり勢いそのままに起き上がる。そして地を蹴ると、真っ直ぐに秋照へ向かって行った。


「何度でも同じだ」

「だとしても、諦めるもんか!」

「……諦めの悪い子どもだ」


 既に数えることすら億劫になる程の丁々発止の競り合いは、依然として秋照優位のまま。バサラは腕や足、腹に傷を負いながらもただぶつかることを止めない。


「――っ、確かに、戦に出る以上は死ぬことを覚悟してる」

「だろうな」

「だけどそれ以上に、オレたちは生きるために、護りたいものを護るために戦ってるんだ」

「その通り。俺とて、民の安寧のため……」

「お前だけじゃないが、お前たちの戦の目的は己のためだ。戦に勝ち、領土を広げ、己の強さを顕示するために、多くの人を傷付ける!」

「……」

「オレたちが目指すのは、戦のない世の中だ。戦なんて、本当はしなくても幸せになれるんだって証明してみせる!」


 バサラは怒りに任せながらも、何処か冷静な自分を感じていた。心の何処かで、武士たけしが死ぬはずはない、死んで欲しくないと願い信じていたから。だからこそ彼が目覚めた時、お前の夢は現実になるぞと伝えなければならない。


(蒙利を下して、戦を終わらせる!)


 気迫と怒りで疲れも悲しみも覆い隠し、バサラは秋照を足止めするために動き続ける。剣舞にも似たそれは、鍔競り合いにも満たない瞬間瞬間のぶつかり合いだ。キンッキンッキンッという金属音を響かせ、周りにいる武将たちの目を奪う戦いが続く。

 秋照は始め、バサラを捨て置くつもりだった。しかし、彼の執着にも似たしぶとさは秋照の足を止めるに十分なものだ。


「小賢しいわっぱめが!」

「知るか!」


 高圧的な秋照の叫びと共に放たれた斬撃は強く、バサラは吹き飛ばされそうになって踏み止まった。それでも数歩退くことを余儀なくされ、次を紙一重で躱す。

 一刀両断せんと真っ直ぐに振り下ろされた秋照の一刀を、バサラの刀が受け止める。鍔で競り合い、刃が欠けてしまう。削るような小さな歪みは、徐々にバサラを追い詰めていく。


「うわっ」


 辛うじて立ち耐えていたバサラだったが、秋照の一押しによって背中から倒れてしまった。素早く立ち上がろうとしたが、それより早く、秋照の刃がバサラの首筋に添えられた。

 少し動けば首を斬られそうな距離に刃があり、バサラの背中を冷汗が伝う。


「……っ」

「ここまでよくやった、と誉めてやろうか。だが、俺には遠く及ばず、だな」

「まだ、負けてない」

「戯言を」


 強がりを言うバサラに、秋照は呆れた。もう聞いていられない、とばかりに刀を持つ手に力を籠める。


「俺自ら首を斬ってやろう。有り難く思え」

「だれ、がっ」

「最期まで、強情な」


 狙いを定め、秋照は刀を振り上げる。そして、迷うことなく首を断ち斬った。


 そのはずだった。


 ドッという無機質な音が聞こえた。


 刀を振り上げたまま、秋照の動きが止まる。

 死を覚悟したバサラは、いつまで経っても来ない激痛を不思議に思い、そろそろと瞼を上げた。すると、確かに秋照はそこに立っていた。しかし、何故か不規則に震えている。


「一体、何が……」

「――バサラ、こっちへ走れ!!」

「……光明、さん?」


 声がする方を見れば、光明が自分を呼んでいる。何が起こったのかわからないまま、バサラは砕けかけた腰を立たせて這うように駆け出した。

 彼と入れ替わり、光明は走り出る。向かうのは、倒れ伏したまま動かない武士たけしのもとだ。


武士たけし! ……くそっ」


 珍しく舌打ちし、光明は武士たけしを抱き上げた。

 戻って来る光明を横目にしながら、バサラは自分の隣に立つ男を見上げる。そこには、弓を引き絞り矢を放とうとする信功の姿があった。


「どうして、信功様が……?」

「『どうして』? 我が配下が死に物狂いで前線に出ているのに、わしが何もしないわけにはいかんだろう。しかも、こんな状況ではな」

「……ふん。最後にうまいところだけ持って行くとは、小賢しい奴、だな」

「褒め言葉と受け取っておこうか」


 秋照の煽り文句に、信功は動じない。これで終わりだとばかりに、引き絞った弓を弾く。パンッという美しい音が鳴ると同時に、重々しく秋照の背に二本目の矢が突き刺さった。

 バサラを殺そうと刀を振り上げた秋照の背を、信功が射抜いていたのだ。

 二本目も鎧を突き破って刺さり、秋照は体をわななかせる。そして、時を置かずに倒れ伏した。

 その瞬間、全てが決した。


「バサラ、秋照の首を取れ!」

「あ……」

「お前の……否、お前たち二人の手柄だ。夢へと繋げる、最初の一歩だ」

「――はい」


 バサラはちらりと光明に抱きかかえられた武士たけしを見て、その上で覚悟を決め刀を握った。

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