第5章 天下統一への道

未来夢の力

第39話 死闘を経て

 武富士玄定との戦から数日経ち、木織田の館に戻った者たちが体を休めていた。そのうち重い傷を負った者たちには、和姫も手伝って手当てを施している。

 武士たけしとバサラは朝餉あさげの後、ある人の様子を見るために救護室となっている館の一室を訪れていた。幾つかの悲鳴が聞こえるのは、治療が行われているためだろうか。

 二人が襖を開けると、広い部屋の端に寝かされているその人を見付けた。


「小四郎さん、具合はどうですか?」

「最悪……。早く、動けるようにならないと」

「まだ起き上がったら駄目ですって! 汗が凄いですし、大人しくしていて下さい!」

「――っくそ」


 小四郎は悔しげに歯噛みしたが、その怪我の状況は穏やかではない。左肩と右足の矢傷、腹部の深い切り傷、そして幾つもの切り傷は楽観出来る状態ではないのだ。

 それは小四郎自身も理解しており、武士たけしに注意されると渋々の体で横になった。強がって見せてはいるが、その痛みは想像を絶するだろう。冷汗か脂汗かわからないが噴き出しており、武士たけしたちが見る限り辛そうだった。

 小四郎だけではなく、襖を外して広くしたこの部屋には、何人もの重傷者が手当てされていた。彼らの周りを、女性たちがせわしなく動き回っている。

 働く女性たちの中、特に二人の目を惹いたのは一人の少女だった。彼女は慣れない手つきで傷にあてられていた白布を取り換え、布を井戸水に浸して怪我人の額に乗せている。


「和姫」

「姫もここに?」

武士たけし、バサラ! そうなんです。皆さんの世話をしたいと申し出たところ、父上が許して下さったので、お手伝いさせて頂いているんです」


 とある武士の手当てをしていた和姫は、武士たけしとバサラに声をかけられ笑みを零す。いつものような床を引きずる装束ではなく、動きやすさを重視した小袖姿。長い髪も後ろでくくり、さっぱりとした印象がある。

