第38話 これで終わりだ
木織田と武富士の戦、第二幕。それは、武富士の陣に木織田の一群が急襲することで始まった。
既に戦の舞台であったはずの平野には人と馬の死体が散乱し、武具や武器が散らばった凄惨な地と化していた。その場にいる人間はと言えば、木織田の者くらいだろう。
血みどろの平野を馬で駆り、年若き武士の雄叫びが轟く。
「だあああぁぁっ」
「うわあああっ! て、敵襲!」
「逃げ――」
「逃がすかよ!」
武富士の陣営は、途端に混乱に陥った。
宣言通り、いの一番に武富士の本陣へと乗り込んだのはバサラたち五郎太の一軍だ。まず特攻して活路を開いたバサラに続き、小四郎たちがなだれ込む。五郎太の大きなどら声が響き、武富士の足軽を蹴散らした。
バサラは逃げようと背を見せる者は追わず、向かって来る者たちだけを相手に立ち回る。そのために刀を振る回数は制限され、より切れ味鋭い刀さばきを見せていた。
それを可能にしたのは、兄弟子たる小四郎たち先輩の働きが大きい。彼らは生粋の武士であるから、敵は殺すという考えが染みついている。
彼らは正反対の考えを持つバサラや
二人に対する考え方を最も変えたのは、斬り込み隊長たる小四郎だ。彼は武士らしい武士であったが、そこに時間をかけて異なる考え方を許容する懐の深さを得た。
小四郎は今、武富士本陣を真っ直ぐに駆けている。
「おおおおおっ」
「ここから先は行かせな――ぐあっ」
「邪魔だ。死にたくなければどけ!」
問答無用で武富士の者たちを斬り捨て続け、小四郎の鎧兜には返り血がべったりと広がっている。しかしそれでもよく訓練された馬は足を止めず、小四郎の望む方へと駆け続けた。
何人もの勇気ある武士たちが小四郎を止めようと自らを投げ出し、そのまま散っていく。小四郎は彼らの勇気へのはなむけに、決して手を緩めはしない。
時に、遠くから彼を狙う者もいる。離れた場所から引き絞られる矢は、気付き交わすのが難しい。
「邪魔させない!」
しかし、それを叩き落す者がいる。
類稀なる身体能力を発揮し、バサラは乗っていた馬の背を蹴った。そして飛んでいた矢の放物線を先回りし、タイミング良く打ち落す。馬も慣れたもので、バサラが落下するのを難なく受け止める。嵐と名を得た馬は、主となった少年をよく理解していた。
「ナイス、嵐!」
「――ブンッ」
バサラに褒められ、嵐は鼻を鳴らしてスピードを上げる。一人と一頭は今、激戦の戦場を駆け抜けていた。
武富士の陣営に入ってから、最期まで主と運命を共にすると決めた勇敢な武将たちが木織田の武将たちの前に立ちはだかる。彼らの決死の覚悟が、乗り込んだ木織田の者たちの気迫と拮抗していた。
バサラ自身も何度か斬り殺されそうになりながら、飛んで来る矢を躱し斬り飛ばしながら先へ進む。一度肩に矢を受けたが、引き抜いて放置している。
傷を受けた痛みよりも、小四郎を見失わないことの方が重要だった。
(
馬の上で下を噛まないよう、歯を食い縛る。バサラの頭の中で、出撃する直前に
「――バサラ」
「
「おそらくこの戦、小四郎さんが鍵になる」
「あの人、燃えてるもんな。ここで武功を上げるんだって息巻いてたぞ」
「だからこそ、だよ。中将である五郎太さんを、光明さんは特攻させようとしてる。勿論、斬り込み隊長っていう意味でね」
武富士との戦に従軍している中将は全部で三人。彼らの下に、複数の小将と足軽たちが所属する。バサラは足軽と小将の間に位置し、小四郎は小将、五郎太が中将だ。
五郎太を先頭に、二人の中将を後に配置する。そして五郎太たちが蹴散らした武富士軍を、後に控えた者たちが引き受けるというものだ。
「これで、ほとんど決着はつけられる。これ以上伸ばせば、武佐志からの援軍が来る可能性が高まってしまう。だから、バサラは小四郎さんを援護してくれ。武富士玄定を逃がさず、終わらせる」
「わかった。任せろ」
「任せた」
そして今、バサラは
(絶対、期待に応えてみせる!)
怒号が響く戦場にいて、バサラは「ハッ」と馬へ気合を入れる。
誰かが陣の幕を倒して共に転がり、白かった幕は血の赤で汚れてしまった。いよいよかと喉を鳴らした時、バサラの耳に小四郎の叫び声が届く。
「見付けたぞ、武富士玄定! お前の首、貰い受ける!」
「若造が。――っ、ここで討ち死にするわけにはいかん。返り討ちにしてくれる!」
(小四郎さん!)
嵐の腹を蹴り、バサラは陣営の奥へと駆けた。
するとそこには、斬り捨てた者たちの血で濡れた刀を振るう玄定と馬上で切っ先を玄定に向ける小四郎の姿がある。バサラは二人の圧にあてられ足を止め、いつでも飛び出せる位置で見守ることにした。
「……っ」
それは息をつくことさえ、瞬きをすることさえ忘れる一騎打ちだった。
陣の外では抵抗する武佐志の者たちが一掃されつつあり、断末魔の数も減っている。しかしバサラの耳に、それらの音は何も聞こえていなかった。目の前で繰り広げられる死闘に釘付けになっていたのである。
小四郎が身軽さを活かし、大柄な玄定を
対する玄定は焦燥を顔に出すことなく、落ち着きすら感じる手さばきで小四郎の刀を弾き躱す。
一進一退に見えた二人の戦いは、やがて天秤のように片方へと傾き始める。
「――はっ」
「ちいっ!」
「むんっ」
「くっ」
若さのためか、気合の入り方の差か。徐々に小四郎が玄定を追い詰めていく。
玄定の表情に焦りが浮かび始め、何かを探すように視線を彷徨わせた。一瞬のことだったが、その一瞬が命取りになることもある。
小四郎は思い切り刀を持つ手を引き、勢いに任せて突き出した。
――ザシュッ
「これで……はぁ……終わりだっ」
「ぐっ……かはっ」
小四郎の刀の切っ先が玄定の胸に突き刺さり、玄定の口から血を含んだ唾液が溢れ出る。刀を引くと、ずるりと大柄な体が倒れ伏した。
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