 武士たけしは無意識に見惚れていたが、ニヤニヤしたバサラに小突かれて我に返った。


「――っと。姫はもう大丈夫なのか?」

「わたくしは何も。閉じ込められていただけで手荒に扱われたわけではないから、大丈夫です。それに、二人が助けてくれましたから」

「和姫……」

「姫が何ともないなら、よかった。オレらはこの後、信功様に呼ばれてるんだ。姫も呼んでるって聞いたけど?」

「あ、そうでした。ちょっと待っていて下さい」


 パタパタと布と桶を片付けに行った和姫を見送り、武士たけしはそっと胸を撫で下ろす。普段とは違う印象の和姫を目の前にして、意識せずに緊張していたらしい。

 武士たけしが密かに息をついていると、隣にいたバサラが肩に腕を置いて体重をかけてきた。振り返れば、ニヤついた彼と目が合う。


「緊張してただろ」

「そんなこと……って、誤魔化してもな。バレたか」

「バレるだろ。お互い記憶にないくらいちっさい時から一緒なんだからな。どんだけ傍にいたと思ってるんだ」

「それもそうだな」

「おまっ……ククッ」


 ばつが悪く、武士たけしは顔を背ける。その姿が面白かったのか、バサラは口を押えて笑いを堪えていた。

 そこへやって来た和姫は、衣服の丈はそのままに髪だけを下ろしている。二人が顔を背け合っている場面に遭遇し、こてんと首を傾げた。


「あの、お二人共どうされたのですか?」

「え!? あ、いや、大丈夫。何でもない!」

「ああ、大丈夫。ほら、さっさと行こうぜ」

「はい……」


 顔を真っ赤にして慌てる武士たけしと思い切り笑顔のバサラに先導され、和姫は彼らを追った。


 信功の部屋の前まで来た時、中から低い声での会話が聞こえてきた。三人は顔を見合わせ、武士たけしが代表して襖の奥へと声をかける。


「お館様、武士たけしです。バサラと和姫も共にいます」

「来たか。入りなさい」

「はい。失礼致します」


 静かに襖を開き、武士たけしたちは一礼して部屋に入った。

 部屋の中には信功の他、話し相手であったらしい光明と克一が揃っている。三人の前には数通の文が広げられ、その内容について吟味していたことが察せられた。


「こちらに座れ。三人共」


 光明に手招かれ、武士たけし、和姫、バサラの順に腰を下ろす。彼らが落ち着いたことを見計らい、信功が「こほん」と咳払いをした。


「よく来てくれたな、三人共。この度の戦、よくやってくれた」

「オレたちはほとんど何もしてませんよ。オレたちよりも、刀や弓矢で戦った人たちに褒美はやって下さい」

「その通りです。おれは敵の城に侵入して、だけど皆さんの助けがなければ生きて帰れませんでしたし」

「勿論だ。それぞれに相応のものを用意しておる。安心しろ」

「謙虚なのは良いことだが、ここは素直に褒められておきなさい。お前たち二人は、お館様の娘を救い出すという大役を見事成し遂げたのだから」

「光明さん……」


 普段、ほとんど人を褒めない光明。その彼が遠回しに「よくやった」と言ったことで、武士たけしの胸には何かがせり上がる。それはバサラも同じらしく、二人して目を潤ませた。

 二人の少年の視線を真面に目にしてしまい、光明は珍しく顔をほのかに赤くした。その熱さを誤魔化すためにわざとらしく咳き込むと、ニヤついている主を睨む。


「お館様、話すことがあるのでしょう?」

「光明、そんな眼光では嫁が来んぞ」

「大きなお世話です」

「ふふ、まあいいか」

「信功様、あまり光明をからかわんでやって下さい」


 光明だけでなく克一からも注意され、ようやく信功は笑いを収めた。そして表情を改め、広げていた文の一通を手に取る。


「すまないな、お前たち。さて、ここにある文は、全て越智後の杉神殿からのものだ。あの方から、武佐志のことについて知らせて頂いた」

「越智後って、武佐志と長年争っているっていう国ですよね? 地理的にも近くはないですし、どうして……?」

武士たけしがそう思うのも無理はない。表立って、彼の国と烏和里のかかわりはほとんどないことになっているからな」

? それは一体……」

「越智後の主、杉神兼平様は、わたくしの師なのです」


 バサラの問いに答えたのは、隣に座っていた和姫だった。驚く少年二人に、和姫は「話す機会がなくて黙っていました、ごめんなさい」と頭を下げる。


「謝る必要なんてない。だけど、どういうことなのか教えてくれないか?」

「勿論です」


 頷くと、和姫は言った。杉神兼平は、夢見の力について教えてくれた初めての人なのだと。


「杉神様は、わたくしと同じ夢見の力を持つ方です。初めて夢を渡った先におられ、力がどんなものなのか、何が出来るのかを教えて下さいました。その頃から、越智後と烏和里は交流を持って来たのです」

「そうだったんだ。じゃあ、その杉神様って方は姫が良く知っている人なんだな」


 バサラがちらりと武士たけしに目をやりながら訊くと、和姫は笑みを浮かべて頷いた。まさかその反応が武士たけしにダメージを与えている、とは思いもせず。


「はい。とても頼れる方で、様々なことを教えて下さる師です」

「……そう、なんだ」

「ドンマイ武士たけし!」

「うっさい、バサラ」


 勝手に心にダメージを負ってしまった親友を励ましたついでにデコピンという反撃を喰らったバサラを放置し、武士たけしは「それで」と話を元に戻す。


「信功様、杉神様は武佐志について何と?」

「ああ。……わしらに負け、武富士玄定という主を失ったことで、国は割れそうだと書いてあった。玄定の息子たちを担ぎ上げ、幾つかの派閥が争うそうだと。しばらくは戦をしないで済む、と」

「……本当ですね」


 信功から文を受け取り、武士たけしはざっと目を通した。そして内容を把握すると共に、文の最後に付け加えられた一文に目を止める。


「あの、これは? 『近々、弟子に会いに行く』と書かれていますが……」

「その件があって、和姫にも来てもらった。和姫、杉神様がお前に会いに来られる。数日前には文を出すとあったから、楽しみにしておくと良い」

「杉神様が来て下さるのですか? 久し振りにお話し出来るのですね、楽しみです」

「……」


 嬉しそうな和姫とは対照的に、武士たけしの表情は暗い。それに気付いているのはバサラのみだが。

 信功は娘の喜ぶ顔を見て満足し、ここに報告会は幕を閉じた。



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